第30話「予選大会」

 いくつの目の前で繰り広げられた、魔法と魔法の応酬はその衝撃で身がすくむほどだった。修練場のあちこちにある石柱がバリアの役目を果たしているらしく、魔法がこちらに飛んでくることはないが——それでも、CGまみれの映画とは比較にならないほどの迫力がある。


 席が震え、観客が盛り上がり、実況にも熱が入る――この盛り上がりようには幾にも納得できた。火球が飛び、雷が跳ね、竜を模した水が蛇行しては他の生徒に襲いかかる。まだ予選だというのに、全員全力を出し尽くしているのではと思うほどの、魔法の連発だった。


 その中でも目を引くのはヴァルガだった。


〈バーン〉と呼ばれる火球を次々と放ち、生徒から杖を叩き落す。水の呪文が襲いかかれば、すぐさま土の壁で防ぐ。さらに半ば崩れかけた土の壁を駆け上がり、広範囲に雷を叩き落した。魔法学で学んだ呪文――威力と範囲から考えるに、〈マザンガ〉という中級呪文のはずだ。


 生徒の多くは防ぐのが精いっぱいだった。魔気まきが尽きてしまったのか、膝をつく者もいた。ヴァルガはそれを無視し、まだ動ける生徒を〈バーン〉で集中的に狙っていく。縦横無尽に駆け回るその姿に見とれる者、歓声を上げる者、彼の名を呼ぶ者は大勢いた。


『さすがヴァルガ選手! 上級呪文を一切使わず、ランクの低い魔法で確実に潰してきているッ! しかもまだまだ余裕たっぷりだッ! このままヴァルガ選手の独壇場どくだんじょうかぁ――ッッッ!?』

『お前、ちとうるせぇぞ。声を落とせ』

『あれでもまだ温存しているんだろうねぇ。使いすぎれば、後々に差し支えが出る』


 解説として組み込まれたババルの言葉に、幾は感心した。言い方は悪いかもしれないが、ヴァルガのことを見直していた。何が何でも駆け上る、勝ち上がる、という強い意志を感じ取れる。


 だが、そんなヴァルガでも一人だけ狙っていない人物がいた。アルータだ。


 アルータは石柱を背後に、別々の方向から襲い来る魔法を土の壁一枚で受け止めていた。アルータの真上から火の魔法バニンガを放つ生徒もいたが——アルータが白杖の先で地面に円を書いた時、周囲の土が盛り上がって彼女の頭から足先までを包んでみせた。当然、火の魔法バニンガは弾かれた。


 山のように盛り上がった土のてっぺんから、白杖が突き出た。その先端から雷が飛び、無防備になった生徒を感電させ、叩き落してしまった。


 土の山が崩れる。


 アルータは再び、白杖の先ですばやく地面に線を書いた。するとそこから無数の蛇が這い出てきて——悲鳴を上げる生徒たちに、容赦なく襲いかかった。それはただの幻覚だったらしく、蛇はすぐに消えたが——腰を抜かした生徒たちに、アルータは容赦なく電撃を浴びせた。


『素晴らしいッ! アルータ選手は一歩も動かず、的確に一人ひとりを落としていく! まるで無駄のない戦い方だッ!』

『前よりも腕を上げてやがんなぁ』

『動のヴァルガ、静のアルータってところかね。……おやおや、もうすぐ残り八人になりそうだよ」


 ヴァルガが両手をばっと広げ、周囲に風を巻き起こした。足元を崩され、体が浮いてしまった生徒たちに、〈雷の中級呪文マザンガ〉を当てる。かろうじて防いだ生徒に対しては、〈火の低級呪文バーン〉で吹き飛ばした。


 そして——ドラが鳴った。終了の合図だ。


『そこまで!! 魔法部門・予選大会の出場者がこれで決まりました! 一人は当然のように、ヴァルガ・デル・ウィンザート選手! 二人目はアルータ・ベル選手! 三人目は——』 


 他にも勝ち残った六名の生徒たちは多少、消耗しているようだが——ヴァルガ、アルータにはそんな気配など微塵みじんもなかった。


「やはり、こうなったわね」


 突然横から降りかかってきた声に、幾とアーデルとミールはばっと首を向けた。いつの間にかキスティが足を組んで、幾の隣に座っている。今度は制服姿ではなく真っ白な、それでいてどこか中華系のようなスリットの入った衣服だが——銀色の脛当すねあてを着けている。


 とっさにミールが臨戦態勢に入った。今にも襲いかからんばかりに爪を立て、目つきを鋭くしている。ミールの視界を遮るようにして体を動かし、幾は尋ねてみた。


「いつの間にいたんですか……」

「まぁ、いいじゃない。それよりもわたくしたちの出番はすぐよ。準備をした方がよろしいのではなくて?」


 そう言うや立ち上がり、去り際にウィンクしてみせる。


「本当に、何をしに来たんだ……」

「さぁ……?」

「なんでもいいわよ。挑発のつもりでしょ!」


 ぷい、とそっぽを向く。ミールがキスティのことを嫌っているらしい、というのはちょっと意外だった。


『魔法部門の選手の方々、たいへんお疲れ様でした!! それではこれより闘技部門の予選大会を始めます! 出場者はすぐにお集まりください――!!』


「あ、やべぇな。そろそろ行かないと」

「イクツさん、頑張って!!」

「負けるんじゃないわよ!!」


「おう」と手を振り、観客席から修練場の入り口へと戻る。すると――複数の生徒たちがこちらに視線を投げかけていた。その目はこの間のような侮蔑の眼差しではなく、明らかに敵として警戒しているものだった。


(うーん、参った……)


〈シル・ガルン〉を一人で倒したことが響いているのだろう。実力が認められつつあるというのはそう気分は悪くないが——これから起こることを考えると、気が重くなる。


 ただ——剣と剣が、魔法と魔法とがぶつかり合う実力行使の世界。強ければ勝ち、弱ければ負け。勝者には恩賞が与えられ、敗者には何もない。過酷ではあるが、人と人との争いというものは本来そういうものではないだろうか、とつい考えてしまう。


(あの世界も、このぐらいわかりやすければなぁ)


『これより闘技部門の予選大会が始まります! 出場者は修練場へ!! どこに場所を取るかは自由ですが、くれぐれも背後を敵にとられないように気をつけて下さいね!!』


 生徒たちがぞろぞろと修練場に赴く。キスティ、ゼラとは別の方向に幾は向かうことにした。


 適当な位置につき、振り返ってみると——殺気立った生徒たちが、それぞれ手に武器を携えている。一斉に襲うつもりだということは明白だ。逆に、キスティを囲む生徒はかなり少ない。ゼラの方はまあまあ囲まれているが、それでも幾ほどではない。


(なんで俺の方が一番多いんだよ……)


 内心でぼやきつつも、背中からバチを引き抜く。こうなれば、やるしなかい――その意志を手に込めて。


『各自、準備は完了しましたか!? それでは——開始ッッッ!』


 ドラが鳴るや、生徒たちが一斉に襲い来る。


 幾は世界樹のバチを握りしめ――この中で最も体が大きく、鎧も着込んだ生徒に突っ込んだ。いきなり自分に向かってくるとは思わなかったのか、その生徒は一瞬だけ怯みの気配を見せた。しかも武器を上段に構えている途中のため、胴体ががら空きになっている。


 幾は二本のバチを真横に——吸いつけるように——同時に叩きつけた。


 ただ叩くだけならば、素人でもできる。しかし、打撃の威力を内側にまで通すというのは簡単ではない。鎧の表面ではなく、鎧が覆っている胴体そのものを狙う。考え方としては中国武術に近い。太鼓を叩く場合、表面をただ叩くよりも表面から裏面にまで衝撃を「通す」ことで、より高く洗練された音を響かせることができるのだ。


 鎧が砕け、唾液や血を吐き、巨体が地面を滑っていく。


「曲目一番、〈火炎太鼓かえんだいこ〉……!」


 くるりと振り向くと、他の生徒たちが怯えをあらわに、ざあっと幾から距離を取った。鎧をも砕くバチの破壊力に、今さらながら驚かされる。いくら世界樹の枝で作ったものといっても、木が鉄に打ち勝つことなどあり得ないと思っていたからだ。


(このバチ……叩く度に、硬くなっていってる気がする……)


 幾がそう考えた時——「くそっ!」とまた一人、挑みかかってきた。身軽で、剣筋も速い。


 すぐさま、幾は〈構え〉を取った。腰を落とし、両腕を下げ、相手を真正面から見据える——


「曲目四番、〈土の構え〉……」


 迷いない、斜め上からの剣筋。しかし、焦りのせいで距離を見誤っている。間合いに入りすぎている。剣が幾の体に届くよりも、振り上げた右腕のバチが下へと振り下ろされる方が速かった。肩に直撃し、さらには顔を地面に埋め――それで相手は沈黙した。


「〈盤打ばんだ〉……」


 ここでひとつ、問題が起こった。二人目があっさりと倒れてしまったことで、他の生徒が二の足を踏むようになってしまったのだ。「早く行けよ」と言いたげに、誰もがきょろきょろと目を動かしている。


(参ったな……)


 自分から挑みかかる、というのはどうしても苦手だ。自ら挑みかかる〈構え〉もあるにはあるが——まだ、それを見せる時ではない。


 どうしたものかと考えあぐねているところに、実況と歓声が聞こえた。


『強い、強い、強い!! キストウェル選手、たったの一撃で相手を沈めている! ゼラ選手も負けていない!! 今年は二刀流らしく、剣を振るう度に相手の血しぶきが飛ぶッッッ! 予選大会なのに、なんという盛り上がりだぁ――ッッッ!!』


「俺のことはないんかい……」


 幾がため息をつきかけたところで、地を踏む音がした。


 幾に相対しているのは、あの時——〈ガルン〉に噛まれた生徒だった。首筋に包帯を巻きつけてあるのがちらりと見える。鎧兜を纏い、ひと振りの剣の切っ先をこちらに向け、両手で構えている。


「勝負だ、シムラ・イクツ」

「…………」

「助けられた身でこんなことを言うのもなんだが……俺は、お前を超えたいと思った。お前のように強くなりたいと思った。俺なんかじゃあ相手にならないかもしれないが、それでも……!」


 幾は無言で、〈構え〉を取った。右肩に二本のバチを添えて。それを見た生徒は、はっと目を見開き——ぐっと剣を握り直す。


「受けてくれるのか」

「受けなきゃ、男じゃないだろ」

「……感謝するッ!」


 迫る、迫る、距離が詰まる。先ほどの戦いをきちんと見ていたらしく、剣を大上段に振りかぶるようなことはしない。右肩に添える体勢——突きを見舞うつもりだ。


 隙の少ない動きだった。突きをかわしても、すぐさま横なぎに斬撃が飛ぶ。衣服にかすりもしなかったが、それでも攻撃を止めない。剣のひと振りひと振りに、力強い意志を感じる。回避しきれない斬撃はバチで受け止め、それを弾いても——すぐさま体勢を整え、追撃する。


「曲目二番……〈雷斧〉《らいふ》」


 ぶぉん、と両腕を振り上げ――突き出された生徒の剣を、上から粉砕する。「くっ!」と柄を放り投げた生徒は、両の拳を握り締めた。無茶をする――そう思った幾に、拳を見舞おうとする。


 だが、幾はそれらすべてを見切っていた。拳をバチで受け止め、攻防の隙間、肩関節に打撃を見舞う。「ぐッ!」と右肩を抱える形になっても、それでもその生徒は諦めなかった。蹴りも併せて奮闘するが——悲しいかな、キスティとは比べ物にならないほど遅かった。


 だけど、本気で応えたくなった。


 幾はバチを二本とも、腰に添えるようにした。相手が突っ込むと同時、自らも大地を駆ける。真正面からのぶつかり合い——幾は腰から一本のバチを、さながら鞘から刀を引き抜くように、一気に振り抜いた。


「曲目二番、〈雷閃らいせん〉……!」


 脇腹への一撃。幾の背後で、「かはっ……」と声にならない言葉を発し、生徒は倒れた。


 幾はその生徒を見下ろし——「大丈夫か?」


「大丈夫……なわけないだろ。強すぎるだろ、お前……」

「毎日、鍛えたからな。あと、リンゴを毎日食ってた」

「リンゴ……?」

「薬草学の教科書、読んでおいた方がいいぞ」

「なんだ、そりゃ……」

「あのさ、君、名前は?」

「あ……?」

「名前。覚えておかないと不便だから」


 生徒は半ば呆然としていたが——やがてふっと笑った。


「オルト。まぁ、覚えておく価値はないかもしれないけどな……」

「そんな風に卑下ひげするなって。気迫はすごかったぞ、オルト」


 幾が立ち上がると、「気迫だけかよ……」とオルトがぼやいた。


 周囲を見回せば、生徒の数がだいぶ減っていた。こちらの戦いを見て割って入ることができないと判断して、別に向かったのかもしれない。


 あるいは、もしかしたら——


『そこまで!! 残り八名となりましたので、予選大会はこれにて終了となります! 一番手となったのはやはり、キストウェル・フォル・アンバート選手!! そして一人で数多くの生徒を打ち倒したゼラ・アニガ選手! ただの棍棒を自在に振り回す、シムラ・イクツ選手! そして——』


 どうやら、勝ち残ったらしい。ヤカマの言葉が本当なら、あらかたの生徒をゼラが斬り伏せたということなのだろう。彼女を見れば肩で息を吐き、二振りの剣には血がついている。


 その時——ゼラと目が合った。


 オルトとは違う、怒りと憎悪の目。必ずお前を倒すという——決死の目。

幾はそれにどう応じるべきか、わからなかった。考えている内にゼラは修練場の入り口に戻ってしまった。


「ゼラ……」


 ヤカマの実況が続く中——幾は修練場から出た。アーデルとミールに出迎えられても、彼の顔は晴れなかった。

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