第47話「一鬼当千」

「ブチ殺せぇッ!」


 ムズウが叫ぶ。


 数百頭を超える、魔獣が迫る――


 その中で先頭に立ち、最も足が速かったのは〈シル・ガルン〉だった。数としては十頭。連携を組んでいるらしく、扇状に幾を取り囲むようにして一斉に襲いかかってくる。


 幾は火のついたバチを肩の高さで、真横に振り抜いた。


「曲目一番——〈火線かせん〉」


 ひゅいんと走った赤い線が、〈シル・ガルン〉の目を焼き、首をもねた。そればかりではない。地面にも線が走り、そこから宿舎の全高をも超える高さの業火が噴き上がった。アルータたちへの接近を防ぐためと、地を這う魔獣を焼き払うためだ。


 上空から〈ドラフラ〉、そして〈ドライフライ〉が接近。さらにその上位種らしきものもいる。体格だけでいえば、〈シル・ガルン〉よりも上だ。そんなものが群れを作って、一気に迫ってくる。


 先頭の一体——上位種だ——が火の壁を超えたと同時、幾は跳んだ。そして上位種の脳天を、幾は容赦なく踏み砕いた。


 だが、それでは終わらない。


「曲目二番、〈稲妻〉——」


 踏み砕いた衝撃で幾の体はさらに跳ねた。回転を交えつつ、空を飛ぶ敵を次から次へと叩き落す。足場代わりにした〈ドライフライ〉が、それだけで絶命する。再び回転し、同時に二体を叩き、跳躍し、さらに回転。幾が空へ空へと昇る度、ぽろぽろと飛行する魔獣が墜とされていく。その数——実に数十頭。幾の息は少しも乱れていない。


「——〈無限落とし〉」


 上空に躍り出た幾を、他の魔獣が見逃すはずもない。


 幾目がけて火、雷、氷、水、風、ありとあらゆる魔法を放ったのだ。その中で最も接近が速かった風の魔法を、幾はバチの先端の〈纏石まとうせき〉で受け止める。より強大になった風を纏い、幾は竜巻の如く回転し、迫りくる他の魔法をすべて吹き飛ばした。


 まだ止まらない。


 幾は〈纏石〉にわずかに残った風の魔気まきを、自らが飛ぶための噴出剤代わりとした。急速に接近してくる幾に、空に飛んでいた魔獣は驚く間もないまま、ただの一撃で首の骨を砕かれ、羽をちぎられ、腹を叩かれて絶命する。


「曲目三番——〈祭り太鼓・旋風つむじ〉」


 土から巨大な魔獣が這い出てきた。全身から角を生やした、象のような魔獣だ。巨大な牙に雷撃を集め、幾に放とうとするが——その雷撃を受け止め、他の魔獣にぶつけてやった。自らの放った雷撃が悲惨な結果をもたらすとは思わなかったのか、鈍重な象の魔獣は大地を踏みしめて大暴れを始めた。


 幾がようやく、大地に降り立つ。同時、象の魔獣が迫る。湾曲した牙を全面に、愚直に突っ込んでくる。

 

 幾は軽く腰を落とし、おもむろに両腕を上げた。真正面に太鼓があると仮定して——たったの二打、打ち込んだ。


「曲目四番——〈盤打ばんだ〉」


 空気が弾け、地を揺らすほどの衝撃。


 角の片方がへし折れ、頭を叩かれた象の魔獣は——その巨体をぐらりと傾け、地面に倒れ、沈黙した。


「てめぇら、何をしていやがる! 囲め! さっさとブチ殺せ!」


 ムズウの指揮に弾かれたように、四方八方から魔獣が迫り来る。


 だが、幾はまるで動揺しなかった。両手を広げ、片手のみでぴん、ぴん、ぴん、ぴん、と連続で指を弾く。


「曲目連番一、二、三、四――〈まんじ祭り〉」


 幾は跳んだ。〈ガルン〉の脳天に〈稲妻〉を叩き落し、〈盤打〉で地面を揺らし、姿勢が崩れた魔獣に〈火炎太鼓かえんだいこ〉をぶちかまし、他の魔獣をも巻き添えにする。


 宙に躍り出て幾にのしかかろうとした魔獣には〈画竜点睛がりょうてんせい〉で下から上へとバチを振り上げ、腹部にお見舞いした。毒液を幾にぶつけようとした魔獣もいたが、今しがた吹き飛ばしたばかりの魔獣を盾代わりにした。


 着地した瞬間、〈祭り太鼓・旋風〉で魔獣の間をすり抜けるようにして、あっという間に十頭以上の首を叩き折る。


 叩く、叩く、叩く、避ける、跳ぶ。


 さらに――砕き、潰し、かわし、折る。


 止まらない。終わらない。幾の猛進はなおも続く。


 まだ残っている魔獣は怯えていた。恐れていた。何者も、幾に一歩でも近づくことをためらっていた。


「どいつもこいつも役立たずが! おい、ドラゴン! てめぇなられるだろうが! さっさと行け!」


 ドラゴンからムズウが降り、幾目がけて滑空してきた。


 尻尾を含めれば、宿舎の全高など超える。爪は長く鋭く、むき出しにした牙も芸術品と見紛うほどの美しさと——狂暴性を伴っている。全身を覆う緑色の鱗と、大空を翔ける巨大な翼。


 雄大、とはこういうことをいうのだろう——


 翼を広げたドラゴンが、片爪を振り上げる。とっさに幾は跳び——爪の一撃は大地を深くえぐった。それを見ても幾は、眉ひとつ上げなかった。尻尾が迫ってきても、幾は体をひねっただけで回避した。


「グゥ……!」

「曲目五番——〈水の構え〉」


 爪による、ドラゴンの連撃。だが、幾はそのことごとくを右に、左にと紙一重でかわす。業を煮やしたのか、火の息をも吐き出す。


 しかし——幾はそれを〈纏石〉で受け止めたりはしなかった。ドラゴンの火の息は元々備わっている能力で、魔気を纏ったものではないと見抜いたのだ。ゆったりと、流れる動作で、幾は火の息の射程範囲から外れた。つまり――ドラゴンのほぼ、真横に回ったのだ。


 ドラゴンの足目がけ、幾は二打を叩き込む。悲鳴を漏らすが——もちろん、これで倒せるような相手ではないことを、幾は承知していた。怒り狂ったドラゴンがでたらめに爪を振り回しても、火を吐いても、尻尾を叩きつけても、幾はただゆらりゆらりと――ドラゴンを『見て』いた。


 すべての動きがわかる。手、腕、肩、胴体、足、関節、翼、尻尾——ありとあらゆる部位の動きがわかる。見える。


 ドラゴンが爪を幾目がけて勢い任せに斬り裂こうとした――が、それは自ら隙を見せることになった。ドラゴンの目の高さにまで跳躍した幾は、ためらいなく、瞼の上からバチを直撃させた。


「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「曲目五番——〈落水らくすい〉」


 たたらを踏んだドラゴンが翼を広げ、身をひるがえして、山に向かって飛んでいく。それを目の当たりにしたムズウが、「おい、待てよ!」と声を張り上げた。


「お前……ドラゴンだぞ!? 相手はたかが人間だぞ!? 目をブッ叩かれたぐらいで逃げるんじゃねえよ、おい――」


 ひゅん、とムズウの頬を鋭く走ったものがあった。それは幾のバチだった。いつの間にか幾は跳躍し——ムズウよりも高い位置にいて、ちょうど投げたばかりのバチを再度握ったところだった。


 ムズウの頬から血が流れた時——彼は逆上した。


「て……めぇえええええ!!」


 左手に稲光を現出し、魔気を吸い込んでさらに巨大なものにする。幾目がけて放出して——幾の〈纏石〉が雷撃のすべてを吸収した時、ムズウは己の過失にようやく気づいた。


「し、しまっ……」

「ありがとうよ、わざわざかみなりをくれて」


 そして幾はムズウを無視し、両腕を高く振り上げた状態で地面へと落ちていく。いや——向かっている。


 残る魔獣をすべて一掃するために。


「曲目連番、二、四——〈豪獣ごうじゅうの構え〉」


 ムズウの魔気を浴びれば、その重量でまともに振り回すことはできない。


 ただし——振り下ろすだけならば、話は別だ。


 迫る、迫る、大地が迫る。魔獣が逃げようとするが、もう遅い。幾は振り上げたままのバチを、同時に、一気に、大地に叩きつけた。


「曲目連番——〈ばんらいげきしょう〉」


 まず、大地が割れた。広範囲に渡って亀裂が走り、そこから土が盛り上がり、地を這う魔獣のほとんどを呑み込んだ。高く高く盛り上がった土は支えを失って落下し、数十の魔獣を押し潰す。


 また、土の割れ目から稲妻が発生した。まだ息のある魔獣はその稲妻によって感電し、焼かれ、消滅していく。土の割れ目に沿って広がり、決して一匹も逃がすまいとする様は稲妻そのものが意思を持っているかのようだった。


 最後に、その稲妻は地から天へと昇った。もはや残り少ない、空を飛べる魔獣も頭部、翼、胴体を焼かれ、なす術もなく堕ちていく。


 後には——何も残らなかった。無数の死体が転がり、息も絶え絶えの魔獣はもはや戦意を失い、かろうじて逃げようとしている。比較的軽傷だった魔獣ですら、恐れをなして一目散に退避した。


 数百頭の魔獣の軍勢は——壊滅した。


 この有り様にムズウは歯ぎしりし——あらん限りの憎悪を込めて、幾を睨みつけた。


 だが、幾はその目をさらりとかわした。


 ぽん、と肩にバチを置いて、見上げ――「おい、ムズウ」


「俺のに何してんだ? ……潰すぞ、お前」

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