第二章 学園編
第14話「異世界の学園……の前に」
早朝——
彼女は昨夜ムズウがよこしてきたばかりの入学許可証を見、いつになく難しい顔をしている。眼鏡の奥の目を左右に走らせ、椅子の背にもたれかかってから「んん……」となんともいえない声を出した。
「筆跡も印も形式も本物だね。しかも入学許可日が今日ときた。普通ならありえないことだよ」
入学許可証を丁寧に机に載せてから、モルガナは腹の上で手を組んだ。その目には懸念の色が浮かんでいた。これからよくないことが起こる、とでも言いたげに。
ミールが一歩進み出た。
「モーさ……いえ、モルガナさん。イクツには……ええと、まだ未知数なところはありますけど、才能はたぶん、あると思うんです!」
「それ、フォローとしてどうなんだよ……」
「だまらっしゃい! ……こほん、とにかくイクツに学園に行かせるようにお願いしたいんです。イクツの分はわたしがきっちり働きますから!」
モルガナは首を振り、「そうじゃないんだ」
「あんた、この許可証をきちんと読んでいなかったみたいだね」
「え……?」
「これにはヒガンの印がつけられている。つまり、この国直々の命令ってことだ。あたしが行かせるかどうかって決められる話じゃないんだよ」
「え、え……? そうなの、イクツ?」
「いや、俺も初めて聞いた……」
改めて入学許可証を見る。確かに、「ヒガンの名において……」というような文章が記載されている。国直々の文書なんて見たことがないから、これがそうだと言われてもまるで実感がわかない。だが、今のモルガナの表情を見る限り相当重要な文書であることは疑いない。
「……イクツ、あんたには何個か聞きたいことがある」
「はい」
「でも、それは今ではないと思っている。だけど、これだけは確認しておきたいことがあるんだ」
「……はい」
幾はごくりと喉を鳴らした。責められるか、怒られるか。呆れられるか。いずれにしても、モルガナが次にどんな言葉を発するかまるで予想がつかない。隣のミールも緊張した顔つきだ。空気が重く、痛く感じられるようだった。
だが——
「あんた、学園に行きながら働くつもりはあるかい?」
「…………は?」
「昨日やってみてわかったと思うけど、うちは体力仕事なんだ。ミール一人じゃあ手が回らないこともある。空いた時間でいい、余裕のある時に手伝ってくれると助かるんだ」
目を丸くしていたのは幾だけではなく、ミールもだった。はっと正気を取り戻し、ほとんど食ってかかるようにモルガナに詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待って下さい! イクツは学園に行くんですよ!?」
「でも、終わったらここに帰ってくるんだろ?」
「そりゃまぁ、そうですけど……その、宿題とか、補習とか、なんだとか……」
「それはイクツ次第。勉強なんてささっと終わらせてここに帰ってきて、それから仕事をやればいい。どうかな?」
「どう、と言われましても……」
そこに、とどめの一言がきた。
「ここで働かないと、お金が出ないよ」
「ぐむ」
「いくら国のお膳立てがあってもねえ。おやつを食べるためのお金もないんじゃあ話にならないんじゃないか?」
「く、国からの助成金が出るかも……」
「あんた、そんな甘い考えでやってくつもりだったのかい?」
モルガナにしては珍しく、厳しい口調だった。
幾には反論の言葉が見つからなかった。ミールも同様らしく、「むむむ……」と細い腕を組んでいる。
「ま」とモルガナは表情を柔らかくした。いつもの彼女だ。
「今日ぐらいは学園がどんな場所なのか、きちんと見ておいで。どんな場所か、どんな講義が行われているのか、そして……どんな人が通っているのかもね」
「…………」
「おやおや、そろそろ支度の時間だね。……イクツ、ミール。話は以上でいいかい?」
「はい」と二人は声を揃え、満足そうにモルガナはうなずいた。
部屋から出て、数歩歩いたところで——「はぁあああ」とミールが深いため息をつく。まだ早朝だというのに、顔には疲労の色が浮かんでいた。
「モーさんには呆れるわ。学園に通う生徒をここで働かせるなんて。無理を言いすぎよ。あんたもあんたよ、どうしてモーさんに言い返さなかったの!?」
「無理に決まってるだろ、あんなの言い返せるわけないよ」
「できるって本気で思ってんの!?」
「そりゃ、わからないよ。やってみなくちゃわからないだろ……」
言ってみて、幾は自分らしくない言葉だと思った。この世界に来てしまったことで、何らかの影響を受けてしまったのかもしれない。
はぁー、とミールは再びため息をついた。
「あんたって、本当に何もわかってないのね」
「だって、異世界から来たんだし」
「あ、そうか。……しかし、困ったわね」
「何が?」
「この世界どころか、学園のことだって知らないんでしょ?」
「あー、まぁ、うん」
「そこはアルータとゼラに教えてもらうしかない、か。きっとあの二人なら協力してくれると思うから」
幾はゼラの言葉を思い出していた。ミールと仲良くしてやってくれ、と。これでいいのかはわからないが、今のミールの張り切りようを見ていると、そう悪い方向に進んでいるわけではないらしい。
というか、張り切るべきは自分なのだが。
鐘の音が鳴る。起床の合図だ。
「時間がないわね。イクツ、あんた制服は?」
「え? いや、そんなものないよ」
「ムズウって奴が用意してると思うわよ。ああいう手合いって本当に抜け目がないから」
ミールの言葉通りだった。
いつの間に置かれていたのか——幾の部屋のベッドの上に、新品そのものの制服が丁重に畳んで置かれていた。さらにふざけたことに、手紙も添えてあった。「楽しい学園生活を!」と腹の立つ顔文字も添えて。
「あいつ、どこまで人を馬鹿にしているんだ……!」
幾は文句を言いながらも、その制服に袖を通した。
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