第20話

「お前、テスターか?」



久典の声は震えていた。



こんな血まみれの倉庫内を目の当たりにして、気が動転していてもおかしくないのに必死に両足で立っている。



「そうよ。私のことを知っているの?」



テスターはどこか愉快そうな声色で言った。



この状況でも、まだ楽しんでるようで寒気がした。



「どうしてこんなことをするんだ!」



「理由なら、知ってるんじゃないの?」



テスターはゆらりと体を揺らして立ち上がる。



久典は両手でナイフを握り締めた。



「顔か」



「そうよ。それに体もね」



テスターはそう言うと顔の包帯に手をかけた。



久典が目を見開く。



しかし包帯の下から出てきたのはつぎはぎだらけの醜い顔。



久典はそれを見た瞬間絶句してしまった。



「この皮膚は智恵理ちゃんの。この鼻は栞ちゃんの。それからこのまぶたは千紗ちゃんの」



ひとつひとつ、パーツを指差して説明するテスター。



久典が強くした唇をかんで、すこし血が滲んだ。



「千紗の……」



こちらへ向く久典が怒りで顔が真っ赤に染まっていく。



「お前は誰だ。学校の人間か」



またテスターへ向き直って聞いた。



「そうよ。あなたたちもよーく知ってるはずよ」



テスターはそう言うと、高笑いをはじめた。



その狂気じみた笑い方に久典がたじろぐ。



「名前を言え!」



「こういえばすぐにわかるんじゃない? 私、一ヶ月前に交通事故に遭ったのよ」



その言葉にあたしは目を見開いた。



一ヶ月前の交通事故。



まさか……!



「谷津先生?」



そう言ったのは郁乃だった。



郁乃もあたしと同じように目を見開いて驚いている。



「そうよ」



「で、でも先生はまだ入院中のはずじゃ……」



一ヶ月前のホームルームで、あたしたちは谷津先生が事故に遭ったと聞かされた。



大きな事故だったようでしばらく入院が必要になったと。



いつ退院できるか聞いていないけれど、まだ入院中だということだけは知っていた。



それなのに……。



思えば、テスターの声は谷津先生に似ているかもしれない。



予想外の展開についていけずにいると、久典がナイフを突きつけた状態で袋の中からロープを取り出した。



そのままてテスターを後ろに向かせ、強引に手首を縛っていく。



その間もテスターは抵抗せず、久典にやられるがままだった。



「大丈夫か?」



テスターの両手足を拘束した後、すぐにあたしの体のロープを解きに来てくれた。



「ありがとう」



ようやく自由になれたのに、なかなか体が動かない。



あちこちいたくて、床に膝をついてしまった。



久典は郁乃のロープを解いている。



壁に手をついてどうにか立ち上がり、テスターを見下ろす。



本当に谷津先生なんだろうか?



その顔を見てもすでに原型はなく、判別がつかなくなっている。



なにか証拠になるものがないかと思い、スーツのポケットに手を入れた。



指先になにかが触れて取り出してみると、小さなサイフだった。



中を確認してみると免許証があり、そこには谷津先生の名前と写真が印刷されていた。



本当に谷津先生なんだ……。



「本当に本人みたいだな」



郁乃の拘束を解き終えた久典が隣に立って言った。



「でもどうして? 事故に遭ったんでしょう?」



聞くと谷津先生はあたしを見上げた。



「事故なんて嘘よ。私はあの頃からテスターとして動き始めたの」



「どうしていきなりそんなことをしようとしたんだ」



久典の言葉に谷津先生は鼻で笑った。



「いきなり? いきなりなものですか。私はず~っとテスターになりたかった。なろうと思ってたのに!」



ずっと……?



あたしは後ずさりをして谷津先生から距離を置いた。



こんな異常なことをずっとやりたかったなんて、どういうことだろう。



「あんたたちのせいよ! あんたたちが、私をバカにするから……!!」

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