第3話
郁乃があたしに話しかけてくるときは、必ず久典が隣にいる。
タイミングを見計らっているのがバレバレだった。
「ま、千紗なら大丈夫だよ。久典君が郁乃になびくとも思えないし」
そう言ってもらえると安心できた。
あたしだって、郁乃に負けていると思ったことはないけれど。
今だってほら、郁乃は羨ましそうな顔をこちらへ向けている。
それを見て、あたしは内心ほくそ笑んだのだった。
☆☆☆
予想外の出来事が起こったのは2時間目の数学の授業中だった。
中年の女性教師がなにを思ったのか突然小テストをすると言い出したのだ。
「このテストで平均以下の人は、放課後残ってプリントをやってもらいます」
そう言って裏表に問題が印刷されているプリントを見せてきたのだ。
「げっ」
智恵理が女らしくない声を上げるのが聞こえてきた。
あたしもそれと同じ気分だった。
数学のテストでいい点数を取ったことなんて1度もない。
高校に入学してからの最高点は43点だ。
ギリギリ平均を取れるか、取れないかのレベル。
最近は授業中は化粧直しの時間に使っているから、先生の話なんて全然聞いていなかった。
「テストなんて聞いてないですよ!」
自信のない他のクラスメートからも反対の声が上がる。
しかし、先生の考えは変わらなかった。
「はい、今から15分間ね」
無常にもテスト用紙が配られて、テスト時間が開始されてしまったのだった。
☆☆☆
思っていた通り、問題はちんぷんかんぷんだ。
新しく習った公式なんて覚えていないから、解けなくても当然だった。
開始3分後にはすでに諦めて、あたしはぼーっと窓の外へ視線を向けていた。
外はとてもいい天気で、とても気持ちよさそうだ。
こういう日に外で昼寝とかできたら最高だろうなぁ。
そんな無駄なことを考えている間に15分間のテスト時間は終わってしまったのだった。
☆☆☆
「テストできた?」
数学の授業が終わってすぐ、智恵理が近づいてきた。
「できるわけないでしょ」
あたしは欠伸をかみ殺して答える。
「だよね、よかったー」
どうやら智恵理もできなかったみたいで、胸をなでおろしている。
ひとりで放課後残るのは嫌だから、仲間がいて安心したみたいだ。
「うぅ……、テスト全然できなかったよぉ」
泣き顔で近づいてきたのは栞だ。
「どうしたの栞、テストができなかったくらいで、どうして泣いてるの?」
あたしは驚いて聞いた。
勉強ができなくて泣くような性格じゃないと、知っている。
「だって、今日は憧れの先輩と同じシフトだったのにぃ」
栞が泣いている原因はバイトにいけなくなったことにあるらしい。
「憧れの先輩って?」
「大学生の人で、カッコイイ人がいるの」
智恵理が栞の変わりに答えてくれた。
なるほど。
2人がバイト熱心な理由がわかった気がした。
時々『お客さんからのナンパがうっとおしい』と言いながらも、サボらずに出勤している姿に疑問を感じていたのだ。
「今日は諦めるしかないね」
「もう、ほんと最悪」
あたしの言葉に栞は大げさなため息を吐き出したのだった。
それから、数学のテストが戻ってきたのは昼休憩中のことだった。
「平均点は54点だったから、それ以下の人は放課後残っているように」
数学の先生は平均点をデカデカと黒板に書き、それぞれにテストを返したら満足そうに教室を出て行った。
あたしは自分の解答用紙に書かれた点数を見つめて盛大なため息を吐き出す。
結果は30点だ。
小テストといえど、過去最悪の点数をはじき出すなんて思ってもなかった……。
さすがに落ち込んでいると、後ろに人の気配を感じて振り向いた。
そこに立っていたのは郁乃だ。
郁乃は98点と書かれたテスト用紙を見せびらかすように持っていて、「あ~あ、一問街がえっちゃったぁ」と、大きな声で言う。
あたしはすぐに自分の解答用紙を机の引き出しに隠したけれど、遅かった。
「今ちょっとだけ見えちゃったんだけど、千紗の点数30点て本当!?」
「ちょっと郁乃!」
「あ、ごめん。つい言っちゃった」
その顔はあたしを見下して笑っている。
「でもさぁ、いくら可愛くても頭がそれじゃ久典君もかわいそうだよねぇ」
久典の名前を出されてハッとする。
久典は見た目だけじゃなく、勉強もできる。
それなのに彼女の成績が平均点以下だなんて、郁乃の言うとおり嫌かもしれない。
不安になって久典へ視線を向けると、ちょうどこちらへ向けて歩いてくるところだった。
「千紗、大丈夫か?」
「う、うん」
さすがに今回はあまり大丈夫ではなかったが、なんとかうなづいた。
すると久典は郁乃へ向き直った。
「あまり千紗をイジメないでくれ。人には得意不得意があるんだから」
「うっ……」
久典に面と向かって言われた郁乃はたじどいだ後、逃げて行ってしまった。
「ありがとう久典」
「当然のことをしただけだよ。勉強ができなくても俺の気持ちは変わらないから安心して」
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