第29話

久典とあたしは付き合いが長いから大丈夫。



だって、谷津先生の事件を一緒に乗り越えたんだから。



久典は見た目であたしと付き合っていたわけじゃないから。



どれだけ自分に言い聞かせても、浮かんでくるのは転校生の飯田さんの顔ばかり。



飯田さんは今日一日久典におんぶに抱っこで、教科書を見せてもらうだけにとどまらず、校内案内までされていた。



そんなものクラス委員の仕事なのに、飯田さんが自分から久典にお願いしたらしい。



帰宅してからも胸のモヤモヤが晴れることはなく、あたしは自室の鏡の前に座って

いた。



どれだけ笑顔を作っても、どれだけメークをしてみても、前の自分の顔には戻らない。



智恵理と栞と3人で撮ったプリクラを見て、それを片手で握りつぶした。



「どうして元の顔に戻らないの。どうして?」



ぶつぶつと呟いてメークを何度もやり直す。



あたしは綺麗だったはずだ。



あたしは可愛かったはずだ。



あれだけみんなにちやほやされて、生きていくのが楽しくてしかなかったんだから。



少しまぶたが形を変えただけなのに、どうしてこうも変化してしまうんだろう。



何度もメークをやり直しているうちに、涙が滲んできた。



こんな顔じゃない。



これも違う。



あたしの顔はもっともっともっともっと、可愛かったはずなのに!



泣き顔でメークをしても、すぐにドロドロに解けて崩れてしまう。



鏡の中に写っているのはどれだけ頑張っても可愛くなれない怪物の姿だった。


☆☆☆


「久典、おはよう」



翌日、教室に入るとすでに久典が登校してきていたのであたしは声をかけた。



「あぁ。おはよう」



「今日はいつもより早いんだね。校門で会わなかったじゃん」



「ちょっと用事があってさ」



そう言って久典は視線を外した。



疑問に感じて首をかしげていると、「久典君、おまたせ!」と言う声が聞こえてきて振り向いた。



その先にいたのはこちらへ走ってくる飯田さんの姿があった。



飯田さんは胸まである髪の毛をポニーテールに束ねている。



それがまた似合っていて、とても眩しく見えた。



「いや、大丈夫だよ」



「久典、なにか予定があるの?」



「今日も学校案内を頼まれてるんだ。それで、少し早く来た」



そう言う久典はあたしと視線を合わせようとしない。



その不振な動きにあたしは久典と飯田さんを交互に見つめた。



「それなら、あたしも一緒に行くよ」



警戒心をあらわにして言うと、飯田さんが小首をかしげてあたしを見つめる。



「えっと……」



「あたし、小川千紗。久典の彼女だから」



思いっきり牽制するつもりで言うと、飯田さんは一瞬目を見開き、それから口元に笑みを浮かべた。



「小川さん。よろしくね」



そう言って手を差し出してくる。



その態度にこちらがたじろいでしまった。



あたしが牽制していることに気がついていないんだろうか。



疑問を感じながら手を握る。



その瞬間痛いくらいに強く握り返された。



驚いて飯田さんを見るが、さっきまでと変わらず笑顔を浮かべている。



この子……。



嫌な予感が胸に渦巻く。



このタイプの子は好きになった男にとことん迫っていくタイプだ。



しかも、周りの生徒たちに気がつかれないよう、最新の注意を払いつつ。



ようやく手が離されて、あたしはその手をさすった。



少し赤くなってしまった。



「小川さんってその……特徴的な顔をしてるね」



飯田さんが笑いをかみ殺すように言った。



え……?



あたしは唖然として飯田さんを見つめる。



「ほら、その目とか」



指差して笑われて、頭の中が真っ白になってしまう。



飯田さんは事情を知らないにしても、それはあまりにも失礼な言葉だった。



「あ、ごめんなさい。あたしの周りって結構可愛い子が多かったんだよね。この学校はそでもなさそうだけど」



それはあたしにだけ聞こえるように言われた言葉だった。



ぞわりの体の毛が逆立つのを感じ、不安になって久典へ視線を向けた。



久典は飯田さんのほうを見ていてあたしの変化に気がつかない。



そしてその視線は、普段はあたしに向けられているものと同じであることに気がついてしまった。



瞬間胸がざわついた。



どうして?



なんでそんな目を飯田さんに向けているの?



質問したいのに、喉に言葉がひっかかってしまったように出てこない。



そうこうしている間に2人はあたしを残して教室から出て行ってしまったのだった。

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