第30話
2人がいなくなった後も、あたしはその場から動くことができなかった。
飯田さんは危険だ。
だけど今まであれほどの敵意を向けられた経験がないから、どう対応していいかわからない。
なにより……。
あたしは自分の足元に視線を落とした。
あたしは今自分に自信がないのだ。
谷津先生が言っていた通り、あたしは自分の魅力の上に胡坐をかいていきてきた。
その魅力が失われた今、堂々とした態度をとることができなくなってしまった。
「千紗、ぼーっとしてどうしたの?」
そう声をかけられてようやく我に返った。
「郁乃……」
「さっき廊下で久典君と飯田さんを見かけたけど、大丈夫なの? あの2人、腕を組んで歩いてたよ?」
そう聞かされて胸の置くがズキリと音を立てる。
自信だ。
飯田さんにある大きな自信がそういう行動に繋がっているんだと思う。
「千紗、しっかりしなよ! 久典君の彼女は千紗なんだから」
「そ、そうだね」
あたしは大きくうなづいて、慌てて廊下へ飛び出したのだった。
☆☆☆
2人の姿を見つけるのは安易だった。
飯田さんと久典が2人で歩いていると目立つから、すぐにわかる。
郁乃が言っていた通り、飯田さんは久典にべったりとくっついて歩いている。
そして久典もそれを拒絶していない。
2人の姿にはらわたが煮えくりかえりそうになりながらも近づいた。
「ねぇ、さっき言ったと思うけど久典はあたしの彼氏なの」
目の前で立ち止まり、飯田さんを睨みつける。
すると飯田さんは戸惑ったように視線を泳がせ、そして久典へ助けを求めるように視線を向けたのだ。
「違うんだよ千紗。さっき飯田さんは足をひねったんだ。だから支えて歩いてるんだよ」
久典は頬を赤く染めて言う。
足をひねった?
こんな短時間で、都合よく?
絶対に嘘に決まっている。
あたしは飯田さんをにらみつけ「それならあたしが保健室に送って言ってあげる」と、提案した。
途端に飯田さんは久典から身を離し「少し痛いだけだから大丈夫だよ」と、言い出したのだ。
明らかに嘘だ。
しかし、久典はまだ心配そうな表情を浮かべている。
「大丈夫? 千紗のせいで無理してるんじゃない? 気にしなくていいよ?」
矢継ぎ早にそう言い、あたしは愕然として久典を見つめた。
今『千紗のせい』って言った……?
それじゃまるであたしが2人の邪魔をしているみたいだ。
あたしと久典の邪魔をしているのは飯田さんなのに!
「ちょっと久典、飯田さんは大丈夫だって言ってるんだから、もういいでしょ!?」
「どうしたんだよ千紗。なんで怒ってるんだ?」
久典は困ったように眉を下げる。
本当になにもわかっていないんだろうか。
その瞬間、飯田さんが勝ち誇った表情をあたしへ向けた。
あたしはそれを見逃さない。
「わざとそういうことするのやめてよ!」
つい、カッとなってしまった。
人前でばかり言い顔をして、久典を自分のものにしようとしているのがバレバレだったから。
あたしは両手で飯田さんの体を押していたのだ。
「キャア!」
飯田さんの悲鳴が廊下に響き渡り、みんなの注目が集まる。
次の瞬間飯田さんは廊下に倒れこんでいた。
「飯田さん!」
久典がすぐにしゃがみこみ、飯田さんに声をかけた。
「今の見た?」
「千紗が飯田さんのことこかしたんだ」
「もしかして、久典君を取られると思って?」
「でも飯田さんは足をひねったから支えてもらってただけだよね?」
「え? じゃあ……千紗って最低じゃん」
『千紗って最低じゃん』
その言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
違う。
そんなことない。
だって、この子が……!
「おい千紗、謝れよ!」
久典に怒鳴られて、ビクリと体を震わせる。
そして強く左右に首を振った。
こんなのおかしい。
絶対におかしいよ!
「あ、あたしはなにも悪くない!」
あたしはそう叫び、その場から逃げ出したのだった。
☆☆☆
1時間目の授業が始まる前にB組の教室へ戻ると、途端に教室内が静まり返った。
退院して登校してきた日とは違う、敵意を感じる視線にあたしの体が硬直してしまった。
「千紗って飯田さんのこと突き飛ばしたんでしょう?」
「そのまま逃げたんだって」
「飯田さん、なにもしてないんでしょう?」
「最低じゃん」
こそこそと聞こえてくる声に背中に汗が流れていく。
みんなの視線から逃れるように久典へ顔を向けると、久典は飯田さんと楽しげに会話をしていた。
途端に胸に痛みが走り、すぐに視線をそらした。
見るんじゃなかった……。
うなだれて自分の席に座ると、すぐに先生が入ってきてホッと胸をなでおろした。
授業が始まれば無駄な会話を聞かなくてすむ。
そう思っていたけれど……。
コツンッ。
授業が始まって10分ほど経過したとき、背中にかすかな衝撃を感じて振り向いた。
しかし、特に何もない。
気のせいだったのかな?
そう思って黒板へ視線を向ける。
するとまたコツンッと衝撃があり、今度はクスクスと笑い声が聞こえてきた。
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