第20話「波乱の学園生活」

 アルータによれば、一限目は薬草学。二限目は魔法学。そして三限目は実技学で、お昼休憩を挟んで四限目は数学、五限目は地政学だ。午前のはともかく、午後に数学と地政学はきついのではないだろうか。


 そして重要なことも聞かされた。なんでも六限目——いわゆる放課後——は、自分の好きな科目を選んで履修してもいいとのこと。魔法を身に着けたいなら魔法の実技を選べばいいし、勉強したければ図書室にこもってもいいし、教師の指導を受けてもいい。なんなら帰ってもいいのだが、六時限目で何をしているかどうかで評価も変わるという。そういうところは現代の学校とあまり変わらないのかもしれない。


 さて、一時限目の薬草学と二時限目の魔法学は座学だ。基本的に教科書を使って、教師が説明していることをノートにまとめる。こんなところまでそっくりじゃなくてもいいのに、と思わなくもないが——知識というのは自分を活かすための武器だ。


 三日間ベッドで横になっていた時——薬草学の教科書は特に念入りに読み込んであった。驚いたことにあの店主からもらったリンゴのことも載ってあって、体力回復に加えて心肺機能と身体能力向上の効果があるとのことだ。アルータたちがお見舞いに持ってきてくれたリンゴのおかげで、怪我の治りが多少は早くなっていたのかもしれない。


 魔法学については——残念ながら、今のいくつには理解も腕も及ばなかった。まず、魔気まきそのものを操るという芸当ができないのである。アルータがアドバイスしてくれたが、指の先に火を灯すことすらもできなかった。なんとなく肌がぴりぴりするなぁ、程度にしか魔気を感じられない。


 もしかしたら、この世界の人間とあちらの世界の人間とでは、体の仕組みが根本から違うのかもしれない。


 一限目と二限目の座学において、ゼラは適当にページをめくっては、適当にあくびをしている。典型的なやる気のない生徒だ。アルータはといえば、きっちりと教科書を開いて文字を指でなぞっている。点字があるのか? と思ったが、そうではない。教科書の文字を指に宿した魔力で読んでいるのだ。なるほど、とうなずかされた。アルータの書庫に本が詰まってあったのも納得がいく。


 さて——三時限目の実技。


 ここでは魔法と、剣術・体術といった闘技のグループに分けて行う。場所は学園——屋外の修練場。無数の傷がついた石壁が、円状に連なっている。サッカーのスタジアムぐらいの広さで、石壁の上にはなぜか観客席までもある。アルータに聞いたところによれば、ここで魔闘まとう大会を行うということだ。


 入口には剣や斧や盾といった、ゲームでは馴染みの武器が揃っている。闘技グループは迷いなく剣などを手に取るが——幾は太い棍棒を二本、手に取った。それを見た生徒が——あの坊ちゃん刈りの生徒だ——が、「それでいいんですか!?」と思いきり声を上げる。


 幾はやや面倒に感じながらも、「いいんだよ」


「俺には、この方が馴染んでるから」

「でも、二本も持ったらバランスが悪くなりますよ?」


 実際、その男子の言う通りだった。手から肘よりもやや長め、おまけに先端は拳を握った時よりもかなり太い。気を抜けば手から滑り落ちそうなほどの重さがある。何も考えずに力任せに振るえば、棍棒の威力と重さに逆に振り回されるだろう。


 だが、なおも幾はこう答えた。


「これぐらい使いこなせなかったら、意味がないから」

「はぁ……」

「それよりも君、アーデルっていったっけ?」


 するとアーデルは爛々と目を輝かせ、「僕のことを覚えていてくれていたのですか!?」


「あ、まぁ……印象的だったから」

「光栄です! あのキストウェル様と一戦を交えた方に名を覚えてもらえるとは!」


 アーデルはぷるぷると両手を震わせ——今にも泣きそうな勢いで、ぐぐぐと背中を曲げている。その時、「集合ー!」と声が聞こえてきたので、幾はひとまずアーデルの靴を棍棒の先でちょんちょんと突いた。


「とりあえず行こう。……君、どっちのグループに入るの?」

「あ、僕は魔法です。体術や剣技は得意じゃないので」


 だろうなぁ、と幾は内心でうなずいた。


「イクツさんは魔法グループには入らないんですか?」


 アーデルの疑問はもっともである。幾自身、魔法を使ってみたいという願望はある。しかしアルータのアドバイスを受けても、自分に魔法の才覚はないということを知っている。仮に、これから魔法の才覚に目覚めたとしても、魔闘まとう大会までに通用するほどの力を得られるとは思えなかったのである。


「今はそうだな……とりあえず、自分の長所を伸ばそうと思ってさ」

「なるほど。闘技にたいそう自信があるんですね!」

「そんなんじゃないさ」


 幾はアーデルと別れ、体術・剣技のグループに入った。その中にはゼラもいる。幾はシャツ一枚、そして籠手と脛当てだけだったが、鎧を身に着けている生徒もいた。加えて、手に持っている武器は本物の剣や斧と相当物騒だ。


 これが異世界なんだろうか。魔獣が現存している世界の中で訓練する以上――当たり前のことかもしれないが。


 グループの前に立つ禿頭の、教官らしき男性が声を張り上げる。


「よーし、全員揃ったな! いつも通り訓練の前に、柔軟体操だ!」


 言われるよりも速く、生徒全員がばらけて体を動かし始めた。ちらりとゼラを横目で見たが、彼女はこちらになど眼中になさそうだった。仕方なく幾は適当に体を動かし——不意に、ひそひそ話が聞こえてくる。


「あれが転校生だってよ」

「ただのちょいデブじゃねえか」

「キストウェル様とやり合ったなんて信じられねぇな」


 ちょいデブはさすがに傷つく。


 幾は頭の中で、聞こえない聞こえないと呪文を唱えることにした。


 そして、柔軟体操が終わったところで——「よし!」と教官が声を上げ、手を高く振る。


「いつも通り軽く訓練……といきたいが、ひとつ考えていることがある!」


 そう言うや、彼の目と合った。すさまじく嫌な予感がする——それを証明するように、彼はにたりと笑ったのだ。


「ここに、転校初日にかのキストウェル嬢と生身でやり合ったという生徒がいる! まずはそいつの実力を確かめたい!」


 幾は天を仰ぎたくなった。またしてもさらし者である。このグループのみならず、魔法グループの視線も集めている。遠目ではあるが、アーデルが両手を握りしめて期待の眼差しを向けてきていることがわかった。


 そんな中で一人、手を挙げた生徒がいた。


「先生。実力を確かめるといっても、相手は誰にするんですか?」

「む……」

「それに、聞くところによるとヴァルガ様にも勝ったっていうじゃないですか。みんなそんなことを聞いたらビビりますよ」

「うむ、それももっともだな……」


 ざっ、とグループから一歩進み出た者がいた。ゼラだ。


「先生、あたしにやらせて下さい」

「……うぅん?」


 教師は訝しげに目を細めた。お前にできるのか——そう、語っているのが明らかだった。そこで幾はゼラが、今までどんな実力を有しているのかを知らなかったことを思い出した。


 へへっ、グループの中から嘲笑の笑い声が漏れる。


「大丈夫かぁ、あいつで?」

「またやらかすんじゃないのか?」

「まぁ、相手は人間だから大丈夫じゃね?」


 その笑い声は耳障りで、体の髄から冷えつくような、それでいて熱くなるという矛盾した類いのものだった。その嘲笑は間違いなくゼラにも聞こえているはずで、彼女は拳を握り込んでいた。教官すらも、気が進まないといった顔をしている。


 ゼラがこの場で名乗り出た理由はわからないが——この状況をなんとかできるのは自分しかないだろう。


「わかった、ゼラ。やろう」

「……ッ!?」

「勝ち負けの条件はひとつ。相手に膝をつかせること。……これでいいですか?」


 教官に尋ねると、彼は虚を突かれた様子で、「ああ、まぁ……」と言葉を濁した。威勢はいいくせに、肝心なところで決断力に欠けているらしい。


 幾とゼラは衆人環視の中——距離を取って、向かい合った。


 ゼラは右腕で腰に差した鞘から、剣を引き抜いた。籠手、肘当、肩当で固めた左腕は後方に回すようにしている。


「遊びじゃねえんだぞ」

「わかってる」

「本気でいくからな」

「……わかった」


 本心は——できれば、ゼラとはやり合いたくなかった。異世界に来て、気を許せると思った相手なのだ。恥ずかしいが……もしかしたら友達になれるかもしれないと思った相手だ。


 おそらくゼラは、闘技大会に関して幾自身が言ったことで怒っている。それが彼女のプライドを傷つけてしまったのだろう。


 また失敗した——と後悔するには、もう遅すぎた。

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