第16話

☆☆☆


この日、俺は思いのほかしっかりと眠ることができた。



前日に眠りが浅かったせいもあるだろう。



夢の中に千紗が出てきて、俺はかけよった。



「千紗、どこにいたんだよ!」



「ごめんね久典。ちょっと、トラブルに巻き込まれちゃって」



夢の中の千紗は体を震わせていた。



「寒いのか?」



そう言って手を握り締めると、その手は氷のようにつめたい。



「どうしてこんなに冷たいんだ? トラブルってなんだよ?」



質問しても、千紗は無言で左右に首をふるだけだ。



その表情はとても悲しそうに見えて、胸が締め付けられる。



「今どこにいる? みんなすごく心配してるんだぞ?」



「そっか……、心配かけてごめんね。でもあたしはまだ大丈夫だから」



「まだ大丈夫ってどういう意味だよ? 智恵理と栞は一緒にいるのか?」



質問している間に、気がつけば握り締めていた手が離されていた。



咄嗟に握りなおそうとしたけれど、手を伸ばしても届かない。



千紗の体がどんどん遠く離れていく。



「千紗!」



名前を呼んで駆け出した。



走っているのに追いつくことができなくて、千紗はどんどん遠ざかる。



「千紗、行くな!!」



「ごめんね久典」



千紗が泣き声でそう言った次の瞬間、俺はベッドの上に飛び起きていた。



「夢……」



呟き、千紗の手を握り締めた右手を見つめる。



あの冷たさが今でも残っている気がした。



「今、千紗は泣いているのか?」



夢のせいでひどい胸騒ぎがした。



早く千紗を見つけ出さないと大変なことになるんじゃないか。



そんな恐怖心が湧き上がってくる。



俺はサイドテーブルに置いているスマホを確認した。



相変わらず千紗からの連絡は来ていない。



小さく舌打ちをしてベッドから起きて着替えを済ませる。



時刻はまだ朝の6時だったが、関係ない。



俺は制服姿で家を飛び出したのだった。


☆☆☆


昨日もおとといも探した公園へ行き、千紗が嫌っていた公衆トイレも除き、そしてコンビニに足を運んだ。



そのどこにも千紗の姿はない。



智恵理も、栞もいない。



焦燥感は募るばかりで探しながらも涙が溢れ出してくる。



本当にどこに行ったんだよ!



千紗のことならなんでもわかっている気でいたけれど、大間違いだ。



連絡手段がなくなると、どこにいるのかもわからなくなる。



悔しくて下唇をかみ締めた。



学校までの道のりをかなり大回りして探してみても、千紗を見つけることができないまま、学校に到着してしまった。



「久典、大丈夫かよ?」



B組の教室に入ると、先に登校してきていた友人が心配そうに声をかけてきた。



「え?」



「顔。見てないのか?」



そう言われて、昨日からろくに顔も洗っていないことを思い出した。



トイレに向かって鏡を確認してみると、うっすらと無精ひげが生えている。



目の下も少しクマができていた。



「ひでぇ顔」



呟き、簡単に顔を洗う。



冷たい水のおかげで少し頭がスッキリとした。



そうしている間にホームルーム開始のチャイムが鳴り始めて、俺は慌てて教室へ戻ったのだった。


☆☆☆


担任の先生は5分ほど送れて教師に入ってきた。



その慌て方を見る限りただの遅刻ではなさそうだ。



まさか千紗たちが見つかったとか?



期待を抱いて先生の言葉を待っていると、予想外な言葉が出てきた。



「昨日から松月さんが行方不明になったそうだ」



ソワソワと落ち着かない様子で言う先生に俺は目を見開いた。



郁乃まで……。



郁乃の机に視線を向けると、確かにそこは無人だった。



教室内にざわめきが走る。



「郁乃がいなくなるってどういうこと?」



「3人とは、あんまり仲良くなかったよねぇ」



「まさか、テスター?」



その言葉に俺はビクリと体をはねさせていた。



テスター。



それは郁乃が言っていた都市伝説の人物だ。



美少女を誘拐して、顔のパーツを切り取って自分のものにしてしまう。



ただの都市伝説なのに、4人目の行方不明者が出たことでそれは信憑性をましていっている気がした。



4人に共通しているのはB組の生徒だということと、美少女だということ。



もし、本当にテスターが存在するのだとすれば、4人は十分に狙われる可能性があったんだ。



「異常事態のため、今日は午前中で授業は終わりだ。部活も、委員会活動も中止。みんな真っ直ぐ帰るように」



先生の言葉に今度は教室内が静まり返った。



これはただ事ではないと、やっとみんなも気がつきはじめたみたいだ。



俺はゴクリと唾を飲み込んだ。



なにが起きてるんだ……?



見えない恐怖がジリジリと俺たちに近づいてきているように感じられたのだった。

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