王国武術会、決着

 そして翌日、武蔵はいよいよ王国武術会決勝戦に望むことになった。

 相手はヴェリク王国騎士団第三軍の軍団長ユトナ・フォリン。恐らく騎士団内で最強の騎士、ヴェリク王国内でも五指に入る腕の持ち主だろう。

 今日は決勝戦の前に三位決定戦が行われるとのことで、今現在、武蔵は控え室でその試合が終わるのを待っている。

 椅子に座り、口を閉じたまま瞑目する武蔵。そういう武蔵の横でタオルだ水だとせわしなく動いているのはアイシアだ。一回戦の時だけではない、彼女は毎試合必ず武蔵の控え室を訪れて世話を焼いていく。その甲斐甲斐しい姿はセコンドのようですらある。


「いよいよ決勝だね、レオン」


 コップに水を注ぎ、武蔵の横に置いてからアイシアが口を開く。別に彼女が試合をする訳でもないのに、心なしかその声に緊張の色があった。


「ああ」


 武蔵は目を閉じたまま頷く。

 そのまましばし沈黙の時間が流れる。

 アイシアはしばらくソワソワしていたが、やがて武蔵の横に腰を落ち着けた。

 ゆっくりと目を開け、武蔵は横にいるアイシアを見る。


「なあ、アイシアよ」

「えッ? あ、何……?」

「すまんな」


 言いながら武蔵が頭を下げると、彼女にはその意味が分からなかったようで、鳩が豆鉄砲くらったような顔でキョトンとしていた。


「え?」1

「お前はユトナどのを尊敬しているのだろう。俺は今日、一人の剣客としてそのユトナどのを倒さねばならん」


 アイシアは騎士団に入る前からユトナのことを尊敬している、彼女のようになりたいと武蔵に語っていた。言わば憧れだ。武蔵はその憧れの人物を彼女の見ている前で倒さねばならない。

 武蔵の伝えたいことが分かったのだろう、アイシアは苦笑して首を横に振った。


「謝らなくていいわよ。試合なんだから。それにね……」

「ん?」

「私が一番尊敬してるのは、実はレオンなんだよ?」


 言って、アイシアは頬を朱に染めてニッコリ微笑んだ。

 そのドキリとするような笑顔に一瞬たじろいだ武蔵は思わず声を上擦らせてしまった。


「な、何? そんな話は初耳だぞ?」


 十五年も一緒にいたというのに、そのような話は聞いたことがない。武蔵が顔を向けると、アイシアは大真面目に頷く。


「だって言うの初めてだもん。改めてこんなこと言うの、照れ臭いじゃない? でも今日は言う。言わなきゃいけないって思ったから」


 一切の淀みなく、真っ直ぐに目を見られたままそう言われたら、いくら肝の据わっている武蔵でもドキリとしてしまう。まるで己の心の内を覗かれているようだと思った。


「……冗談ではなく本音なのか?」


 そう訊くと、やはりアイシアは大真面目に頷く。


「当たり前じゃない。私はレオンのこともユトナ軍団長のことも尊敬してる。だからどっちが勝ってもガッカリはしない。でもね、レオンが勝ってくれたら私、きっと自分のことのように嬉しいと思うんだ」


 同じ村で共に育ち、共に剣の腕を磨いた武蔵とアイシア。アイシアにとって武蔵は家族であり、仲間であり、剣の師であり、そして最も身近にいた、自分もこうありたいと思える強者であった。確かに同じ女性としてユトナの武勇譚には憧れたが、より強く想い入れがあるのは武蔵の方だ。そんな武蔵が優勝して嬉しくない訳がない。

 彼女の偽らざる想いを聞いたことで武蔵の双肩に乗るものが一段と重くなったような気がしたが、しかしこれは嫌な重さではない。背負い甲斐がある。


「そうか。では、何が何でも勝たんとな」


 武蔵が微笑しながら言うと、アイシアも呼応するように笑顔を浮かべた。


「私に気を使う必要なんかないから。がんばって、レオン」

「うむ」



 フェザント・ローデンが勝利を収めて三位決定戦が終了すると、武蔵は案内の係員に呼び出されて舞台に上がった。

 眼前に佇むのは決勝戦における武蔵の相手、ユトナ・フォリン。恐らくは王国騎士団において最強の騎士だ。

 まだ試合開始前だというのに、会場は割れんばかりの歓声と熱気で満たされている。三位決定戦が好勝負だったので観客のボルテージが上がっているのだろう、これで決勝戦が始まればどうなるものか。

 熱狂の渦の中心、舞台の上で、武蔵とユトナは対峙している。これから激しく剣を交わすというのに、二人の表情は実に穏やかだ。


「やはり、君が勝ち上がって来たな」


 まるで世間話でもするかのように、ユトナが口を開いた。


「そういう貴女も当然のように」

「これでも毎年苦労して勝ち上がっているのだけどね」


 苦笑しながら答えるユトナに、武蔵も思わず苦笑を返す。


「はは、御謙遜を。先日、旦那様、シェイどのから聞きましたぞ。ここ五年は貴女が武術会で連続優勝しているのだと」


 武蔵がそう言うと、しかしユトナは過去に想いを馳せるような遠い目をした。


「私はそれ以前から武術会に参加しているが、優勝出来るようになったのはここ数年のことだよ。何故か分かるかい?」

「いえ? しかし貴女を上回る強者となると……」

「バルバトス大公だよ。あの御方が老齢を理由に武術会に参加しなくなってから、私はようやく優勝を掴めるようになった。大公が出場していた時は良くて準優勝。運が悪い時は一回戦で大公に当たって敗退することもあった」


 聞いて、武蔵は思わずほう、と唸る。バルバトス大公が武辺の者だという噂は聞いていたが、まさかユトナを下すほどだとは思っていなかったのだ。武術会に参加しなくなった理由が老齢によるものだったとしても、武蔵は俄然、彼に興味が湧いた。


「バルバトス大公とは、そこまでの御仁でしたか」

「君も剣名を高めようというのなら一度は彼を訪ねると良い。君ほどの剣士ならば無碍にはされない筈だ」


 そんなことを聞けば、むしろ会わない訳にはいかないだろう。武術会が終わった後のことはかねがね考えていたが、思いがけず次の旅の目的地が出来た。


「いや、良いことを聞きました。ありがとう存じます」


 武蔵が笑顔で礼を言うと、ユトナもニコリと笑う。


「お二人とも、そろそろよろしいでしょうか?」


 ずっと割り込む隙を窺っていたのだろう、一旦話が終わったところで、審判が二人の間に身を潜り込ませて会話を遮った。


「ああ、これはすまない。つい話し込んでしまった」

「面目ない」


 思わぬ長話になってしまったことで二人が揃って頭を下げると、審判はふう、と息を吐いて大きく頷く。


「それでは試合を始めます。お二人とも、少し下がって」


 言われて、武蔵とユトナは互いに十歩ほど下がって距離を空ける。

 二人が距離を取ったことを確認してから、審判は会場中に聞こえるよう、大声を張り上げて選手紹介を始めた。


「ついに決勝戦! 皆様御存知でしょうが、まずは選手紹介! 我らがヴェリク王国騎士団第三軍の軍団長にして前回大会優勝者、ユトナ・フォリン選手!」


 流石は前回大会優勝者、ユトナの名前が呼ばれると、観客席から怒号のような歓声が沸き起こり、空間を激しく震動させる。

 ユトナはアーダンのように手を上げて観客に応えるようなパフォーマンスはしなかったものの、それでもファンが多いらしく黄色い声援が飛んでいた。


「続きまして冒険者ギルド代表! 無名ながらも破竹の勢いで勝ち上がって来た脅威の新鋭、レオン・ムサシ・アルトゥル選手!」


 審判の言うように武蔵は無名選手だが、これまでの戦いぶりと、ここまで勝ち残ったということでやはり少なくない歓声が飛ぶ。

 武蔵もやはりノーリアクション。パフォーマンスをするような色気はない。

 選手紹介が終わると、二人はそれぞれ得物を抜いた。武蔵はいつものように大刀を右手に、小刀を左手に緩く構え、対するユトナは背負っていた、身の丈ほどもある分厚い大剣を両手で持って重厚な構えを見せている。

 戦う準備は整った。観客のボルテージも最高潮だ。


「試合開始!」


 審判の合図とともに、


 ドンッ!


 という試合開始を告げる太鼓が打ち鳴らされた。


「参る!」


 試合が始まるや否や、ユトナがいきなり仕掛けてくる。重い大剣を持っているとは思えぬほど軽やかに、そして素早く武蔵に詰め寄ると、彼女は大剣の重量を存分に活かした上段からの一撃を繰り出してきた。


「ぬん!」


 武蔵は左右の刀を頭上で交差させてこれを受けたのだが、瞬間、凄まじい重圧に腰が沈み、足元の石舞台にヒビが走る、

 長大な得物による、頭蓋すら叩き割るような剛剣。武蔵の前世において最大の好敵手であった岩流佐々木小次郎もこのような剣を遣ったが、ユトナも負けてはいない。今の一瞬のことではあるが、剣圧ならば彼女の方が上なのではなかろうか。


「せい!」


 気合を発し、武蔵は凄まじい膂力でユトナの剣を押し返すと、左手の小刀を水平に寝かせて横一閃に斬り込んだ。


「ふッ」


 軽く息を吐き、ユトナは大剣の刃に身を隠すようにしてその一撃を防いだのだが、武蔵にとってこの攻撃は布石。

 攻撃しつつも足捌きを使ってユトナの背後に回り込み、右の大刀で上から袈裟斬りに斬り付ける。

 しかしユトナもこれは読んでいたようで、振り向くこともなく大剣を持ち上げ、そのまま頭上を通して背後に刃を回し、武蔵の剣を請けた。

 大剣の刃をまるで盾のように使っている。盾を使わぬ両手持ちの大剣だからこその戦法なのだろう。良く練り上げている。

 ユトナの手練に舌を巻きつつも、武蔵は袈裟斬りを防がれたばかりの彼女の大剣に右の前蹴りを放ち、彼女を強引に押し出した。


「うッ?」


 背後からの圧を受け、ユトナがバランスを崩して一歩、二歩と前へ出る。

 武蔵は勢いを付けて前方、ユトナに向かって跳び上がると、抜き去り様、彼女の頭上で大刀を振って強かにその額を打った。


「あぁッ!」


 衝撃を受けたユトナの口から思わず声が洩れる。結界の首飾りによって傷を負うことはなかったが、本来ならば額を割られて脳にまで到達していてもおかしくない一撃。それが証拠に、首飾りには早くも一筋のヒビが走っていた。

 着地して振り返り、油断なく構える武蔵。ユトナもこれ以上の隙は見せられず、表情を引き締めて構えを取った。


「………………私には油断もないし手を抜いてもいない」


 額に冷や汗を浮かべながらユトナが呟く。


「はい」

「凄まじい剣の腕だな。本当にまだ十七歳か?」

「そんなに老けて見えますかな?」


 注意深く構えたまま、武蔵が面白くもない冗談を言うと、ユトナは一瞬だけ苦笑し、しかしすぐにそれを噛み殺して攻撃を仕掛けてきた。


「せやあッ!」


 大剣のリーチを活かし、突きを繰り出してくるユトナ。一撃ではなく、足を踏み留めての連続突きだ。


「真・二天一流、林ノ太刀、落葉」


 武蔵は目にも留まらぬ速さで繰り出される突きを、流れるような二刀の剣捌きによっていなしてゆく。真・二天一流、林ノ太刀、落葉。散りゆく落ち葉のようにゆらゆらと敵の攻撃を流し続けることで相手を疲れさせ、そこに隙を見出す柔の剣だ。

 ユトナがいくら突きを放とうと、武蔵の剣によって全て軌道を変えられ、攻撃が一つも当たらない。

 一旦剣を引き、ユトナはバックステップして距離を取ると、剣を上段に構えた。

 だが、ユトナは何故だか攻撃してこない。その場で深く腰を落とし、まるで力を溜めているように奥歯を噛み締め、筋肉を隆起させている。どうも剣を打ち下ろそうとしているようだが、しかし間合いが離れ過ぎているのは明白。あの距離では空振りするだけだ。


「……?」


 一体、何をするつもりなのか。異様な雰囲気を醸し出すユトナを注視していると、彼女は信じられない攻撃を仕掛けてきた。


「断空波!」


 ユトナが渾身の力を込め、足元の石舞台を叩き割る勢いで剣を振り抜く。するとそのまま石舞台を一直線に割りながら斬撃が飛んで来たのだ。


「なぁッ!」


 武蔵の口から驚愕の声が洩れる。完全に虚を突かれた。

 彼女のギフトはアイシアと同じ剣聖、フェザントのように斬撃を飛ばすものではない。それなのに彼女は自前の剛力と磨き上げた技でそれを実現したのだ。まさに剛剣の極み。

 防御が間に合わず、ユトナが放った斬撃をまともに受けた武蔵の身体が弾かれたように後方に吹っ飛んだ。それで武蔵の首飾りにもピシリと幾筋かの亀裂が走る。そのまま背中から床に叩き付けられ二転、三転してからようよう体勢を整えて立ち上がろうとすると、頭上から影が下りてきた。

 何だ、と思って見上げると、はたしてそこには、剣を振り上げたユトナの姿が。流石にこのピンチを見逃してくれるほど甘くはないということだ。


「覚悟!」


 まるでギロチンが如くユトナの大剣が振り下ろされるが、これをむざむざ受けるほど武蔵もヤワではない。


「真・二天一流、山ノ太刀、二連断!」


 剛剣山ノ太刀、大刀小刀による横二連の斬撃でユトナの大剣と打ち合う。

 武蔵の両刀とユトナの大剣がかち合った瞬間、二人を中心に凄まじい衝撃が周囲を走り抜けた。

 剛剣同士のぶつかり合いによって発生した衝撃波が舞台下にいる審判にまで届き、その弛んだ頬を波立たせる。

 二人の剣は同時に弾かれたが、ユトナは衝撃に耐え切れず三歩ばかり後退、今度は武蔵が攻める番であった。


「真・二天一流、火ノ太刀、猛火!」


 縦横無尽、三百六十度あらゆる方向から敵を襲う怒涛の連撃、火ノ太刀、猛火。


「くぅッ!」


 ユトナは咄嗟に剣の刃を寝かせて防御の姿勢を取るが、あらゆる方向から迫る連撃を全て防げるものではなく一撃、また一撃と攻撃を受け、首飾りの耐久度が見る間に削られてゆく。ピシピシと新たなヒビが走り、このままではあと一秒と持たずに首飾りが砕け散ると思われた時、ユトナが反撃に出た。


「ふんッ!」


 刃を寝かせたまま、被弾も辞さず、シールドバッシュの要領でユトナが剣ごと強引に体当たりしてくる。

 武蔵は剣を交差させてこれを受けたのだが、まるで壁が迫ってくるような圧力で押し出されてしまう。四歩、五歩とたたらを踏んだところで、ようやく間合いを作れたユトナが再度の上段構え。あれは斬撃飛ばしのそれだ。


「断空波!」


 先ほどより更に近い距離で斬撃が迫る。だが、そう何度も同じ手を喰う武蔵ではない。


「真・二天一流、山ノ太刀、剛断!」


 剛剣には剛剣、下段から昇るように放たれた武蔵渾身の一撃がユトナの飛ぶ斬撃に衝突する。瞬間、まるで刃同士がぶつかり合ったかのような甲高い金属音が響く。刀身から伝わる確かな重さに舌を巻きながらも、武蔵はユトナの斬撃を打ち消した。

 武蔵が飛ぶ斬撃を打ち消すのと同時に、会場からも音が消える。あまりにもレベルが高い二人の試合を目にして、観客たちは声を失っていた。一瞬たりとも見逃せない、選手たちが発する微かな音ですら聞き逃せない。何か一つ捉えそこなった瞬間、この試合の展開についていけなくなってしまう。その興奮だけを胸の中に抱き、掌に顔にじっとりと汗を掻きながら、観客たちは食い入るように試合を見守っている。

 そして選手二人。武蔵とユトナは仕切り直しとばかりにまた構えを作った。武蔵は刃を収めて柄に手を置いた居合い構え、風ノ太刀、対するユトナは身体の正面に剣を持ち上げて切っ先を相手に向けた青眼の構え。

 これだけ激しく打ち合ってきたというのに、どちらの構えにも乱れはない。だが、そろそろ頃合ではあるだろう。武蔵の剣は確実にユトナを捉え続け、彼女の首飾りは限界寸前までボロボロになっている。あと一撃入れれば砕け散るだろう。対する武蔵の首飾りにはまだ若干の余裕があるが、ユトナの剣は一撃一撃が必殺の威力を持つ剛剣。まともに受ければその瞬間に武蔵の首輪も砕け散る筈だ。

 お互いにあと一撃。

 会場全体が痺れるような緊張感に沈む中、ユトナが唐突に口を開いた。


「……世の中は広いな」


 対する武蔵は無言。言葉は挟まない。


「………………」

「バルバトス大公以上の剣士などこの国には存在しないと思っていた。彼の次に強い剣士は自分だろうと自惚れていたよ。君のおかげで目が覚めた想いだ」


 あくまで構えは崩さず、しかし顔には自嘲のような笑みを浮かべながら言うユトナ。自負と驕りは紙一重。バルバトス大公という越えるべき壁が大会に出場しなくなった今、彼女は武蔵という新たな強者に出会ったことで己の未熟を思い出したのだ。

 そういう彼女に、武蔵は大仰に頷いて見せる。


「功名心を持たぬ在野の達人というのはおりますからな。この大会で優勝したからとて、王国一の武芸者とは言えますまい」


 名を売ることに関心がなく、ただただ己の強さのみを追い求める求道者。そういう人間はそもそも他人にすら興味を持たず、世俗とすら係わりを断っている場合がある。しかしながらそういう者が往々にして隔絶した腕を持っていたりするのだ。彼らのような存在を無視して天下無双を名乗れば物笑いの種だ。

 武蔵の言うことが分かるのだろう、ユトナも同意して頷く。


「全くその通りだな。たかだか十六人程度の頂点に立ったからと、それが最強の証明になるわけでもないのにな。剣の道に終わりはない、私のような未熟者はまだまだ道半ば。今日はそのことを思い出させてもらったよ」

「しかしながら、まずはこの大会の優勝者を決めねばなりません。王国最強とは言えぬまでも、それを決める価値はありましょう」


 あくまでも一つの大会での優勝。たった十六人における一番。武蔵にとってそれを決めることに大きな意味はないが、しかし全く意味がない訳ではない。少なくともユトナより強いか弱いか、それが決まるのだから。


「そうだな。そうでなければこの大会に参加して破れていった者たちに失礼だ。まずはこの戦いに決着をつけよう」

「はい」


 最後の言葉を交わし、二人は口を閉じてまた戦いの渦中へと深く潜ってゆく。

 次の攻防が最後になる。焦りは禁物。

 そういうひりつくような緊張感の中、先に動いたのは武蔵だった。


「真・二天一流、風ノ太刀、風刃!」


 僅か一足で間合いを詰め、目にも留まらぬ速度で繰り出される居合いの一撃。常人では認識すら出来ずに斬られているだろうそれを、しかしユトナは驚異的な動体視力と反射速度で防御する。

 武蔵の剣を己の剣で受けたユトナだったが、しかし何故か身体に攻撃が当たったかのような衝撃が走り、胸元の首飾りが粉々に砕け散った。


「な……ぁッ!」


 ユトナの口から驚愕の声が洩れる。

 彼女だけではない、見ていた観客たち、そして審判を含む大会運営側の者たちですらも何が起きたのか理解出来なかった。

 真・二天一流、風ノ太刀、風刃。それは常識を超えた凄まじき速さと鋭さで放たれた居合いが可能にする、ユトナのような剛剣ではない、武蔵流の飛ぶ斬撃であった。

 ユトナは確かに武蔵の剣には対応出来たが、刃から発生する衝撃波、つまり飛ぶ斬撃を防げなかったのだ。

 まさかユトナも、自分以外にもギフトに頼らず斬撃を飛ばせる者がいるとは思っていなかったのだろう、信じられないという顔で砕け散った首飾りの破片を見つめている。意趣返しという訳ではないが、武蔵はその思考的な隙を突いた形だ。


「斬撃を飛ばす……。ある程度の腕がある剣士ならば、そこまで難しいことではありますまい。ま、俺は貴女のように剛力を用いて飛ばすことは出来ませんが」


 言いながら、武蔵は刀を収めてユトナに一礼する。武士としての作法だ。

 対するユトナは、途方もないものを見るような目で武蔵のことを凝視したまま動けないでいる。しかしかろうじて口を開くと、


「君は……本当に凄い剣士だ。もしかするとバルバトス大公以上かもしれない…………」


 と言って、身体の力が抜けてしまったかのようにガックリと膝を折った。

 この、今大会一番の名勝負にようやく決着がついた。

 それまで声を発することも出来ず、ただただ黙って試合の行方を見守ることしか出来なかった審判が慌てた様子で舞台に上がり、ユトナの首飾りが砕け散っていることを確認してから武蔵の勝ち名乗りを上げた。


「しょ……勝負あり! 勝者、冒険者ギルド代表、レオン・ムサシ・アルトゥル選手!」


 審判が高らかに宣言した次の瞬間、会場は爆発するような歓声に満たされた。

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