第31話
振り向くと、笑い声は止まる。
椅子の下を確認してみると消しゴムのカスが落ちているのがわかった。
まさか……。
嫌な予感が胸をよぎる。
まさか、そんなことあるはずない。
あたしはクラスで人気もあったし、ちょっとしたことなら許されてきた。
そんなあたしがイジリのターゲットになるなんてこと……。
「小川。前を向きなさい」
先生に注意されて体の向きを直す。
その途端に聞こえてくる笑い声に体の奥がカッと熱くなるのを感じた。
心臓は早鐘を打ち始めて、真っ直ぐに前をみることもできなくて教科書に視線を落とした。
それからも授業が終わるまでずっと、背中にかすかな衝撃を感じ続けていたのだった。
☆☆☆
「許さない」
落下した消しゴムのカスを捨てていると、郁乃がそう言った。
見ると郁乃は本気で怒っているようだ。
最初に久典に相談しようと思ったのだけれど、休憩時間に入ると同時に飯田さんと一緒にまた教室を出て行ってしまった。
声をかける暇もなかった。
「あたしは久典君の彼女が千紗だったから、嫉妬してたの」
「郁乃……」
「だけど今回は違う。飯田さんは千紗から久典君を奪い取ったんだ」
郁乃に言われてあたしは拳を握り締めた。
今はまだ、あたしと久典の関係は大丈夫かもしれない。
だけど飯田さんがいれば必ず悪化していくであろうと言うことは、安易に想像がついた。
「久典君も久典君だよ。千紗があんな目に遭ったのに、飯田さんなんかになびくなんて許せない」
「でも、あたしにはもうどうしようもないよ」
あたしは小さな声でそう言ってかすかに笑った。
見た目を失ってしまったあたしに取りえなんてなにもない。
郁乃みたいに勉強だってできないし、友達も失ってしまった。
「そんなことない。あたしたち、この目で見てきたじゃん」
「え?」
「美しい者がいるせいで、人生を狂わされた人を」
谷津先生のことだ。
「郁乃、何を考えてるの?」
聞くと、郁乃はニヤリと口角をあげて笑った。
「千紗。まだ終わってないよ。まだ、テスターの都市伝説は続いていくんだよ」
郁乃の言葉に背筋がゾクリと、寒くなった……。
☆☆☆
あたしは美しくなりたい。
そのために他人の顔をいただくなんてこと、しない。
そんなことをしても、美しくならないことはすでに谷津先生が証明してくれたから。
谷津先生のつぎはぎだらけの顔は本当に醜かった。
だけど、全部が全部失敗だったとは思わない。
「いけない。教室に忘れ物しちゃった」
放課後の校舎、1人で教室へ戻る飯田さんの姿があった。
あたしと郁乃は顔に包帯を巻いて、その後ろを追いかける。
動きやすいようにジャージに着替えて、そのポケットの中には黒く光るスタンガンが入っている。
一ヶ月前、あたしたちはテスターを退治した。
そして一ヵ月後の今日、テスターはまたよみがえる。
「あった」
机からスマホを取り出す飯田さん。
音もなく近づくあたしたち。
そして飯田さんが顔を上げたその瞬間、あたしはスタンガンを押し当てた。
バチバチバチッ! と激しい音が教室内に響き渡り、飯田さんは悲鳴も上げずに倒れこむ。
廊下を見張っていた郁乃がうなづき、ロッカーに隠しておいた麻袋に飯田さんの体を詰め込んだ。
そして2人で階段を上がっていく。
谷津先生が使っていた倉庫はあのあとすぐに取り壊された。
だけどこの学校にはまだまだ生徒たちが足を踏み入れない場所があった。
3階の空き教室までやってきたあたしたちは、ドアに鍵をかけて麻袋から飯田さんを引きずりだした。
その口にガムテープを張り、椅子に座らせてロープで体を固定した。
大声を出されたらすぐにバレてしまうから、谷津先生のときのように口を自由にすることはない。
それからあたしはバケツに水を汲んできて、気絶している飯田さんに頭からかぶせた。
冷たい水に驚いて目を開く飯田さん。
自分の状況を把握して一瞬で青ざめた。
必死で手足を動かそうとしているけれど、びくともしない。
あたしと郁乃はそれそれにナイフを取り出した。
最大級の恐怖を味わわせるために、少しずつ、少しずつ飯田さんの綺麗な顔を切り取っていくのだ。
切り取ったパーツはそのまま捨てる。
とても使い物にはならないからだ。
「長い睫毛ね」
あたしはそう呟いて、飯田さんのまぶたを指先で引っ張りナイフで切り裂いたのだ
った……。
☆☆☆
「またテスターが出たって本当?」
それは飯田さんが行方不明になって3日後のことだった。
妙な噂が教室で流れ始めていた。
「テスターって谷津先生だったんだよね? 捕まったじゃん」
「第2のテスターってことじゃない?」
そんな噂が流れ始めた原因は、綺麗で可愛い顔を失った飯田さんが、街をふらふらとさまよっているという目撃証言があったかららしい。
どうしてそれが飯田さんだとわかったかと言うと、制服につけられているネームを見たからだと言う。
そうじゃなければ、誰もあれが飯田さんだとは気がつかないくらい、変な顔になっていたと言う。
案外、本当に目撃したのかもしれない。
あたしと郁乃がテスターになったあの日、飯田さんの拘束を解いても逃げ出そうと
しなかった。
ただ狂ったように笑い声を上げ、痛みにのたうちまわるばかり。
とにかくあたしたちの目的は達成したし、それ以上に興味はなかったから、飯田さんのことは放置して帰宅した。
その後、学校にも家にも飯田さんの姿はなくなってしまったのだ。
「おはよう千紗」
少し気まずそうに声をかけてきたのは久典だった。
「おはよう」
あたしはいつもどおり挨拶を交わす。
「あの……ごめんな。俺、なんかちょっと変だったみたいだ」
頭をかいてそう言う久典にあたしは優しい気持ちになれた。
今でも飯田さんが学校に来ていれば、きっとこんなことは言わなかっただろう。
命がけであたしを守ってくれた久典だけど、女に関しては優柔不断で不真面目だと気がつくことができた。
「ううん。大丈夫だよ」
あたしは包み込むような笑顔で返事をする。
久典はホッとしたように笑顔を見せる。
今はまだこれでいい。
これから先もずっと久典と付き合っていくかどうかはわからないけれど、命の恩人であることは間違いないのだから。
だからこそ、久典に近づく悪いムシはあたしがとことん退治するつもりだった。
第2のテスターとして。
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