第6話 サメの歯
「それで先生の発見の手がかりとなるものに何か心当たりはあるかい?」
「これだと思うんだ」
アーサーは自分で作成した標本リストの末尾を指さした。
アマチュア博物学者が、とある洞窟の地層で掘り当て先生に寄贈した、マンモスの臼歯とホラアナグマの頭蓋冠だ。
「先生がこの化石を受け取ってからしばらくして、ことあるごとに秘密が増えたんだよ」
「マンモスとホラアナグマ、ね」
歯の溝の構造からマンモスはアフリカゾウやアジアゾウとは根本的に異なっているとジョルジュ・キュビエが主張し、ヨーロッパ中を
種の絶滅が過去に起こっていた――すなわち種は不変でないこと。
それは神の創造が完全でなかったという証明だからだ。当時は宗教界から猛反発を受けたが、「モササウルス」や「メガテリウム」など現存しない巨大動物たちの化石の証拠が続々と発見され、絶滅は確かに起きていたことが明らかになって以来、声は小さくなっていった。岩の中で成長してできたと考えられていた化石は、今では地層の相対的な古さを知るための
この国でマンモスの化石が発見された例は少ない。そういう意味で重要な発見物であるが、エウレカと叫ぶほどの発見かと言われるとノーと言わざるを得ない。
ホラアナグマもすでに絶滅した動物だ。
かつて「竜の巣穴」と呼ばれる、おびただしい数の骨が見つかる洞窟がいたるところにあり、昔の人々はその
だがその骨を調べるとヒグマの骨と非常に似通っていることが分かり、ドラゴンではなく絶滅したクマの仲間だと判明している。
どうしてこの二種が洞窟の同じ地層の中で仲良く化石となっていたのだろうか。ホラアナグマがマンモスを餌として巣穴まで運んだか、それとも洪水で一緒に洞窟へ流れ込んできたのだろうか。
「このホラアナグマの頭蓋冠はどこにあるんだい? 見た覚えがないんだが」
「実は論文と一緒で、どこにも見当たらないんだ。黙っていてごめんなさい」
「見当たらない?」
「うん。最初は研究室のどこかに転がっていると思っていたのだけれど、これだけは見つからなかった」
妙だ。確かに先生はズボラだったが標本を紛失するような人ではない。アーサーに任せる前に一通りどんな標本があるかチェックしたが、それらしきものを見た覚えはない。どうしてこれだけ見つからないのだろう。誰かに貸出したままなのだろうか。
「ないのならしょうがない。せめてこの標本の発掘場所が分かればなぁ」
発掘場所はこの国であること以外伏せられており、アマチュア博物学者の本名もまた分からない。手紙送付先リストにもそれらしき名前はなかった。
他に手がかりはないかと、この標本が寄贈された日付以降の先生の日記をめくっていると、四人の大きさの異なる人間が描かれた奇妙なページに思わず手が止まった。まじまじと見ているとアーサーが隣にやってきて口を開いた。
「この絵の詳細を知っているの?」
「ああ。これはアタナシウス・キルヒャー神父が1665年に出版した本『地下世界』の挿絵を写しとったものだよ。彼がイタリア北部の洞窟で発見した大きな骨を巨人と骨と見なして、普通の人間と巨人種の大きさの比較を描いたものだ。実際、その大きな骨は巨人ではなくマンモスの脚の骨だったけれどね」
「へー知らなかった。でもどうしてこの日記に書かれているの?」
首を傾げるアーサーに、肩をすくめて応えた。
「分からない」
それから色々と探してみたが手がかりは何一つなく、先生の死の真相探しは
研究室の鍵の返却期間をウィリアムに無理を言って伸ばしてもらったが、その締め切りももうすぐそこまで迫っており、これ以上は無理だと告げられている。
このまま何も分からないまま
ぼーっと見つめ続け、そういえば巨人の絵を描いたキルヒャー神父はこの三角形の石が古代のサメの歯だと発見したニコラウス・ステノの仕事仲間であり友人であったことを思い出した。
立ち上がり、入り口のホホジロザメの標本に歩み寄る。この標本だけは自分で引き取りたいと残しており、壁から取り外すのは研究室を離れる時だと考えていた。
ホホジロザメの口腔内をのぞく。
直感、というよりは、もし先生が何かを私に残すとしたらここにあるのはないか、という淡い期待。
なかったらそれでいい。そう思いながらホホジロサメをくまなく観察する。
そして三千本の歯を見ていた時に、ふと下顎の一本の歯に違和感を覚えた。
サメの歯を毎日見ているからこそ分かる、ちょっとした違い。
その歯を指でつまみ引きあげると、簡単にスポッと顎から抜けた。
手にとってじっくり見れば、サメの歯を精巧に真似た、何かの骨を削って作ったものだと分かった。
何のためにこんなものがホホジロサメの口の中に隠されていたのか歯をいくら見ても分からなかったが、歯が抜けた空間を見て、はっとした。
穴の中に小さな紙片があった。
震える手で紙をつまみ広げる。
これは先生が私に残したメッセージだ。
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