幸か不幸か

kurono_くろの

受け入れる、諦める

目覚めた時には、病院だった。意識は朦朧としてたけど、体が動かなくて、凄く怖かった気がする。数日間ベッドの上で寝てて、でも、一向に体が動かなくて。あの医者に、手足を切り落とすしか、って言われた時はもう終わったって思った。…結局、動かなかったのは麻酔をこっそり打ち続けられてたからだったし、あの話は全部嘘だった訳だけど。警察から話を聞いた時は、散々絶望して、泣いて喚いたわ。だって、今やほぼだるま状態よ?悲しいとか、悔しいとか、そんな次元じゃなかった。

…でもね、今はもうそんなに悲しくないの。時間はどんな感情も流してくれるって言うけど、あれは本当ね。今では、この姿での生活にも慣れたし、優しい人達に凄い義肢を貰った。…あと、事故の運転手の会社と、あの医者。目いっぱい慰謝料をせびれたし、ついでに医者は獄中だしね。不自由とかは、あんまり無いし、死ななきゃ安い、よ。

もう事件から数年も経ったのに、未だ飽きないテレビの取材に答え終わって、ソファにどっかと腰を落とす。もう、気にしていないのは本当だ。とっくに過ぎたことだし、後悔しても過去は変わらない。…でも、たくさん取材を受けていると、たまにまだ手足があれば、などと考えてしまう。きっと、こんなに取材を受けるなんてことは無かっただろうし、まだ仕事を続けていたはずだ。夏はプールに行っていただろう。でも、こんな田舎で庭付きの一軒家に住むなんてこともなかった。自分にとって幸運だったかなどとは考えたこともない。現に、手足を失って不自由な思いもしたし、得をしたこともある。どちらが良かったとはいえず、ただどちらも悪くはない。深く考え続けそうになる頭を振って切り替え、ソファから立ち上がる。取材はあったがまだ午前中だ。ソファに座って思考を飛ばすのも悪くはないが、せっかくの天気がいい昼間にするものじゃない。

ぼーっとしていたら緩んでしまった義手をしっかりとつけ直して、キッチンに向かう。コップを取り出し、コーヒーメーカーにセット。スタートボタンを押して、しばらく待つ。待っている間にウッドデッキに続く掃き出し窓のカーテンと窓を開けていると、コーヒーメーカーがピピ、と鳴りキッチンにもう一度向かう。出来上がったコーヒーにミルクと砂糖をこれでもかと投入し、すっかり甘くなったコーヒーを持ってウッドデッキへと移動する。

掃き出し窓を潜ると、無駄に広い庭が目に飛び込んでくる。庭の雑草が伸びてきていて、そろそろ刈り直さなければいけなさそうだ。まあ、伸び放題という程では無いし大丈夫。それよりも、今日は快晴。風が気持ちよくて、日向ぼっこ日和だ。こんな日はウッドデッキの椅子でボーッとするのが最適解だろう。ぎい、と音が鳴る椅子に座ってコーヒーを一口。コーヒーの苦味とそれを打ち消す甘味が口の中で戦う。軽く味わい、喉におくる。暖かいコーヒーが喉を通り、じわっと体が暖かくなる。そろそろ肌寒くなってくる季節。家に篭って太陽を浴びれない日が続くかもしれないから、しっかり太陽光を浴びないと。

…明日は少し冷えるんだっけ、義肢が冷えちゃうからあんまり外に出ないようにしようっと。

ひとりごちて、顔を上げる。目の前の景色は、蔦の張ったコンクリートの壁。花に、低木に、箱庭の中に入ったみたい。一瞬、外を通る車の音が途切れ、1人しかいない世界に迷い込んでしまったような錯覚がする。すぐに、笑い声に掻き消されたが。

子供達の歩く音に乗って、声が聞こえる。学校が終わったのだろうか、笑いあいながら何かを話しているようだ。また、車の音も聞こえだした。あの事故から、少し車は怖いけど、でも、人の営みを感じさせるその音は、まだ随分と耳に心地いい。

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