第25話

「ムキになって。図星なんだ」



どこからか、そんな声が聞こえてきた。



それから毎日のように生徒から私へのイジリは続いた。



あの女性教師たちがどこかで生徒たちに噂を吹き込んでいることは明白だったが、なんの証拠もない。



「先生って地味なくせにメークだけ派手だよね」



「そのスーツ似合ってないですよ」



「おとなしいくせに、本当は男癖が悪いんですよね?」



そんなことを毎日のように言われた。



その都度否定することも疲れてきた時、生徒たちは私の授業をまともに聞かなくなっていた。



どれだけ「静かに」と注意しても。



どれだけ授業の説明をしても。



生徒たちは私の言葉を聞いてくれない。



「そんなに授業がしたいなら、ひとりでしてください。私たち、淫乱女の谷津先生から教わることなんてなにもないので」



クラス委員からそんなことを言われたときはさすがに愕然としてしまった。



生徒たちはただ楽しんで遊んでいるだけだと思っていた。



でも違うんだ。



女性教師たちの言葉を鵜呑みにして、本当に私のことを軽蔑している。



そう理解したときは頭の中が真っ白になった。



私は真面目に生きてきた。



だからこうして教卓に立つことができるようになった。



それが、たかがメークひとつでここまで崩壊するなんて……。



母親が言っていた通り、メークなんてする必要はなかったんだ。



私は私のままでいれば、それで幸せな人生を送ることができた。



見合い結婚だろうがなんだろうが、普通の家庭を築くことができるならそれでよかったんだ。



そう思っても、もう遅い。



メークをやめて出勤した日、教室内がざわめいた。



同時に「振られたんだ」と、声が聞こえて笑われた。



そうじゃないと説明しても、もう生徒たちが聞いてくれないことはわかっていた。



メークをやめても一度崩壊してしまった教室を立て直すのは安易じゃない。



生徒たちは今度は「ブス」とか「ババァ」という幼稚な言葉を投げかけてくるようになった。



それは教師たちの間でも知れ渡ることになり、職員会議にまで持ち出されてしまった。



「生徒にバカにされているようじゃ、この先やっていけませんよ。しっかりしてください」



それが、最終的な判断だった。



つまり、自分でなんとかしろということだ。



その結果を聞いて女性教師たちが含み笑いを浮かべていることに気がついた。



それから先は、私にとってのろいの時間だった。



「ブス」



「ババァ」



「地味」



「ダサイ」



生徒たちからその言葉を投げかけられるたびに、自分の心の中の何かがひとつ死んでいくようだった。



かわりに「可愛い」「綺麗」「素敵」と言う言葉を聞くのがいやになった。



それは自分とはかけ離れたものだから。



私が手に入れようとして、手に入れられなかったものだから。



やがって、社会のしくみにも気がついていく。



どれだけ性格が悪くても、外面と見た目がいい女性教師たちには本当に仕事が回ってこないことがわかった。



他の先生たちは「あの二人は仕事が遅いから」と言う。



それなら怒ればいいのに、怒ることもなく仕事は私に回ってくる。



それはすべて、彼女たちが綺麗で可愛いからだ。



私はそう思い込んでしまった。



最初の頃トイレで聞いたように、仕事は私に回ってくる。



可愛くて綺麗だと、人生が円滑に進んでいく。



そんな風に感じた。



でもそれはあまりにも不公平じゃないか。



私のほうがずっと頑張っているのに、どうしてこんなに苦労をしないといけないんだ。



その感情は綺麗な女性への妬みになった。



道端で綺麗な女性とすれ違うと、それだけで胸が悪くなる。



羨ましい、妬ましい、許せない。



そんな黒い感情があふれ出してしまいそうになる。



そして、一ヶ月前のあの日。



私はひとり残業をしていて、学校を出るのが遅くなった。



綺麗な2人の教師はさっさと帰ってしまったのに、私だけ……。



ひとりで残業をする間にその黒い感情はぶくぶくと膨れ上がっていた。



やっとの思いで仕事を終わらせて車に乗り込み、道を走らせる。



「どうして私だけ。どうして私だけ」



ブツブツと呟きながら運転していると他校の女子生徒たひとりで下校している姿を見つけた。



ラケットを持っているから、部活で遅くなったんだろう。



横を通り過ぎて、何気なくバックミラーで顔を確認する。



その瞬間可愛いと感じた。



整った輪郭、スッと通った鼻筋、大きな目。



私とはまるで正反対な容姿に思わずブレーキを踏んだ。



女子生徒は少し不振そうな表情を浮かべて車の横を通り過ぎていく。



あの子は私とは違うから、きっと円滑な人生を歩んでいることだろう。



部活でも、教室でもちやほやされているのかもしれない。



そしてこれからの人生もきっと……。



そう考えたとき、自然とアクセルを踏んでいた。



ハンドルを握る手に力がこもる。



ライトが少女の姿を浮かび上がらせ、それに向けてハンドルを切る。



私はなにをしてるんだろう?



これは両親から教わったことのないことだ。



真面目ともかけ離れた好意。



それでも途中でやめることはできなかった。



近づいてくる車に驚いて振り返る少女。



その瞬間私は少女の体を引いていたのだ。



確かな衝撃が車に走り、少女の体が横倒しに倒れる。



それを確認して、車を降りた。



それほどスピードを出していたわけじゃないけれど、少女は車の下で気絶していた。



幸い、タイヤで轢いてはいない。



私は少女の体を車の下から引きずり出すと、そのまま後部座席に乗せた。



可愛くて、綺麗な子。



私もこんな顔になれば人生が変わるはず。



きっと今からでも遅くない。



この子から、顔のパーツをひとつもらえばいいだけだから……。

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