Nの建国/民主国家の登場

第15話 異世界

 「お兄ちゃんの腕の出力が未観測のレベルまで作動した?」


 私、鬼柳コハルは会う人全員から期待される。容姿端麗、成績優秀どころか、そこいらの天才より天才。家柄まで良いのだから期待されてしまうのも無理はないと思う。


 でも、自分ではそんなものに興味も、価値も見いだせない。現に、私に近づく人は皆、打算的な考えでしか、話してこない。心の底から話が出来たことなんて、お兄ちゃんとしているときだけだった。


 お兄ちゃんは、スポーツ万能で、とっても優しくて、とっても寂しそうだった。そんなお兄ちゃんは、両親の実家を改造した福岡の別邸に住み、両親たちから逃げる様に、福岡の高校に通った。


 原因はいっぱいあるけど、決め手は、あの事故だと思う。


 お兄ちゃんは、交通事故のせいで夢を諦めるしかなかった。両腕を失ったお兄ちゃんのために、私は親が資金援助をしてもらっていた財団経由で、義肢メーカーを紹介してもらい、私の全ての知識を総動員させて、ある腕を作り上げた。


 【ユニットシステム】


 私はそれを作り上げ、お兄ちゃんに渡した。渡すときの理由は、メーカーの人に適当に言ってもらった。


 私が直接行けばよかったし、見舞いにも行きたかったが、事あるごとに「鬼柳家の廃木に近づいてはならない」と言われて行けなかった。


 そんな話は置いておいて、私が作った【ユニットシステム】にも問題があった。


 単純に、出力が大きくなってしまうのもあるが、一番の問題は、脳に支障をきたしていしまうユニットが存在していることだ。


 前述した財団は、日本の軍事兵力を上げるためのもので、あの【ユニットシステム】もその一つだ。開発の費用の代わりに、そうせざるを得なかった。


 だから私は、【ユニットシステム】の結果が出たのちに、お兄ちゃんのを調整して危険のないものにしていくつもりだった。


 なのにお兄ちゃんの【ユニットシステム】は突然出力を上げ、信号を断ってしまったのだ。その報告を受けた時、頭が真っ白になった。私のせいで、お兄ちゃんが……。


 だけど、それは杞憂に終わった。お兄ちゃんの腕が残したデータを見て、異世界に転移したのだと仮定したからだ。


 異世界は存在する。それを証明したのは、つい一か月前だ。


 まだまだ世間は並行世界や異世界などの存在を信じていなかったり、疑っていたりするが、私は証明を完了している。論文を提出するのはまだ先の予定だ。


 でも、そんなのどうでもいい。お兄ちゃんが得体の知れない異世界にいる。だから、私は決意した。


 「そうだ異世界、行こう。」


 そう決意すると、私は両親に研究するから、しばらく外泊する旨を伝え、玄関を出る。すると、玄関先に見覚えのある人物がいた。


 「や、やあ。彗はいる?」

 「こんにちは、兄は今ここにはいません。泰示さん。」


 その男とは、小学校時代からお兄ちゃんと野球でバッテリーを組んでいた男。太田泰示だ。あの某プロ野球選手と読みが同じで、野球もやっているので近所では有名な人だ。


 ポジションはもちろんキャッチャー。打順は四番と、チームの主砲の男だ。


 「ええと。じゃあ、いつ戻るかとか分かるかな?」

 「本人から聞いてないんですか?兄は今福岡の高校に通ってます。」

 「ええ!?福岡!?いや、あれだけのことがあったんだ。ここにいたいとは思わないよな…。」

 「泰示さんは兄の退院の時、なんで来なかったんですか?わたしと違って、貴女は来れたでしょう?」

 「実はその日、最後の試合があったんだ。エースを失ったうちのチームは、打力はあっても守備力があれだから、弱くなっちゃって…。一人でも欠けたら試合が出来ないから、やむをえず試合を優先したんだ。それに、面会も拒絶されてて、いつ退院するかもわからなかったし…。」


 その言葉で、私は失言に気付く。泰示さんもお兄ちゃんを心配してたんだ。それなのに、私個人の感情で…。


 「ごめんなさい、失言だったわ。」

 「大丈夫だよ。コハルちゃん、彗のことが大好きだもんね。」

 「な!?」


 確かに私の初恋はお兄ちゃんだ。でも、今は違う。多分、あの頃の好きは恋愛感情じゃなかったから。でも、今でもお兄ちゃんは好きだ。もちろん家族として。


 今、好きなのは……


 「ねえ、泰示さん。今、お兄ちゃんが異世界にいるって言ったら信じる?」

 「うーん。異世界ってあの異世界?」

 「はい、ラノベとかでよくある異世界です。」

 「信じるよ。他でもないコハルちゃんの言う事なら。」

 「え!?」

 「コハルちゃんは、俺達とは比較できないくらい頭いいし、お兄ちゃん大好きだし。そんなつまらない嘘をつく娘じゃないでしょ。」


 その、屈託のない笑顔に、私はまたときめいてしまう。どんなに頭は良くても、私は女の子だってことかな。


 「なら、一緒に来てください。」

 「え?どこに?」




 「お兄ちゃんのいる異世界に!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「取り敢えずね、税制度の改正。警察の解体、再編成。司法、立法、行政の3つを独立させて、三権分立を確立させて。他には―――」


 今俺は、民主国家日本の建国のため、出来るだけ混乱が生じないくらいに日本の法制度を導入していってる。

 なぜ、こうなっているかは、二週間前ほどに遡る。


 二週間前


 「お、おい、ケイ。お前、本当に国を作るのか?」

 「だから、そう言ったんじゃないか。俺の知る偉人の言葉を使うのなら『人民の人民による人民のための政治』を体現する国家を作り、なるべく平和な土地にしたい。」


 『第16代アメリカ大統領のリンカーンが1863年11月、ペンシルベニア州のゲティスバーグで行った演説のなかの言葉ですね。』


 解説ありがとう。非常に不要だ。


 「そ、そりゃ、今の領地の政策とかに不満はあったけど…。でも、急にここに国を作るって言ったって…。」

 「大丈夫だ、バル。少なくとも、貴族の肥やしにして、平民をないがしろにして財政を作るようなクソみたいな国にはしない。少なくとも、平民からは支持されると思う。まあ、貴族からは反抗があると思うけど…。」

 「それが大いに問題だし、何よりコムリニア王国が黙っちゃいねえだろ。」

 「それに関しては大丈夫だ。こっちには神龍がいるからな。」

 「「「は?神龍?」」」


 俺の発言に一同は、唖然とする。


 なんだ、ここは管制室で屋敷全体が見れるのに、誰も気づかなかったのか?


 「屋敷の敷地内で暴れてる龍がいたろ?あいつがそれ。色々あって、一緒に生活してる。」

 「し、神龍ってことは、ケイは使徒ってのか?」

 「使徒って何?」

 「知らないの?人類に崇められている神龍は4体いて、その龍に選ばれ任務を果たす存在を使徒と言うのよ」


 急にこれまで黙ってたユナが説明を挟んできた。彼女は、割と自由人かもしれない。


 「使徒が何かについては分かった。だが、俺は今回の件は、俺独自に判断しただけで、神龍は名前を使わせてもらってるだけだ。

 それに、神龍の名を使えば、コムリニア王国は宗教的に攻めづらくなる。なら、ある程度の期間はコムリニア王国からの侵攻はないものと考えてもいい。」

 「ケイの話したいことは分かった。具体的に何をするんだ?」

 「最初は、警察組織やその他行政機関を解体して再編成。民営の施設を一時的に公営化して安定化を図りつつ、その後民間での運営に譲渡。

 他にも、税制度改正とか、法改正とかやりたいことは色々ある。」

 「ちょ、ちょっと待って。警察の解体には納得できないわ。」

 「なぜだ?あと、名前教えて。」


 俺の警察解体発言に食って掛かってきたのは、先ほど衰弱しきっていた姉妹の姉の方だ。スレンダーでボーイッシュ。目付きから男に対する負けん気を感じる女性だ。確実に年上だ。


 「シュナだ。私は警察庁冒険者監督課のシュナ。察しの通警察の人間だ。下っ端ではあるがな。そんな私だから言える。警察は解体されなきゃいけない状態ではない。」


 何を言っているんだ?あんな腐りきってるのに……ああ、下っ端か。多分、情報が下に回ってないんだろう。


 「下の人間だけを見たらそうかもしれないが、こちらが調べただけで贈賄、貴族たちの不正不起訴。その他諸々の汚職が見つかったよ。」

 「な!?そうなのか?」

 「ああ、シュナは警察の人間なんだよな?」

 「ああ、汚職の話が一切伝わらない立場だったがな。」

 「警察の再編成にあたって、一時的に警察全体の指揮を執って欲しい。」

 「わ、分かった。私でいいというのなら。」


 それから、俺はほかの人の名前と前の職を聞き出し、適性のある立ち位置に一時的に落ち着かせた。


 そこからは流れが早く、二週間である程度、国として回る人員がそろい始めた時、問題が発生した。


 「貴族たちの反乱か…。文句あんならコムリニアの首都に行けよ。」

 「あなたが、定額だった税制を、割合にしたからですよ。」

 「いいだろ?それのおかげで、貧富の差は少しづつ無くなってくし、低所得者が税に苦しむことも少なくなるだろ?」


 異世界日本も、オリジナルと同じく、低所得者から少ない税金を、高所得者から大量の税金を、という手法をとっているため、傲慢な貴族たちからは反抗が絶えない。


 最近は、これが一番の悩みだ。思い外貴族たちの反抗が長続きしている。


 「平民とかはついてきてくれてるんだけどなあ…。」

 「それよりケイ様。」

 「様はやめてくれていったろ。どうせ引継ぎが終わったら、俺も元の生活に戻るつもりだ。」

 「お客様です。それも元貴族の方から。」

 「追い返せ。一週間後の通貨変更の作業もあるから、戯言に付き合ってる暇はない。」


 そう。来週から通貨を『円』にするのだ。この方が俺が分かりやすいからな。取り敢えず、今使われている通貨を廃止し、銀行の方で新通貨と交換する。それだけだ。だけど、書類作成とかが本当に怠い。


 「そういうわけにもいきません。何でも娘が世話になったとか何とか言っていて、ご息女もご同伴みたいです。」

 「……?ひとまず通して。そんな奴いたかな?」


 そうやって通ってきた貴族には見覚えはなかったが、ご息女と呼ばれている方には見覚えがあった。


 「あー、世話になった娘ってシャルのことだったのか。」

 「あの時は本当にありがとうね。だからさ、今回お父さんに協力するように言ったの。元々お父さん、貴女のやり方に感心してたから。」

 「へー、奇特な人もいるもんだ。」

 「誰が奇特だ、誰が!」


 やって来たのはシャルとその父親だった。以外にもシャルの家は俺の政策に賛成らしい。いや、オリジナル日本の丸パクリだけどね?


 「ていうか、シュウは?」

 「シュー君はおじさん―――シュー君のお父さんに公営化に協力してほしいという旨を伝えに言ってる。」

 「へー、シュウの父親って何してるの?」

 「冒険者ギルド。なんか、おじさんは公営化に賛成らしいんだけど、ギルド内じゃ真っ二つらしくて、シュー君がおじさんの後押しに行ったらしい。」

 「オーケー。じゃあ、シャルたちは俺にどう協力するの?」

 「おい、小僧。仮面を取れ!それは礼儀だろう?」


 確かに俺は、今まで美麗やエシーの前で以外、ユニットシステムを起動したままだ。


 礼儀―――顔を見て相手と話をする。これは礼儀というよりも常識だろう。


 そう考えた俺は、ユニットシステムをオフにする。すると、シャルを除く、その場にいた全員が驚きの声を出す。


 「ほう、あの政策を思いつくのがただの一般学生だとは…。」

 「だったらなんだ?やはり協力するのは無しか?」

 「いや、それよりもお前の実力が知りたい。」

 「どうすればいい?」

 「簡単だ。


 チェスをしよう。」


 「「「は?」」」


 その発言に、一同はフリーズし、シャルはまた始まったとばかりに溜息をついていた。


 ちなみに、チェスは俺の完勝で終わった。

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