第13話

「ふふふっ。綺麗な肌」



テスターは満足そうな声色でそう言うと後ろを向き、顔の包帯を解き始めた。



「智恵理、智恵理しっかりして!」



隣から声をかけても智恵理は少しも返事をしない。



顔中から血が流れ出し、それは床に水溜りを作っていっている。



「まさか、死んだんじゃ……」



栞が青い顔をして呟いた。



やだ。



そんなのダメだよ。



どうして智恵理が死ななきゃいけないの?



どれだけ声をかけても智恵理は目を開けない。



腹部を注視してみても、そこが上下に動いているようには見えなかった。



本当に、死んじゃったの……?



愕然として頭の中が真っ白になったとき、テスターが振り向いた。



顔には智恵理の皮膚がしっかりと縫いつけられている。



そしてまぶたはあたしのものだ。



つぎはぎだらけの顔に吐き気がこみ上げてくる。



こんなんじゃ綺麗とはほど遠い。



まるで化け物だ。



「智恵理が返事をしないの! 死んだかもしれない!」



必死になって訴えかけると、テスターがこちらを向いて首をかしげた。



「だから?」



「だからって……」



それ以上はなにも言えなかった。



テスターにとって一番大切なのは美しくあること。



そのためにはなんだってする。



人が死んだって、そんなことはどうでもいいのだ。



この人には何を言っても効果がないんだ……。



「い、郁乃なんだよね? もうやめようよ! どんどん汚い顔になっていくじゃん!」



叫んだのは栞だった。



「汚い?」



「そうだよ! 鏡見たんでしょう? あんたの顔、今すっごく汚いから!」



泣き叫ぶ栞にテスターの顔色が変わったのがわかった。



仮面の下で怒りに震えている。



「栞やめて、それはダメ!」



慌ててとめるが、もう遅かった。



テスターは栞の前に立ち、その顔をまじまじと見つめている。



「綺麗な鼻ね」



「え……」



栞が疑問符を浮かべる暇だってなかった。



テスターは剪定ばさみを取り出すと、少しも躊躇することなく栞の鼻を切り落としてしまったのだ。



「イヤアアアア!」



あたしと栞の悲鳴が折り重なる。



一瞬にして切り取られた鼻を手に取り、テスターは裁縫道具を取り出る。



「栞、栞!」



必死に話かけるが栞は反応しない。



目を大きく見開き、鼻があった場所からはボトボトと血を流し、そこには空洞が広がっているばかりだ。



「栞しっかりして!!」



悲鳴を上げるように声をかけた次の瞬間、栞の目がギョルンッと動き、白目をむいた。



そのまま首が垂れ下がり、動かなくなる。



嘘でしょ……。



「智恵理、栞、目を覚まして……」



自分の声がなさけないほどに震えていた。



2人とも少しも反応を見せてくれない。



「ねぇ、2人とも!!」



大きな声を出しても無駄だった。



ただテスターが鼻歌交じりに栞の鼻を自分の鼻の上に縫い付けているばかり。



次はあたしの番だ……。



次はあたしが殺される!!



恐怖心から意識が飛んでしまいそうになる。



でも、ここで気絶したら本当にどうなるかわからないのだ。



あたしは下唇をかみ締めて必死に意識を保っていた。



振り向いたテスターはまたつぎはぎが増えた顔をしていた。



栞が言っていたとおりとても汚い顔だ。



だけどあたしは笑いかけた。



「素敵な顔だね」



そう言って。



その言葉にテスターは嬉しそうな笑い声を上げる。



それからあたしと、2人の死体へと視線を向けた。



これからどうするつもりなんだろう。



次は間違いなくあたしの番だけど、一体どこを切り取るつもりだろう……。



全身の血液が凍りついたそのときだった。



テスターは体の向きを変えて、智恵理の拘束を解き始めたのだ。



支えをなくした智恵理の体はそのまま床に落下する。



続いて栞の拘束を解いたテスターは倉庫のドアを開けた。



ハッと息を飲んで外へ視線を向けると、すでに真っ暗になっていた。



これじゃいくら叫んでも誰にも届かないわけだ。



テスターはちゃんと人のいない時間を確認して犯行に及んでいる。



あたしは悔しさから下唇をかみ締めた。



その後テスターは智恵理の体を引きずって表に出した。



続いて栞の死体も。



まるでゴミのように扱われる2人に涙があふれ出す。



きっとあたしも、用なしになれば同じように扱われるんだろう。



テスターは2人を外へ出すと、そのままドアを閉めてしまった。



「ちょっと、どこに行くの!?」



こんなところでひとりなんて嫌だ。



焦りが波のように押し寄せてきて叫ぶ。



「あたしのロープも解いてよ!」



しかし、テスターにあたしの声は届かなかったのだった。

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