第2話
あたしたちの1日はすぐに終わる。
そこそこに授業を受けて、休憩時間には3人で化粧やファッションや男の子の話で盛り上がって。
放課後には彼氏とデートしたり、他の男の子に呼び出されて告白されたり。
そうしている間に学校の時間は終わってしまうのだ。
「じゃ、また明日ねぇ」
智恵理と栞は同じコンビニでアルバイトをしていて、これから一緒に出勤だ。
コンビニでバイトをしているといろんな男と出会えるのだと、楽しそうに言っていた。
あたしは2人に手を振って、カバンを持った。
「千紗、一緒に帰ろう」
教室から出ようとしたところで声をかけてきたのは久典だった。
「え? 今日、用事があるって言ってなかった?」
キョトンとして聞くと「キャンセルしたから平気」と言われた。
「どうして?」
確か、明日は久典の妹さんの誕生日だから、プレゼントを選ぶと言っていたはずだ。
「郁乃から聞いた話が気になってさ」
言いながら2人で教室を出た。
本当にこのまま一緒に帰ることができそうだ。
「郁乃、なにか言ってたっけ?」
「もう忘れたのか? テスターのこと」
そう言われてもピンとこなくてあたしは瞬きをする。
「美少女を誘拐して、顔を切り取るって言う」
「あぁ、そういえばそんなことも言ってね。もしかして久典、あんなこと信じてるの?」
「用心にこしたことはないだろ?」
テレ臭そうに言う久典に胸がキュンッとなる。
あんな噂を気にしてあたしを守ろうとしてくれているところが、どうしようもなくかわいらしい。
あたしは久典と手をつないで、帰路へとついたのだった。
☆☆☆
「テスターが実際にいたら怖いけど、交通事故も怖いからなぁ」
校門を出たところで久典が言った。
「そうだよね。なかなか退院もできないみたいだし」
あたしは久典と共通の知人のことを思い出して答えた。
この人は一ヶ月前交通事故にあい、まだ入院中なのだ。
「久典の妹さんも可愛いから、テスターがいるとすれば気をつけないとね」
「あいつは大丈夫だよ。まだ小学生だから」
「小学生が狙われないとすると、相手は大人の顔を望んでるってことかな?」
「そうなんじゃないか?」
そんな話をしている間に家はもう目の前だ。
別れてしまうのが惜しくて、あたしたちは足を止めた。
「じゃ、明日の朝も迎えにくるから」
「いいよそんなの。申し訳ないし」
慌てて左右に首を振る。
「俺が来たいんだよ。じゃ、また明日」
返事をする前に久典は背を向けて歩き出してしまった。
そんな久典の姿が見えなくなるまで見送って、あたしは家に入ったのだった。
☆☆☆
あたしの家は両親とあたしの3人暮らしだ。
父親はIT企業の重役で、そこそこ裕福な生活ができているらしい。
お母さんは料理上手で、SNSでオリジナルレシピを公開して人気を博し、今度料理本を出すことも決まっている。
2人ともそれなりに充実した人生を送っている。
「お帰り千紗。今日は久典君に送ってもらったのね」
リビングへ入った瞬間ニヤけ顔のお母さんにそういわれた。
どうやら窓から見えていたみたいだ。
「ちょっと送ってもらっただけだよ」
「家に上がってもらえばよかったのに」
「そんなんじゃないからいいの」
お母さんは子供みたいにあたしと久典の関係に興味を持っている。
一人娘なんだからと言うけれど、久典のことを気に入っているからだと思う。
「それよりお母さんテスターって知ってる?」
「お化粧品のこと?」
「違うよ。そう呼ばれている女の人がいるらしくてね、美少女を誘拐して顔を付け替えちゃうんだって」
「なにそれ、気持ち悪い」
顔をしかめるお母さんはテスターについてなにも知らないみたいだ。
家の中で一番SNSを活用しているお母さんが知らないということは、郁乃が嘘をついているのかもしれない。
あたしは軽く肩をすくめて、テーブルの上のクッキーに手を伸ばしたのだった。
☆☆☆
翌日は良く晴れた日だった。
約束どおり迎えにきてくれた久典と2人で登校すると、教室に入った瞬間智恵理と栞の2人にちゃかされてしまった。
「朝からラブラブだねぇ」
「ほんと、羨ましい」
「そんなんじゃないってば」
2人に向けてそう言いながら自分の席に座る。
久典は当たり前みたいにあたしの近くにいて、会話に入っている。
「で? 昨日テスターは出たの?」
智恵理に着替えれてあたしは左右に首を振った。
「出ないよ。テスターなんて郁乃のでっち上げだよ」
たぶん、あたしたちを怖がらせるための。
「だけどそれを信じて千紗の送り迎えかぁ。久典君ってやっぱり優しいねぇ」
栞がうっとりとした視線を久典へ向けるので、あたしは慌てて2人の間に割って入った。
他の子が相手なら勝てる自信があるけれど、この2人がライバルになると本当に負けてしまうかもしれない。
「注意するに越したことはないだろ?」
ちゃかされた久典は少し頬を赤くして答えている。
「でもさ、郁乃っていつでも千紗に敵意むき出しだよね」
栞が小さな声で言った。
あたしはうなづく。
「そうなんだよね。久典がいるからだろうけど、ほっといてほしいよ……」
郁乃が久典狙いであることは一目瞭然だった。
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