テスター

西羽咲 花月

第1話

「千紗、また告白されたんだってぇ? 今度は3年生の先輩に!」



雅高校、2年B組の教室内。



朝の挨拶をすっ飛ばしてそ声をかけてきたのは友人の智恵理(チエリ)。



母親が日本人で父親がアメリカ人というハーフの智恵理は透き通るような肌を持っていて、目の色も青っぽく、ハッキリとした目鼻立ちをしている。



幼少期はこのせいでイジメられることもあったらしいけれど、今では立派な美少女だ。



「いいなぁ。なんで千紗ばっかり?」



不満を漏らしたのは岩吉栞(イワヨシ シオリ)だ。



栞は腰まである黒髪をひとつにまとめていて、日本人形のように美しい子だ。



あたしはため息混じりに、文句なしで美少女認定を受けている2人へ視線を向けた。



「自分たちだって散々告白されてるでしょう?」



「いい男から告白されなきゃ意味がないのよ」



智恵理が腕組みをして言い切った。



「そうそう。3年生の先輩なんて、学校で1位2位を争う秀才の上、かっこいいじゃん」



栞も隣でふくれっつらを浮かべている。



たしかに、あたしに告白してきた先輩はカッコイイと噂になっていた。



見た目は悪くないかなぁと、自分でも思っていた。



「でも、彼氏いるし」



あたしが言うと2人は同時に盛大なため息を吐き出した。



「千紗は本当に彼氏大好きだけど、それでいいの?」



栞にそんな疑問を投げかけられてあたしは首をかしげた。



それでいいって、どういう意味だろう。



「千紗には沢山の男の子が近づいてくるのに、彼氏1人に時間を使っていいの?」



栞が噛み砕いて言い直す。



あたしは大きくうなづいた。



「そんなのあたりまえじゃん!」



どれだけカッコイイ人に好かれても、相手のことを好きになれなきゃ意味がない。



それなのに2人はまた呆れたようなため息を吐き出した。



ん?



あたし、なにか変なこと言った?



首をかしげていると、噂にあがっているあたしの彼氏、守屋久典(モリヤ ヒサノリ)が登校してきた。



教室に入ってすぐあたしの机へ視線を向け、ニッコリと笑顔を見せて近づいてくる。



この一連の動作は毎朝変わらないものだった。



「おはよう千紗」



「おはよう久典」



スラリと高い背に白い肌。



整った顔のパーツ。



久典のそう見た目も好きだったけれど、やっぱり中身が大切だ。



久典は勉強もできるし、友達思い。



もちろん、あたしのことも大切にしてくれる人だった。



まさしくあたしにふさわしい男子!



「ちょっと、あたしたちもいるんだけど?」



智恵理が不満そうに頬を膨らませて久典を見る。



「あぁ、ごめん。おはよう2人とも」



久典は今やっと2人の存在に気がついたように挨拶をする。



2人とも不服そうなままおはよう、と返事をした。



それだけであたしの鼻は高くなる。



他にどんな女の子がいてもあたしだけを見てくれている気分になるからだ。



「やっぱりあの2人ってお似合いだよねぇ」



クラス内からそんな声が聞こえて振り向くと、女子生徒たち数人があたしと久典を見ているのがわかった。



クラスでも、クラス外でも、あたしたちは憧れのカップルなんだ。



みんな、あたしと久典を遠巻きに見ては羨ましそうな声を上げる。



それがあたしの日常の一コマになっていた。



優越感で笑みがこぼれる。



彼氏はカッコイイし、友人は2人とも美少女。



みんなには到底まねできないことだ。



それだけで自分の価値がみんなより高いとよくわかる。



「あたしも彼氏作ろうかなぁ」



どれだけモテても彼氏を作ろうとしない智恵理が呟く。



「智恵理のおめがねに叶う人なんてこの学校にはいないよ。せいぜい遊びの関係止まりだね」



栞がそう言って笑う。



「ちょっといい?」



あたしたちの楽しい時間に割って入ってきたのはクラスメートの松月郁乃(マツツキ イクノ)だ。



郁乃はパッチリとした大きな目に整った輪郭をしている。



ぱっと見と間違いなしの美少女だけど、あたしたち3人と同じクラスになったのが運のつき。



郁乃の可愛さは完全に埋もれてしまっていた。



更に話しかけてきた郁乃は仏頂面を浮かべているものだから、ちょっと不細工だ。



女の子はいつでも笑顔でいなきゃ損をしてしまうと、郁乃はまだ気がついていないみたいだ。



「なに?」



あたしはそんな郁乃にも笑顔を向ける。



郁乃が話しかけてくるときは、たいていろくでもないことだけど、一応聞いてあげるのだ。



智恵理と栞の2人も顔を見合わせて含み笑いをしている。



郁乃がこの3人の中に割り込んできたことがおかしくて仕方ないんだ。



郁乃はチラリと久典へ視線を向け、そして頬を赤くした。



なんてわかりやすいんだろう。



あたしたちに話しかけることで、少しでも久典に気がついてもらうとしている。



そんな郁乃の前で、あたしは久典の手を握り締めた。



久典も握り返してくれる。



その瞬間、郁乃の表情がこわばった。



笑ってしまいそうになるほどわかりやすい反応だ。



からかってやるつもりで更に久典に体を寄せた、そのときだった。



「テスターが来るよ」



と、郁乃が一言言ったのだ。



言葉の意味がわからなくて、あたしは動きを止めて郁乃を見つめた。



「テスター? なにそれ」



聞いたのは栞だった。



首をかしげている。



「知らないの? テスターは理想の顔を捜して、美少女を誘拐している女だよ」



「なにそれ? 誘拐犯の話?」



「それだけじゃない。テスターは美少女の顔のパーツを切り取って、自分の顔に縫い付けるんだよ。そうやって、自分に合うかどうかテストしてるから、テスターって呼ばれてる」



あたしは郁乃の言葉に顔をしかめて、久典を視線を見交わせた。



「それって都市伝説? 口裂け女とか、人面犬みたいな」



栞の言葉に郁乃は大きく左右に首を振った。



「違うよ。テスターは実在してる。だからあなたたち3人に忠告してあげてるんでしょう?」



少しも笑わず、真剣な表情でそう言う郁乃。



あたしと智恵理と栞の3人は目を見交わせ、そして同時に笑い出していた。



人の話に割って入ってまで何を言い出すのかと思えば、わけのわからないテスター話だ。



「な、なにがおかしいの?」



あたしたちが笑い出したことにたじろいで郁乃が聞く。



「だって、いきなりなにを言い出すのかと思えば」



あたしは笑いながら答える。



「だよねぇ。そんなにあたしたちの会話に加わりたかった?」



そう言ったのは栞だ。



小ばかにしたような口調に、郁乃の表情がこわばった。



「都市伝説でもないし、嘘でもない。本当のことなんだから!」



笑われたことに腹を立てた郁乃が大またで自分の席へと戻っていく。



「あ~あ、行っちゃった。ダメじゃん、そんなに笑ったらかわいそうだよ」



そう言う智恵理は涙をぬぐっている。



この中で一番笑っていたのだ。



そんなことをしている間にホームルーム開始のチャイムが鳴り始めたのだった。

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