第5話 ミッシングリンク

「先生が殺された? 一体誰に?」

「発見を秘密のままにしたい誰かだよ」

 アーサーははっきりと言い切った。

 まるで頭の中をのぞかれたような言葉に動転して、何も言えなかった。

 どんな表情が顔に浮かんでいるのか考えたくなかった。一度大きく息を吐き、こわばった表情をほぐし、アーサーと向き合った。

「先生が亡くなったことは非常に残念なことだ。けれど受け入れられないからといってそれを誰かのせいにしてしまうのは、何かが違っていたらこんなことにはならなかったのではないかという罪の意識からくる逃避行動だよ」

「じゃあもし、先生がミッシングリンクを見つけていたとしたら?」

 思いもよらないアーサーの発言に、今度ばかりは言葉を失った。



 ミッシングリンク。失われた環。「存在の大いなる連鎖」の途切れた部分。

 神はこの世界の生きとし生けるものすべてを創造し、階級を定めた。

 この階級は上にいくほど「高等」な存在とされ、単純な存在である鉱物、その上に植物、そして自由に動ける動物はさらに上位に置かれた。

 人間はイマゴ・デイ神の似姿として動物の頂点に、天使の一段下に置かれた。

 このヒエラルキーは途切れなく続き、「存在の大いなる連鎖」と呼ばれている。

 けれど、この連鎖には途切れた部分がある。

 人間とサルの間だ。

 サルは確かに人に似ている。けれど天から魂を注がれた人に対し、あまりにもいやしく下等だ。

 神の定めた法則に従えばサルと人の間に、神話に出てくる半人半獣の姿の、魂を持たない存在がどこかにいるはずだった。

 何世紀にもわたって見つけられないその失われた鎖を探し出すことを、先生は人生の目標としていた。



「先生は死ぬ直前まで、熱心に何かの論文を書いていたんだ。どんな内容か詳しくは教えてくれなかったけれど」

「それがミッシングリンクについての論文だという証拠は?」

 アーサーは私の手元を指さした。

「その日記の102ページ」

 手にした本をパラパラとめくり、該当ページにたどり着いた。

〝エウレカ!〟

 走り書きでただ一言、そう書かれていた。

〝見つけた〟〝分かった〟を意味するギリシャ語だ。

 そしてそのページを最後に、記述は途切れていた。

「……その論文は今、どこにある?」

「分からない。でも手がかりをどこかに隠したはずだ。だから先生が信頼していたあなたの協力が欲しいんだ」

 子供の空想だと片付けてしまう方がよっぽど常識的だった。

 先生は何かを見つけた。それは確かだ。

 けれどそのために、本当に先生は殺されたというのか。

 そもそも標本たちの行き先を決めるという、当初の目的はほぼ果たしている。これ以上頭を突っ込まない方が賢明だ。

 だが、あのエウレカという文字が頭から離れない。

 先生の発見を闇に葬り去っていいのか?

 それに、何の発見をしたのか知りたいという欲が抑えられなかった。

「分かったよ。こうなったらとことん付き合うよ」

 アーサーの顔が輝いた。けれど次の瞬間、はっとすると近くの机の下に隠れた。

「どうした、アーサー?」

 不可解な行動に驚いていると、アーサーは声をひそめて言った。

「僕がここにいること、黙ってて」

 一体誰に、と思ったその時、背後の標本収蔵室の扉が開かれた。

「まだ残っていたのか? 熱心なのはいいが頑張りすぎると体を壊すぞ」

 ウィリアムだった。窓を見れば陽がいつの間にか落ちていた。

「心配ありがとう。そろそろ切り上げようと思っていたところだ」

「集中すると他のことはそっちらけなところは昔から変わっていないな。ちびっこはもう帰ったのか」

「ああ」

「あの子は先生に随分なついていたから、今回のことは相当ショックだっただろう。何かとっぴなことを言っても、あんまり真に受けるなよ。まだ悲しみが癒えていなくて混乱しているだけなんだ」

 それから二言三言会話をすると、ウィリアムは出て行った。彼の姿が見えなくなると、のそのそとアーサーは机の下から現れた。そして忌々いまいましそうな顔をすると、ふんと鼻を鳴らした。

「僕、あの人のこと嫌いなんだ」

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