第7話

「なにを――!」



すべてを言う暇もなく、テスターはあたしのまぶたを指先でつまみ、ハサミを入れていたのだ。



今まで経験したことのない激痛が駆け抜ける。



ジャキンッジャキンッとまぶたを切っていく音が聞こえてくる。



悲鳴が喉の奥に張り付いて出てこない。



代わりに智恵理と栞の悲鳴が倉庫内にこだました。



血がダラリと流れてきて目の中に入り、視界がさえぎられる。



痛みで意識が飛びそうになる中、テスターはあたしの右まぶたを完全に切り落としていたのだ。



「ふふふっ。これでまた私は綺麗になれる」



テスターは包帯の下で笑い声を上げると、今度は自分のまぶたを切り裂き始めたのだ。



あたしはその光景に耐え切れず、吐いてしまった。



「なにしてんのあんた! 頭おかしいんじゃないの!?」



智恵理が泣きながら叫ぶ。



その通りだ。



この女は頭がおかしい。



だからこそ、こんなことができるんだ。



あたしは左右に首を振って、これ以上目の中に血が入らないようにした。



そのたびに痛みが駆け抜けていく。



自分のまぶたを切断したテスターは、袋の中から裁縫道具を取り出してあたしのまぶたを縫いつけはじめた。



郁乃が言っていた噂は本当だったんだ。



テスターは、本当にいたんだ!



鼻歌を歌いながらまぶたを付け替えるテスターは、痛みなんて少しも感じていない様子だ。



「ほら見て、素敵でしょう?」



片方だけあたしのまつげになったテスターは目元を緩めて笑っている。



「狂ってる!」



栞が叫ぶ。



しかし、テスターにその声は届かない。



自分が美しくなるためならどんなことでもいとわないのだ。



「もう片方も変えなきゃね」



「も、もうやめて!」



近づいてくるテスターに叫ぶあたし。



でも、こんなことでやめてくれる相手じゃない。



テスターはさっきと同じようにあたしのまぶたをつまむと、切り取り始めたのだ。



さっきより軽快に、手際よく。



ジャキンッジャキンッと音がする度に痛みが脳天へと駆け抜けていく。



何度も意識を飛ばしそうになりながら、あたしのまぶたは完全に切り取られた。



「見てみて! 本当に素敵でしょう!?」



まぶたを付け替えたテスターはいびつな顔で振り向いた。



無理やり縫い付けているため縫い目は乱雑で、血で真っ赤に染まっている。



お世辞にも素敵だとは言えないできばえだ。



それでもテスターはこれで自分が美しくなったと思い込んでいる。



あたしは下唇をかみ締めて痛みに耐えた。



早くこの地獄から開放してほしい。



ほしい部位をあげたのだから、早く拘束を解いて!!



その願いは届かず、テスターはあたしを放置して智恵理の前に立った。



智恵理は真っ青でさっきからガタガタと震えている。



「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」



何にむかって謝っているのか、そんな意味のない言葉を繰り返す智恵理。



いつか3人で遊園地のお化け屋敷に入ったときもそうだった。



謝罪することで恐怖から逃れることができると、咄嗟に考えてしまうみたいだ。



だけど恐怖は終わらない。



遊園地でも、今も、それは同じことだった。



テスターはあたしのときと同じように智恵理の顔をまじまじと見つめ始めた。



智恵理は必死に顔を背けている。



「あなたの目、とても綺麗ね」



テスターの声に智恵理の謝罪が止まった。



静かになる倉庫内に、あたしたち3人の荒い呼吸だけが聞こえている。



「ハーフなんでしょう? いいわね、恵まれていて」



テスターは一旦袋の中に手を入れ、そしてスプーンを取り出した。



「いや……やめて……」



智恵理が全身を震わせて左右に首をふる。



なにか臭うと思えば、失禁していた。



「私もそんな目になりたいわ」



「やめて! 目は……目は嫌!」



ブンブンと更に激しく首をふる智恵理。



テスターはスプーンを持って智恵理に近づく。



そして右手で智恵理の首を掴んだのだ。



智恵理は「ぐっ」と声を上げたかと思うと、そのまま静かになった。



喉をひどく圧迫されているとうですぐに顔が真っ赤にそまる。



「やめて! 智恵理が死んじゃう!」



片手で首を締め上げるなんてどれだけのバカ力だと思い、あたしは叫んだ。



テスターがこちらを向けて首をかしげた。



「だから?」



その冷たい声に心が凍りついてしまいそうだった。



この女は本当に、人が死のうがどうしようが、興味がないのだ。



あるのは自分の美に関する欲求だけ。



テスターは再び智恵理へ視線を向けた。



智恵理は目を見開き、空気を求めて口を大きく開いている。



「すぐに終わるから。心配しないで」



テスターはそう言うと、右手に持ったスプーンを智恵理のまぶたの下にスッと差し込んだ。



智恵理の体がビクンッとはねる。



テスターがスプーンを動かすと、ブチブチとなにかが 引きちぎれる音が響いた。



くるんっと、白玉だんごを救うような動きでテスターが眼球を取り出す。

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