第10話「幾VSヴァルガ」
「まずは小手調べといくか。……〈バーン〉」
ヴァルガが指先で火球を放つ。威力が小さかろうと、火は火だ。物干し竿なんかで受け止めれば燃やされる。
「へぇ……」
ヴァルガは次に
ミールが血相を変え、叫んだ。
「ちょっとあんた、やめなさいよ!! こんなところで魔法使ったら、シーツが燃えちゃうでしょうが!」
「代わりにそいつが受け止めてくれるさ。だろ?」
「卑怯者!!」
ヴァルガがミールに気を取られている内がチャンスだった。
物干し竿を握りしめ、ヴァルガに向かって突っ込んでいく。両腕の〈構え〉は解かず、地を駆ける。
「へっ!」と鼻息を鳴らしたヴァルガは火球を投げつけようとして――失敗した。ヴァルガの手元で、火球が爆発四散したのだ。
幾が投げた物干し竿が——槍のように——火球の中心を貫いたことによって。
「なッ!?」
爆発した火球の残り火が草木やシーツにも飛び火する。ついでに、女生徒三人組のスカートやブラウスを焦がした。
「ちょっと、ヴァルガ様ぁ!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
ヴァルガはもう一方の手で
ヴァルガの喉元に左手の物干し竿を突きつけ、肩を上下しながら口を開く。
「右腕以外を使ったな」
「なに!?」
「俺の勝ち、ってことでいいんだろ?」
「てめぇ……!」
ヴァルガはぎりと歯を食いしばり、幾を睨みつける。
「なんだよお前は……なんなんだ?」
「ただの使用人だって言っただろ。それと……」
「それと……なんだ?」
「アルータとゼラのこと、誰にも言うな」
喉元に物干し竿を突きつけたまま、幾ははっきりと告げた。ヴァルガが了承の返答をするまで、下ろすつもりはなかった。今、自分がどんな顔をしているのかはわからないが——三人組の怯えた様子、そしてヴァルガの畏怖と屈辱にまみれた顔から相当険しいものになっているかもしれない。
こんなに感情が
「答えろ。……どうする?」
「……わ、わかった。誰にも言わない。約束する」
「ミールへの言葉も取り消せ」
「ち……わかったよ、取り消す。これでいいんだろッ!?」
「それでいい」
幾は物干し竿を下し、それから洗濯桶を拾い——ミールの元に向かった。
怖がらせたかもしれない——そう思うと、彼女と顔を合わすのは気まずかった。案の定ミールは、幾の接近に身を引いている。無理もないか、と心中でつぶやいてから、幾は「ごめん」と言った。
「な、なんのことよ?」
「シーツのこと。何枚かダメにした」
「……あ、ああ。そういうこと。いいのよ、予備なんていくらでもあるんだし」
「物干し竿も折った」
「……べ、別にいいのよ、あんたの給料から差っ引いておくから」
虚を突かれ、「ははっ……」と苦笑した。ミールにも得意げな顔が戻り、安堵しかけたところで——
「あんたたち、何をしているんだい?」
中庭に出てきたのは、モルガナだった。歩くのにもひと苦労といった具合だが、目つきがさっきと違う。険しいというには生温いほどの、問答無用で相手を威圧する目だ。
「すみませんッ!」とミールがびしっと背筋を伸ばし、頭を下げた。幾もすぐにそれに倣った。使用人一日目でこんなトラブルを起こしたとあれば、ただで済むとは思えない。
しかし——モルガナは幾とミールの間を素通りした。「あれ?」というように、幾とミールは視線を交わす。
「——あんたたち!」
モルガナがすぐそばの木を震わせるほどの声量で叫ぶ。今しがた背を向けようとしていたヴァルガと三人組が、びくっと体をこわばらせた。
「顔は覚えたよ。今夜は飯抜きだ。それからこのことは学長に報告させてもらう。構わないね?」
「ぐ……!」
「わかったら、さっさと行きな! こちらにも色々とやることがあるんだから」
ヴァルガは忌々しそうに地面を蹴り——三人組と共に逃げ出した。
「やれやれ」とモルガナが肩を回す。
「元気があるのは結構だけどね、もう少し正しく力を使えないもんかねぇ」
呆れ気味のモルガナに、幾はそろりそろりと近づいて、「あの……モルガナ、さん」
「ん、なんだい?」
「俺、その……シーツを焦がしてしまいました。下手したらミールにも怪我をさせてしまったかもしれなくて。その、なんというか……すみません」
すると、ぽんと手を置かれた。
「別に気にすることはないさ。ケンカはよくないけど結果的にミールも無事だったんだし……むしろ、災難だったねぇ」
「災難、ですか……」
「それにしてもヴァルガとやり合うとはね。ただの使用人にしておくにはもったいないぐらいだ。……あんた、何をやってたんだい?」
「何をって、その……太鼓を」
「太鼓ぉ!?」
ミールが素っ頓狂な声を上げる。どうやらこの世界にも太鼓があるらしいが、それで戦うというイメージがわいてこないのは当然ともいえる。
「太鼓やっていただけであのヴァルガと!? 冗談でしょ!?」
「まぁミール、詳しい話は後で聞くとしようさ。焦げたシーツの代わりも用意しなくちゃいけないしねぇ」
「う、すみません……」
「あたしからもごめんなさい……」
「いいんだよ」とかんらかんらとモルガナは笑う。「シーツの替えが終わったら、食事の支度だ、わかってるね!」と二人の肩を叩いた。
幾とミールは顔を見合わせ——示し合わせたかのように、二人とも口をほころばせた。
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