ギフトと生きる道
武蔵がレオン・アルトゥルとして生まれ変わってから十五年が経った。
顔にはまだ少年らしいあどけなさが残っているものの、武蔵の背格好はもう大人のそれと遜色がない。ひたすらに鍛え上げられた肉体は隅々まで引き締まり、筋肉の隆起を余すところなく示している。
「ふッ! ふんッ!」
今日も今日とて、武蔵は朝早くから木剣を振っている。ただし、一本ではなく二本。両手に一本ずつ木剣を握り、前世の時と同じように二刀流で稽古をしているのだ。
宮本武蔵の本領たる剣術、二天一流。攻防自在のその剣は六十余年の生涯を閉じるまで終ぞ無敗、天下無双の誉れを欲しいままにした。
身体の出来上がっていない幼少期は剣二本を持てなかったのだが、ひたすらに稽古を続けた結果、齢十二に至る頃には二刀を手にすることが出来るようになった次第だ。
十五歳になった今では、二天一流の技は全て取り戻した。現在取り組んでいるのは、このマグナガルドという剣と魔法の世界でも通用する、更に進化した剣術の開発だ。
「えいッ! やッ!」
そして武蔵の横には、同じように木剣を振る、十五歳に成長したアイシアの姿もある。
長く伸びた綺麗な赤毛をポニーテールに結び、身体も娘らしく成長している。だが、こうして木剣を振る姿は紛れもなく剣士のもの。
五歳の時に興味本位で木剣を手にとってからというもの、アイシアはすっかり剣術に魅了されてしまったようで、武蔵に負けじと熱心に稽古をするようになった。今では大人顔負けの技量を有し、剣のみに限れば村でも武蔵に次ぐ実力を誇っている。
朝は共に素振りをし、型稽古が終われば手合わせをする。今やそれが二人の日課だ。
だが、今日は、今日だけはその手合わせをしない。
「レオン、アイシアちゃん、そろそろ時間よ。汗を流してらっしゃい」
家の窓から顔を出した母イリスがそう声をかけてくる。その声に二人は「はい」と返事をすると、木剣を置いて稽古を終了した。
「じゃ、また後でね、レオン。遅れちゃダメよ?」
「分かっている。お前こそ遅れるなよ?」
「はいはい」
互いに軽口を交わし合ってからそれぞれ家に帰る。
何を隠そう、今日は洗礼の日だ。国中の十五歳になった者たちが教会に足を運び、牧師の洗礼を受けてギフトを授かる運命の日である。
このヴェリク王国だけではない、マグナガルドではギフトこそがその人間の人生を左右する、生き方そのものを決めるのだと言われている。言い換えれば、ギフトとはその者に対する明文化された才能の開示だ。普通、己にどんな才能があるかということは、実際にそれをやってみるまでは分からないものである。人によっては己の真の才能に気付かぬまま生涯を終えることもあるだろう。だが、ギフトはそれを明確にしてくれる。
自分にどんな適正が備わっているのか、何が得意であるのかが分かるのなら、どの分野でなら結果を残せるかが分かっているのなら、人は自然とその道に進もうとするだろう。適正のない、茨の道であると分かっているところを自ら進もうとする者は少ない筈だ。だからこそ、ギフトを授かる洗礼の日は運命の日だと言われている。
ギフトというものは血統によるものではない、完全なランダムであるというのは父の言葉だが、武蔵は自分にどんなギフトが備わろうと剣の道を歩むことを決めているから迷いはない。だが、自分がどんなギフトを授かるのかということには尽瘁に興味がある。剣に活かせるギフトであるのなら万々歳だ。
洗礼を受け、ギフトを授かってようやく一人前というのはこの世界の常識だが、要するに元服のようなものなのだろうと、ギフトというものにあまり拘りのない武蔵などは漠然とそのように思っている。
◇
井戸で軽く汗を流し、新しい服に着替えると、武蔵は父が御者を務める馬車に乗り込んだ。馬車には先んじてアイシアが乗り込んでいる。武蔵が彼女の隣に座ったのを確認すると、父は目指す『トモスの町』に向かって馬車を走らせた。
今年、ポポラ村で十五歳になった子供は武蔵とアイシアの二人だけなので、町に向かうのもその二人だけだ。後は馬車の御者兼付き添いの父アントニオが同行するだけ。
父によると、トモスの町までは片道三時間ほどだという。往復六時間ほどだが、洗礼の混み具合によっては町に宿泊するかもしれないとのことだ。
「ねえ、レオン」
手持ち無沙汰になったのだろう、それまで黙って流れゆく外の景色を見つめていたアイシアが武蔵に話しかけてきた。
「レオンはギフトを授かったらどうするつもりなの?」
どう、とは今後の生き方のことだろう。どんな仕事に就き、何を目的に生きるのか。
「決まっている。俺は剣の道に生きるさ。目指すは天下無双だが、まずはこの国で最強の剣士になろうと思っている」
物心ついた頃どころか、生前、前世の頃から次の人生も剣に生きると決めていた。武蔵にとっては今更の質問である。
武蔵が言い淀むことなくそう伝えると、アイシアはむ、と眉間にシワを寄せた。
「この国で最強って……何か漠然としてるわね。具体的にどうすれば最強なのよ?」
「父上によるとな、この国では年に一度、王都にある闘技場で国王主催の御前試合が行われるらしい。そこには腕に覚えのある者たちが国中から集まるようでな。まずはその試合に出てみようと思っているのだ」
正直なことを言うと、マグナガルドはおろか、このヴェリク王国にどんな強者がいるのかすら武蔵は知らない。ポポラ村のような田舎では世間の情報があまり伝わってこないのだ。生活に直接関係ない武芸のこととなると尚更だろう。だからこそ、父が話してくれた御前試合のことは渡りに舟だったのだ。
「そうなんだ。全然知らなかった……」
その情報は初耳だったらしく、アイシアがふむ、と鼻を鳴らして頷く。
「その試合で優勝した後は、武者修行の旅に出ようと思う。このマグナガルドという世界は広いらしいからな。諸国を巡り強者たちと剣を交えるのだ」
前世の時も、若い頃は各地の強者を訪ねて旅をしていた。播州生まれの田舎侍が京だ豊前だと東奔西走したものである。日本一国ですらあれだけ広かったのだから、このマグナガルドならば生涯旅の暮しをしても巡り切れるものではないだろう。それだけ未知の強者がひしめいているだろうというのが武蔵の考えだ。
武蔵の期待は言葉に乗ってアイシアにも伝わった筈だが、彼女は何事か考え込んでいる様子である。そしておもむろに顔を上げると、
「…………剣とか戦いに関係ないようなギフトを授かってもそうするの?」
と訊いてきた。
「当たり前だろう。何故、己の生き方や目的をギフトに左右されねばならんのだ。得意なこととやりたいことは必ずしも一致するものではない。俺はやりたいことの方を優先させる。お前は違うのか?」
何を分かり切ったことをと、そういう気持ちで武蔵が訊き返すと、アイシアはしかし、
「私は……」
と言い淀んだ。その顔には迷いの色が浮かんでいる。
武蔵は彼女の答えが出るまで黙って待つ。そうしてしばし考え込んでから、アイシアは決意したように顔を上げて真っ直ぐに武蔵を見た。
「………………うん、私もそう。私も自分の目標を優先させる」
「うむ、よく言った。で、お前の目標とは何なのだ?」
「私ね、王国の騎士団に入りたいと思っているの」
「ほう?」
幼馴染の武蔵をして、それは初耳である。思えばアイシアとこうして将来のことを語り合うのは初めてのことだ。あれだけ毎日一緒に木剣を振った仲だというのにおかしなものだと、武蔵は心の中で苦笑を浮かべる。
「レオンほどじゃないかもしれないけど、私も剣が好き」
「うん。一緒に稽古してきたのだ、それは分かっている」
その言葉に一瞬嬉しそうな笑みを浮かべてから、アイシアは話を続けた。
「私の中ではね、剣を活かせる生き方というのは、騎士や兵士として生きることなの」
今は大きな戦もなく比較的穏やかな世だが、それでも王国の騎士団は暇ではない。盗賊や人攫いなどの犯罪組織は尽きることがないし、何よりこの世界には未だモンスターたちが闊歩している。そういう脅威に立ち向かうのは騎士団の仕事だ。
「確か、マルコおじさんも元は騎士団にいたんだったな」
詮索するのが野暮だから何となくしか知らないが、武蔵もアイシアの父マルコが王都の騎士団で兵士として働いていたことは知っている。確か身体の何処かを悪くしたので、兵士を辞めて生まれ故郷であるポポラ村に妻と一緒に戻って来たのだと、そのような次第だったと記憶している。
「うん。お父さんは膝を悪くして騎士団を辞めちゃったけど、私はお父さんの分まで騎士団で働きたいと思ってるんだ」
武蔵は騎士団のことに詳しい訳ではないが、そういう組織が男社会であることは想像に難くない。女性の騎士や兵士が全く存在しないということはなかろうが、それでも比較的珍しいということは田舎者の武蔵にも分かる。
「おじさんとおばさんにはもう言ったのか?」
武蔵が訊くと、アイシアは苦笑しながら首を横に振った。
「ううん、言ってない。何となくは気付いてるのかもしれないけど、どんなギフトを授かるのかまだ分からないから……」
女性であるアイシアが騎士団に入る。確かにそれを聞いた両親は良い顔をしないかもしれない。それどころか反対するかもしれない。苦労することが目に見えているからだ。これで武術や身体能力を強化するようなギフトを授かればまだ説得材料にはなるだろうが、それとは全く関係ないギフトであれば説得はかなり難しいだろう。だからこそ、まだ言えない、言うべき時ではないと、そういうことらしい。
「レオンはもう言ったの?」
今度は武蔵が訊かれたので、はっきりと頷いて見せる。
「俺は幼い頃からそうすると宣言している。十歳になる頃には両親とも呆れて、親より先に死なん限りはどうなりと好きにしろと言われていたさ」
まだ十歳にも満たない子供の頃から大して遊びもせずに木剣を振ってきたのだ、武蔵が己の望みを打ち明けても、両親はさして驚きもしなかったし、反対もしなかった。自分に理解を示してくれたというよりは諭すだけ無駄だと諦めた様子だったが、ともかく両親の了承はちゃんと得ている。だからどんなギフトを授かろうと旅に出るのは決定事項だ。
「…………何かさ」
「うん?」
「レオンって意外としっかりしてるよね」
アイシアとしては、自分の方が武蔵よりもしっかりしている、自分の方がお姉さんだという自負があったのだろう。その自分よりも先に武蔵が両親を納得させていたことが本当に意外だったと見える。
だが、武蔵は前世も含めて七十年以上も生きているのだ、子供扱いは心外だ。
「意外とは何だ、意外とは。失敬な」
「あはは……」
武蔵が憮然とした様子で抗議すると、アイシアは思わず苦笑を浮かべた。
◇
陽が傾くより少し前に、武蔵たちを乗せた馬車は目的地であるトモスの町に到着した。
「さあ、二人とも、トモスに着いたぞ。降りてくれ」
父に促され、武蔵とアイシアは実に三時間ぶりに馬車から降りた。
凝り固まった筋肉を解すように二度、三度を屈伸して大きく深呼吸をしてから、武蔵は改めて町の様子を観察してみる。
町と言うだけあって、確かにポポラ村とは活気が違う。広範囲に点在するように民家が建っている村とは違い、狭い範囲に民家、商家問わずひしめいているし、広場らしきところには噴水もある。何となくだが、より都会的とでも言おうか、住民も村人よりあか抜けて見える。何より、ここには村にはない教会と、町を護る王国騎士団から派遣された兵士たちの大きな詰め所がある。
武蔵がもの珍しいそうにキョロキョロしていると、父が、
「俺は馬車を預けてから教会に行って手続きをしてくるから、お前たちは広場の噴水の前で待っていてくれ」
と言い置き、馬車を引いて宿の方に行ってしまった。残された武蔵とアイシアの二人は言われた通り広場の噴水を目指して通りを歩く。
通りを歩きながらも、武蔵は町の様子をつぶさに観察する。村の民家はログハウスのような小屋ばかりだが、町の民家はレンガ作りのものもあるし、村にはない二階建てや三階建てのものもある。三階建ての家は豪奢な感じがするから、きっと金持ちの家だろう。
新鮮な驚きを湛えたまま右に左にせわしなく視線を移動させる武蔵を見て、アイシアは苦笑を浮かべている。
「レオン、もしかしてトモスに来るの初めて?」
言われて、お前もそうだろうと返そうとして、しかし武蔵は口を閉じた。考えてみればアイシアは王都からポポラ村に移り住んで来たのだ、両親が旧知を訪ねて村の外に出るということもあったかもしれない。そうではなくとも、アイシアは流行に敏感な若い女の子なのだから、村の外のことについては彼女の方が詳しいに違いない。
「というより、村から出たのが初めてだ」
武蔵が改めてそう返すと、アイシアは何だか含みのある笑みを浮かべた。
「もしかして、ここが都会だと思ってる?」
「何だ、違うのか?」
武蔵が訊くと、アイシアは「まあ、ポポラ村よりは栄えてるけどね」と前置きしてから言葉を続けた。
「田舎だよ、ここも。都会っていうのは王都とか、東のエイザムとかのことよ」
王都が一番栄えているのは誰でも分かることだが、国の東にあるエイザムという都市のことも話には聞いたことがある。何でもヴェリク王国内でも王都に次ぐ第二の都市で、王弟であるバルバトス大公の領地なのだという。バルバトス大公という人は音に聞こえた武人だとのこと、武蔵もいずれは彼を一目見て、出来ることならば手合わせなぞしてみたいものだと、そう考えている次第だ。
思考が逸れたが、ともかく今はこのトモスの町のことである。
「ここも田舎か」
「そうそ」
「都会なぞ武者修行の旅に出れば嫌でも訪れることになるだろうが、ここも馬鹿にしたものではないぞ。何せ、お前がご執心の騎士団が詰めているのだからな。兵を置いて護らねばならんくらいには重要な場所なのだ」
「住民は多いし商店も多いから人の出入りも盛んだし、小さいけど冒険者ギルドもあるみたいだし、何より貴重な、洗礼が出来る教会があるのがね」
そんなふうにああでもない、こうでもないと言い合いながら歩いていると、いつの間にか噴水がある広場に着いていた。
広場には、武蔵たちの他にも同年代の子らが何人か所在なさげに立っている。どうやら彼らも洗礼を受けに来たものと見える。武蔵たちも田舎者なのだが、他の子供たちもあか抜けない様子だ。
「ここいらの子は皆、この町で洗礼を受けるのか?」
武蔵が訊くと、アイシアはそうだと頷く。
「だって、ここらへんで教会があるのはこの町だけなんだもん。ここの次に近い教会はマルカルスの街の教会なんだけど、馬車でも行くのに丸一日はかかるからね」
「そうか」
噴水の近くにあったベンチに二人で腰かけ、そのままとりとめもない話をして時間を潰していると、三十分もしてから父が戻って来た。
「待ったか?」
「少しだけ」
武蔵が頷くと、父はバツ悪そうな笑みを浮かべる。
「悪い悪い。先に宿を取ってきたから遅れたんだ。さ、行こう」
促され、武蔵とアイシアは父に連れられて教会へ向かった。
◇
町の北側の位置に、いかにも西洋然とした教会があった。
父の案内で教会に入ると、中では礼拝の席に順番待ちの子供たちが腰かけ、前で牧師と思しき老齢の僧侶が大きな水晶球を片手に子供たちに洗礼を施していた。
子供の前に立ち、牧師が何事か祝詞のようなものを唱えると水晶球が光り輝き、その光が消えると洗礼完了といった流れになっているようだ。洗礼を終えると、牧師が子供に授かったギフトの内容を告げ、次の子供にまた洗礼を施す。
「俺は後ろで洗礼が終わるのを待っているから、二人はあそこに座って順番を待って」
父は小声でそう言うと、そそくさと隅の方に行ってしまった。武蔵とアイシアも父が指した席に座り、大人しく洗礼の順番を待つ。
「…………緊張するね」
洗礼の邪魔にならぬよう、武蔵の横に座るアイシアがそう声をかけてくる。武蔵は特に緊張していなかったが、彼女に合わせて黙って頷いた。
「私のギフト、何になるんだろう?」
「………………」
「戦いに役に立たないやつだったらどうしよう?」
「………………」
「ねえ、レオンは……」
と、ここで武蔵は流石に黙っていられず、そっと片手を出してアイシアの発言を遮る。
「アイシア」
武蔵が少し険しい視線を向けると、アイシアも自分が緊張のあまり多弁になっていたことを悟ったらしく、しまった、というような顔をした。
「あ……」
「どんなギフトでもいいだろう? 戦いに関係ないギフトでも今まで通り剣は振れる。戦いが有利になるギフトなら幸運だとでも思っておけばいい」
「ん……」
諭すような武蔵の言葉に、アイシアも不安そうな顔ながら頷き、それからは黙って順番が来るのを待つ。
そうしてしばらく待っていると、先にアイシアの順番が回って来た。
「次、アイシア・スタンツさん、前へ」
「は、はい!」
ぎこちなく返事をしてからゴクリと息を呑み、アイシアは立ち上がって前に出る。アイシアが所定の位置に立つと、牧師は水晶球を片手に祝詞を唱え始めた。すると牧師の水晶球はこれまでとは違う赤い光を放ち始め、教会内が俄かにザワつく。アイシアが一層不安そうな表情を浮かべ、牧師も驚いている様子ではあるものの祝詞の言葉を続けている。
珍しいことなのだろうが、恐らくは凶事ではないのだろうと武蔵は内心で頷く。
やがて牧師が祝詞を唱え終わると、水晶球の光も止み、アイシアの洗礼が終了した。
「牧師様……」
アイシアが不安を隠さぬ顔を向けると、牧師がその顔にニコリと笑みを浮かべる。
「いやあ、驚きました。私も教会に所属して長いですが、私の洗礼によりこのギフトを授かった子は貴方が初めてです」
「え?」
「貴方のギフトは『剣聖』です。類希なる剣の才、それが神により授けられました。このギフトを持つ者は国内でも僅か数人。そのいずれもヴェリクで名高い剣豪です」
その言葉を聞いた周囲が、おおっ、と驚きの声を上げる。何とはなしに、彼女なら武芸に関するギフトを授かるだろうと思っていた武蔵もこれには驚いた。
「私が……剣聖………………」
呆然と突っ立ったまま、アイシアがそう呟く。あれだけ不安がっていた自分に、まさか剣聖などという凄いギフトが授けられるとは思ってもみなかったのだろう、事態を飲み込むのに今しばらく時間がかかるものと思われる。
洗礼が終わったので、アイシアは控えていた別の僧侶に促され、父が待っている隅の方に連れて行かれた。
「次、レオン・アルトゥルくん」
「はい」
ようやく順番が回ってきたと、武蔵は返事をして立ち上がる。アイシアと同じように前に出て所定の位置で立ち止まると、牧師は水晶球を片手に祝詞を唱え始めた。
武蔵の場合は、それまでの子たちと同じ白光が水晶球から放たれる。やがて祝詞が終わり光が止むと、牧師はニコリと微笑んだ。
「終わりました。貴方に授けられたギフトは……」
緊張などない筈だと思っていたが、武蔵は思わずゴクリと息を呑み込む。
武蔵の緊張が伝わったものか、牧師は笑顔のままそのギフトの名を告げた。
「貴方のギフトは『鍛冶神の加護』です」
◇
もう陽も落ち、町の宿を目指して暗くなった通りを武蔵、アイシア、父の三人が並んで歩いている。武蔵は何ともない顔をしているが、しかし父と、何故か良いギフトを授かった筈のアイシアまでもが暗い表情をしている。
一体、何を落ち込むことがあるのか。
「二人とも、どうして暗い顔をしているんだ?」
武蔵が訊くと、二人は揃って、
「いや……」
「だって……」
と声を洩らした。
「何だ? 言いたいことがあるなら言えばいい」
二人が言い難そうにしているので武蔵が促すと、父が観念したように口を開く。
「お前、小さな頃から天下一の剣士になるんだと、そう言っていただろう?」
「うむ」
「でも、お前が授かったのは鍛冶仕事に無類の器用さを発揮する鍛冶神の加護だ」
「しかも、私が剣聖なんて凄いギフトを授かっちゃったから……」
父に続いて、アイシアが申し訳なさそうに口を開いた。どうやら二人は、武蔵が戦いに関係のないギフトを授かったこと、そして一緒に洗礼を受けたアイシアがこの上ない剣のギフトを授かったことで気落ちしているのではないかと、そう思っているらしい。
「俺が落ち込んでいると、そう思っていると?」
「う、うん……」
「まあ、そうだ……」
二人がバツ悪そうに頷くので、武蔵は思わず苦笑してしまった。
「馬鹿な。むしろ感謝しているくらいだ」
武蔵がそう断言すると、二人が意外そうな顔で驚く。落ち込んでいるなど、勘違いもいいところだ。
妙な勘違いで変に気遣われるのも嫌なので、武蔵はこの際はっきりと言うことにした。
「俺には常々欲しいと思っていたものがある。刀だ」
刀。日本で独自に発達した、切断力に優れる片刃の剣。日本の人間にとって、侍にとって当たり前の武器だ。
だが、刀という言葉を聞いても、二人は聞き覚えがないという顔をしている。
「カタナ? アントニオおじさん知ってる?」
アイシアがそう振ると、父も怪訝な様子で首を横に振った。
「いや、俺も知らん。レオン、一体何なんだ、そのカタナというのは?」
「刀というのは剣の一種で、俺が何より欲するものだ。だが、どれだけ調べてもマグナガルドには……少なくともヴェリク王国には刀が存在しないようなのだ」
考えてみれば刀はマグナガルド側から見れば異世界の剣だ。それも、日本という一国でのみ独自に発達したもの。この世界に存在していなかったとしても不自然なことはない。
不思議そうに頭を傾けながら、アイシアが口を開く。
「カタナって、そんなに珍しいものなの? 勇者の伝説に出て来るような、魔法の剣みたいなもの?」
武蔵もマグナガルドの昔話に出て来る、魔王を倒した勇者が使ったという魔法の剣のことは知っている。何でもひとたび鞘から剣を抜けば刀身は炎を纏い、斬り付けた相手を業火で燃やし尽くすのだという。
刀というのはそんな大それた代物ではない。断じて違うが、このマグナガルドにおいて珍しいものだという点だけは共通している。
「いや、普通の剣だが、作りが独特なのだ。マグナガルドに存在する剣は両刃の片手剣のようなものばかりで、どうにも手に合わん。やはり俺には刀でなければいかんのだよ」
「…………うちのお父さんでも打てないようなものなの?」
アイシアの父マルコは確かに村で鍛冶屋を営んでいるが、鍛冶関連のギフトを授かっている訳ではないので無理だろう。仮に武蔵と同じように鍛冶神の加護を授かっていたとしても、刀に関する知識がないのでは製作は難しい。
「まず無理だな。刀鍛冶でなければ。だが、俺の鍛冶神の加護があれば独力で刀を打つことが出来るかもしれん。幸い刀の製法は覚えている。無理そうならマルコおじさんにも手伝ってもらうが、ともかく俺はこれで刀への足がかりを得た。実に幸運なことよ」
「…………お前、落ち込んでないのか?」
嬉しそうに言う武蔵に確かめるよう、父がそう訊いてくる。
「まさか。俺が授かったギフトがあれば、刀を打つことも、打った刀の手入れも出来る。マグナガルドの鍛冶職人や研ぎ師では刀の面倒を見るのは難しいだろう。全て自分で出来るのなら、その方がいい。全く、良いギフトを授かったものだ」
そう言って豪快に笑う武蔵を前に、アイシアと父は呆れたように顔を見合わせた。
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