第12話

~千紗サイド~


突き抜けるような痛みを感じて、あたしは目を覚ました。



視界が汚れて見えるのはホコリのせいかと思ったが、目に入った血が原因みたいだ。



あたしは涙を流して血を外に押し流した。



同時にまた痛みを感じて「うっ」と、うめき声を上げる。



さっき感じた痛みも今の痛みも、切り取られたまぶたが原因みたいだ。



どうにか顔を上げて周囲を確認すると、テスターが床に座ってスマホを見ていた。



その傍らにはハンマーが置かれていて息を飲む。



まさか智恵理か栞になにかしたんじゃ!?



そう思って視線を向けるが、2人はグッタリしているものの呼吸はあるようだ。



胸が上下に動いているのを確認して、ホッと息を吐き出した。



それからあたしはテスターの姿をまじまじと確認した。



包帯が巻かれた顔は誰だかわからないけれど、女であることは間違いない。



その背格好から、郁乃に似ているんじゃないかと考えていたのだ。



立ったときの身長や、雰囲気もそうだ。



それに郁乃は自分の見た目のことをすごく気にしていた。



あたしより綺麗になることで久典を奪うことができると考えていても、おかしくはない。



それに、テスターという都市伝説について話てきたのも郁乃だ。



誰もテスターのことなんて知らなかったから、郁乃の創作さとしても不思議じゃなかった。



「郁乃?」



あたしは恐る恐る声をかけた。



テスターはスマホを見たままで顔を上げない。



「郁乃だよね? あたしたちのこと、あまり好きじゃないからってどうしてこんなことをするの?」



言っている間に声が大きくなって、智恵理と栞の2人が目を覚ました。



「郁乃なの?」



すぐに状況を把握した栞が震える声で聞く。



栞の顔は自分の血で真っ赤に染まっているが、結局頭皮を切り取ることは諦めたみたいだ。



「そっか。郁乃が犯人なら納得だよね。いつもあたしたちを妬んでいたし、久典のことも好きだったし」



智恵理の声は険しくなる。



しかし、テスターはそれにも反応しなかった。



自分が何者であるか忘れてしまったかのように少しもこちらを見ようとしない。



「郁乃だって可愛いのに、どうしてここまでするの?」



あたしたちがいるせいで自分がかすんでいると思っているのかもしれない。



でもそれは、郁乃の努力しだいでどうにでもなることだった。



郁乃はあたしたちを妬むだけで、自分で可愛くなる努力しようとしていない。



だからいつでも男子はあたしたち3人を見ることになるんだ。



そのときだった。



テスターの目がこちらを見た。



それは感情がなくとても冷たい視線で、体から体温が奪われていくような感覚がした。



「な、なに?」



恐る恐る訪ねると、テスターは壊れた機械のように「郁乃だって可愛い、郁乃だって可愛い、郁乃だって可愛い」と、連呼し始めたのだ。



狂気じみた雰囲気にゴクリと唾を飲み込んだ。



一体どうしたんだろう?



『可愛い』という言葉に過剰に反応するのはわかるけれど、自分のことを可愛いと言われてこんな風になるだろうか?



気持ち悪さを感じていてると、テスターはブツブツと呟きながら再びスマホをセットし始めたのだ。



まさか、またなにかする気じゃ……!



「や、やめなよ郁乃。これ以上なにかしたら、もうただじゃおかないよ!?」



震える声で言ったのは栞だった。



「そうだよ。あたしたちだってごまかせなくなるんだから、郁乃は犯罪者になっちゃうんだよ?」



智恵理も懸命に声をかける。



しかし、テスターはスマホを準備し終えると、あたしたち3人の前に立った。



その圧倒的な雰囲気にあたしたちは無言になってしまう。



テスターはまるで品定めをするようにあたしたち3人の顔を順番に見ていった。



目が合うと殺される。



そう感じて咄嗟に視線をそらせた。



テスターは智恵理の前で視線を止めるのがわかった。



智恵理の体がビクリとはねる。



「とても綺麗な肌ね」



智恵理の頬に触れ、うっとりと呟く。



「そ、そんなことない……。郁乃の方が綺麗だから!」



智恵理が涙目で叫ぶ。



「郁乃の方が綺麗、郁乃の方が綺麗、郁乃の方が綺麗」



また、壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。



気味が悪くて耳を塞いでしまいたいが、それもできない状況なので必死に耐える。



テスターは一旦後ろを向いたが、すぐにナイフを取り出して智恵理に向き直っていた。



「じょ、冗談だよね?」



智恵理が無理やり笑顔を浮かべて質問している。



テスターはあのナイフで智恵理の肌を切り取るつもりでいるのだ。



テスターは智恵理からの質問には答えず、ナイフを智恵理の顎下に押し当てた。



「……っ!」



智恵理の声が恐怖でかき消される。



ブツンッと音がしたかと思うと、ナイフの先端が智恵理の顎下に突き刺さっていた。



「いっ……!」



智恵理が声にならない悲鳴を上げている。



あたしは懸命に助けを叫んだが、外に誰もいないのか声はむなしく消えていくばかりだ。



テスターはナイフを軽やかに移動させ、智恵理の顎下を大きく切り裂いた。



その瞬間、ボトボトと血が流れだし、床を染めていく。



「もう……やめて……」



智恵理はボロボロと涙をこぼして懇願する。



しかしテスターは止まらない。



ナイフを下ろすと、今度は両手の指を顎の切れ目に差し入れた。



そしてそのまま、勢いよく智恵理の皮膚を引き剥がし始めたのだ。



ベリベリベリベリ! と、皮膚が無理やりはがされていく強烈な音が倉庫内に響き渡る。



智恵理の顔はあっという間に赤く染まり、肉と筋肉の筋だけが残っていく。



「ギャアアアアア!!」



壮絶な悲鳴を上げてもがく智恵理。



しかし、それも長くは続かなかった。



鼻まで皮膚がはがされたとき、途端に声が止まったのだ。



「智恵理!?」



呼びかけても返事はない。



智恵理は白めを向いてグッタリとしている。



それでもテスターは手を止めず、智恵理の顔の皮膚を完全に剥ぎ取ってしまった。

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