宮本武蔵、龍を斬る⑦
王都から休むことなく馬を走らせ早や四日、武蔵はどうにかギリギリでシロン村に辿り着き、アイシアの窮地を救った。
「アイシア……。間に合ったようだな」
戦い続きで疲弊しているのだろう、武蔵の腕の中で泣くアイシアの顔が随分とやつれている。肉体的にも精神的にもかなり無理をしてきたようだ。
騎士団への正式所属後、アイシアが置かれている状況については道々ポーラから聞いているが、あまりに酷いと武蔵は思った。アーダン・ヴェリクという男の無能悪辣ぶり、貴族の子弟たちの卑怯で無責任な振る舞い、いずれも唾棄すべきものだ。
怒りのあまり、噛み締めた奥歯がギリギリと音を立てている。
「レオン、どうしてここに……?」
頬を涙で濡らしたまま顔を上げるアイシア。そんな彼女に答えるため口を開こうとしたところ、武蔵に先んじるような形で、
「アイシアさん!」
と、背後から声がかかった。ここまで王都から武蔵と一緒に来たポーラだ。
舞い散っていた土煙がそろそろ落ち着いてきた頃合を見計らっていたのだろう、ポーラがここまで駆け寄って来る。
アイシアはいそいそと武蔵から離れると、今度はポーラと再会の抱擁を交わした。
「ポーラ!」
武蔵ほど長く離れていた訳ではないが、それでも久々の再会が嬉しいのだろう、アイシアは勿論のこと、見ればポーラの目にも涙が滲んでいる。
「ぬ……ぐぬ……ッ! 貴様、何者だ! この俺に血を吐かせるなど!」
地面で伸びていたドラゴンが起き上がり、口の端から血を垂らしながら憤怒の形相でこちらを睨む。
アイシアとポーラをその背に庇うよう、武蔵はずい、と大きく一歩前に出て、改めてブラックドラゴンと対峙した。
「レオン・ムサシ・アルトゥル。剣客だ」
武蔵が疑問に答えてやったというのに、ドラゴンは「ふざけるな!」と苛立ちも露に声を荒らげる。
「俺はブラックドラゴンだぞ! 末席とはいえ八大龍の一角なのだ! その俺にただ一撃で血を吐かせるなど、貴様ぁ……ッ!」
「何ぃッ! は、八大龍だと!」
「魔王時代の伝説のドラゴンじゃないか!」
武蔵とドラゴンのやり取りを黙って聞いていた兵士たちが口々に騒ぎ始めるが、そんなことを言われても武蔵は知らない。
「八大龍だの何だのと偉そうに……知らぬわ。どうせ魔物の中でも自分は大物だとでも言いたいのだろうが、そもそも俺は相手の肩書きで畏怖したりせん」
この手の輩は前世でも掃いて捨てるほどいた。何々流免許皆伝だの、高名な誰々の一番弟子だの、何々家の剣術指南役だなどと言って己を大きく見せようというのだ。くだらないことである。
武蔵が求めるのは弁が立つ者ではなく腕が立つ者。言いたいことがあるなら戦いの中、己の腕で語ればよいのだ。
武蔵の言葉が気に入らなかったのだろう、ドラゴンは歯を剥いて怒ると、再び口内に炎を収束させた。ただし、それまでの赤い炎ではなく、この世ならざる黒い炎を。
「許せん! 呪いの炎で滅べ!」
ブラックドラゴンの固有ギフトである呪いの魔法。その強力な呪いを混ぜ込んだ黒炎である。これをその身に受けた者は肉体だけでなく魂までも焼き尽くされ、輪廻の流れから外れて未来永劫消滅するのだ。
本来ならば死に物狂いで逃げなければならない攻撃。だが、背後にアイシアとポーラを護る武蔵は不動の構えでこれを受ける。
「カースフレイム!」
ドラゴンの口から、火球ではなくレーザービームのような黒炎が放たれた。
「真・二天一流、山ノ太刀……」
両脚を大きく開き、二刀を水平に構える武蔵。両腕の力こぶがはち切れんばかりに隆起して血管が浮き上がる。
そして黒炎のレーザービームが鼻先にまで迫ったその時、武蔵渾身の一撃が放たれた。
「大山鳴動!」
山ノ太刀、大山鳴動。極限まで高められた剛力による、本来不動である筈の山ですらも鳴動させる水平二連の斬撃。
全てを消滅させる筈の黒炎が、大山鳴動の凄まじい風圧によって弾かれ、あらぬ方向に曲がって行った。
「馬鹿なッ!」
ありえない。そう言うようにドラゴンの瞳が見開かれる。だが、ドラゴンの驚愕はここでは終わらない。
「真・二天一流、風ノ太刀、閃風!」
大山鳴動に続き、風の如き素早さでドラゴンに肉薄した武蔵が、その喉元に鋭き居合いの一撃を叩き込む。
まるで金属と金属が擦れ合うような、
ギャリン!
という音が空間に響き、ドラゴンの堅牢な鱗が半ばまで切断される。
その衝撃が鱗の内側にまで伝わったらしく、ドラゴンが、
「ぐぎゃあぁッ!」
と悲鳴を上げた。
しかしドラゴンはすぐに思い知ることになる。武蔵のターンはここからだったのだと。
「真・二天一流、火ノ太刀、烈火!」
その声と同時に、武蔵の二刀による嵐のような連撃がドラゴンに叩き込まれた。
「ぬおあああああぁッ!」
「うぎゃああああぁッ!」
武蔵の気合とドラゴンの悲鳴が同時に響く。
真・二天一流、火ノ太刀。延焼する火の勢いが如く怒涛の連撃を放つ攻めの型。その中でも同一箇所に過たず斬撃を叩き込む技が烈火だ。そして、武蔵が狙うは勿論、閃風で傷を負わせた箇所だ。
一撃一撃は山ノ太刀や風ノ太刀ほど重くも鋭くもない。しかしどの型よりも激しく素早く繰り返される斬撃が徐々に鱗の傷を広げ、遂にはドラゴンの肉体に到達、連撃を受けるごとに刃が肉を裂き、見る間に骨に近付いてゆく。
「あぐあああああああああぁッ! にっ、人間んんんーーーーーッ! 貴様、貴様あああああああああああああああああぁーーーーーーーーーーーーッ!」
連撃を受ける喉元からも口からも滝のように血が流れ出す。ドラゴンは反撃を試みようとするも上手く炎を溜めることも魔法を発動することも出来ず、出血量に伴って身体すら動かなくなってくる。
そろそろ頃合であった。
「真・二天一流、山ノ太刀、二刀両断!」
これで最後だと、武蔵は最大限の力を込めた二刀を同時に同じ箇所に叩き込む。
その瞬間、ドラゴンの巨大な首が胴体から切り離され、宙と飛んだ。
異世界マグナガルトにおける天下無双への第一歩、武蔵による伝説のドラゴンを殺した人間の伝説が誕生した瞬間であった。
「山のような巨躯に鋼の如き鱗、黒き炎、いずれも人では持ち得ぬものだったが、こいつには技がなかった。己が生まれ持った強さに慢心して鍛えることをしてこなかったのだ。武芸に生きればどれだけの高みに登れたものか」
武蔵が刀を振って刃に付着した血を払い、鞘に収めるのと同時にドラゴンの巨大な首が落下し、ドスン、と音を立てる。
皆が驚愕して言葉を失う中、武蔵は一言、
「愚か者が」
と吐き捨てた。
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