第21話

~テスターサイド~


私がこの雅高校にやってきたのは1年前のこと。



両親とも教師をしていることで、私自身も同じ教師になることは当たり前だと思っていた。



子供といっても高校生はもう十分大人だし、25歳の私にとっては会話をしていても年齢差をそれほど感じることがない。



この高校に赴任してきた私はまず1年生のクラスの副担任として働くことになった。



15歳の少年少女を前にして少し緊張したけれど、両親に教えてもらったとおり真面目に、実直に仕事をこなした。



「谷津先生は真面目でいい先生だから安心です」



保護者の人からそんな風に言われたこともある。



あたしがしてきたこと、今していることは間違いじゃなかったのだと感じられた瞬間だった。



その日、家に戻って両親に保護者からの感謝の言葉を伝えると2人ともともて喜んでくれた。



いつまでもこんな生活が続いていくのだろうと思っていたが、ある日を境になにかが変化し始めた。



それは先輩教師の何気ない一言から始まった。



「谷津先生はまだ25歳なんでしたっけ?」



50台半ばになるその先輩教師は、薄くなった頭をハンカチでぬぐいながらそう声をかけてきた。



昼休憩の時間だったし、何気ない会話のつもりだったんだろう。



私はお弁当から視線を外して「はい」と、うなづいた。



毎日のお弁当も自分で準備している。



卵焼きにウインナーに、昨日の晩御飯の残りのおひたし。



体に悪いから脂っこいものはあまり入れないようにしている。



これも両親が私に教えてくれたことだった。



体が元気ならどんな仕事でもこなせるんだから、食べ物には気を使いなさいと。



私はそれを疑うこともなく、素直に実行している。



「だったら、もう少しおしゃれをしてもいいんじゃないですか?」



男性教師は相変わらずハンカチで頭を拭きながら言った。



「おしゃれ……ですか?」



普段あまり聞きなれていない言葉に私は端を止めて聞き返した。



「えぇ。全然化粧もしてないでしょう?」



聞かれて私は自分の頬に手を当てた。



言われたとおりだった。



私は化粧をしないところか、まともに化粧品すら持っていないのだ。



就職活動中に少しファンデーションをつけていたことがあるけれど、就職が決まると同時にやめてしまった。



「おしゃれ、しないとまずいでしょうか?」



「まずいっていうか、若いのにもったいないなぁと思いますけどね。俺なんかはほら、もう終わってるから」



そう言って禿げた頭を佐々とペチペチと叩いてみせた。



そういうものだろうか。



若い内に化粧をしていたほうがいいのだろうか。



その辺のことを両親から学んだことのない私はなにもわからなかった。



ただ、意識して回りを確認してみると同い年の女性教師はみんなおしゃれだということがわかる。



私はいつもスーツ姿だけれど、中には動きやすくラフな格好の先生も多い。



普段着であんなものは持っていない私は、スーツで出勤するしかないのだ。



男性教師だって、ヒゲが伸びていたり不潔だったりする先生はいない。



生徒たちの前に出る存在だからこそ、見た目にもちゃんと気を使っているのがわかった。



更に学校内を歩いてみると、生徒たちのほうがバッチリメークをしている子が多いことに気がついた。



新作のメーク道具だったり、ファッションにすごく敏感だ。



こんな中で私はメークもせずに働いていたのかと思うと、急に焦燥感が生まれた。



私も少しくらい綺麗にしなきゃいけない。



そう思い、学校が終わると同時にメーク道具を買いに走った。



どんなものがいいのかわからないから、お店の人に聞いてオススメされたものをそのまま購入した。



使い方もわからないものがあったので、念入りに店員さんから話を聞いてから帰宅をした。



いつもより遅い時間に帰宅した私に「なにかあったの?」と、声をかけてくる母親。



私は「なんでもない」と簡単に返事をして自室へ向かった。



すぐに紙袋の中から化粧品を取り出してみた。



初めて使ってみるものも沢山あって、触れるだけで心が高鳴るのを感じた。



みんなこんなものをつけて仕事をしているんだ。



化粧が崩れていないかどうかずっと気にしていないといけないんじゃないだろうか?



そんな不安がふとよぎった。



学生たちが授業中でも手鏡を取り出して自分の顔を確認しているのを思い出す。



私もあんな風になったらどうしよう?



そう思って、左右に首を振った。



まさか、私があんな風に化粧お化けになるハズがない。



今日はたまたま先輩教師に言われたから、気になっているだけだ。



「ご飯ができたわよ」



母親の声に私は慌てて部屋を出たのだった。

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