第28話
☆☆☆
あたしが学校に戻って一ヶ月が経過していた。
まぶたの引きつれを直す手術は成功し、随分マシに見える。
今は人工的な睫毛をつけているけれど、それもいずれ本物に変わっていくと思う。
それでも、朝自分の顔を鏡に映すと落胆してしまう自分がいる。
いくら手術に成功したと言っても、元通りの顔にはならない。
目は少し小さくなり、垂れてしまっていた。
「大丈夫よ千紗。十分に可愛いから」
気にしてジッと鏡を見ていると、脱衣所に入ってきた母親にそう声をかけられた。
そしてそのまま後ろから抱きしめられる。
背中に感じる暖かさに心が落ち着いていくのを感じる。
「うん。ありがとう」
こうして優しく励まされると前向きになれる気がする。
母親だけじゃなく、父親も久典もあたしのことを支えてくれている。
だから学校に復帰することもできたんだ。
今日もきっと大丈夫。
そう思って教室に入ったとき、教室内の雰囲気がいつもと違うことに気がついた。
「千紗、聞いた?」
郁乃が近づいてきてそう聞いてきたので、あたしはキョトンとして郁乃を見つめた。
なんのことだろう?
「今日転校生が来るんだって」
「え、このクラスに?」
「そうみたい」
そう言われて視線を智恵理と栞の机に向けると、いつの間にか花瓶は撤去されていた。
数えてみると机の数は1つだけ減っている。
それを見て思わず顔をしかめてしまった。
まだ事件から一ヶ月しかたっていないのに、もう過去のことになり始めている事実に焦燥感を覚える。
「……仕方ないよ。花瓶があると転校生だって気にするだろうし」
「うん。わかってる」
郁乃の言葉にうなづくが、それでもやはり納得できない心境だった。
あたしたちが経験したことは、本当にこのまま劣化していってしまうんだろうか。
それでいいんだろうか。
テスターの事件は谷津先生の悲痛な思いが原因だった。
先生がそんな気持ちになったのは、あたしたち生徒の責任でもある。
「あたしたちは絶対に忘れることはないから」
あたしの気持ちを理解するように郁乃が言った。
「うん」
「みんなが忘れても、あたしたちだけは……」
☆☆☆
それから20分後、噂通り転校生はこのクラスにやってきた。
このタイミングでの転校生に、先生も少し気まずそうな表情を浮かべている。
しかし、いつまでも転校生を廊下に待たせておくわけにもいかないので、その子が呼ばれるときが来た。
「転校生の飯田さんだ。入って」
「はい」
飯田さんと呼ばれた女子生徒が教室に入ってきた瞬間、みんなが言葉を失っていた。
凛とした鈴のような声。
そして姿を見せたその人は人形のように綺麗な子だったのだ。
スカートからスラリと伸びた長い足。
細い体に沿うようにして、胸まで流れる栗色の髪の毛。
少し釣り目で、長い睫毛。
プックリとした唇に、ピンク色に染まった頬。
そして透明感のある肌。
どれをとっても可愛くて美しいを思える少女だったのだ。
あたしも一瞬息を飲んでその少女に見ほれてしまったくらいだ。
「はじめまして。飯田桃花です。よろしくお願いします」
飯田さんがおじぎをするだけでそこに花が咲くような雰囲気。
クラス内からざわめきが湧き上がった。
特に男子たちの反応はあからさまで、頬を赤く染めていたり、直視できなくて視線をそらせたりしている。
「すっごい綺麗」
「可愛いよねぇ」
「このクラスでダントツじゃん」
そんな声が聞こえてきて、飯田さんはテレながら先生に教えられた席へ向かう。
そこは久典の隣の席で一瞬だけ嫌な予感が胸をよぎった。
横目で確認していると飯田さんは久典に教科書を借りている。
転校してきたばかりで教材がそろっていないのだから当然のことだった。
それでも、胸に広がっていく黒い感情。
あたしはその感情を見てみぬふりをして、先生へ視線を戻した。
どこからか「千紗があんなふうになっちゃったから、飯田さんもラッキーだよね」
という言葉が聞こえてきた……。
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