第7話「リキュウ」
リキュウ。それが、この世界の名前らしい。
アルータの書棚から適当な本を引き抜き、ひとまず読んでみる。異世界だから文字が読めるはずがないと思っていたのに——すらすらと読めることに
幾がたまたま手に取った本はどうやら宇宙関係の本らしい。イラストによればリキュウは国の名前ではなく、アルータやゼラたちが住んでいるこの星そのもの。その周辺には月や太陽のようなものが浮かんでいる。星座の概念もあって、まるで小学生の理科の教科書を読んでいるようだった。
別の本を手に取ってみる。今度は地政学と思しきものだ。
この国の名前はヒガン。トキトーリはヒガンにとっての中心土地だという。日本に例えれば東京といったところだろうか。ヒガンは古来から稲作と金属加工に励んでおり、それを他国に船で輸出していくことで栄えてきたのだという。
しかし、そのおかげで海賊に狙われることもあり、侵略を企む国もあり、ヒガンは自然にというべきか——軍備を整えるようになった。魔法力を高め、武器を持たせ、城塞を築き、技術や知識の流出を防ぐために他国との交流も限定した。
だが、今度はこの軍事力が仇となった。力をつけた国はそれだけで他の国々から恐れられるからだ。
適当に手を伸ばした新聞によれば、多国会議でも討論の議題として何度か上がっている。自衛のためといってもなかなか信用してもらえていないらしい。特にディザスという国からは、ほとんどいちゃもんといっても差し支えないほどの言及を受けているとのことだ。
どこの世界でもこういうことはあるようだ。
「…………」
幾はここに来てからずっと持っていた違和感に、首を傾げた。
どう考えてもおかしい。異世界の本が読めることも、アルータやゼラとなんの不自由もなく言葉が通じることも、本や新聞に書かれていることが現実世界と酷似していることも。
おかしいといえば、あの少年とアルータのことだ。自分とうり二つの少年には何かしらの目的があって、異世界に幾を飛ばした。それは確かだろう。
その先で出会ったのは、またしても自分の妹とうり二つのアルータ。他人の空似というには無理があるとしか思えない。しかも幾自身の声が兄とそっくりだと言っているのだ。
「わけわからん……」
幾は地政学と新聞を元の位置に戻し、他の本を手に取った。
今はとにかく情報が欲しかった。自分には好奇心などないと思っていたが、いざ何も知らない世界に放り込まれると不安になってしまう。
その時、こつこつとノックの音がした。
「イクツ、いる?」と静かな声音でアルータのものとわかったので、「うん」と応える。部屋にアルータとゼラが入ってきて、ゼラは銀のトレイを手に載せていた。食器の上にあるのはサラダと固そうなパンで、おまけにフルーツらしきものもある。
「お腹空いてる?」
「ああ、そういえば……」
「感謝しろよ。人の目を盗んで支度するのは面倒だったんだからな」
「うん、ありがとう」
ゼラからトレイを受け取り、立ったまま食事を始めようとして——「イクツ」とアルータが制止した。
「立ったまま食べるのは行儀がよくないわ。わたしの椅子を使って」
「あ、えっと……いいの? というか、なんでわかったの?」
「なんとなくよ、気にしないで。わたしはゼラの椅子を使わせてもらうから。いいでしょ、ゼラ」
「アルータがそういうんならしょうがねぇな」
幾はアルータの言葉に甘え、椅子について、「いただきます」と食事を始めた。サラダもパンもフルーツも、馴染みのある味だ。そこにも違和感を覚えないでもなかったが——幾はそれを無視してとにかく腹に運んだ。
「ふぅ、ごちそうさま」
「異世界から来た人なのに、食前と食後の挨拶は変わらないのね」
「あ、そうなの? 君たちの世界でもそう言うの?」
「そう。……私の本は読んでみた?」
「ああ、うん」
「どうだった?」
幾は書棚に目を向け、困惑に首を振った。
「正直、わけがわからない。俺のいた世界とほとんど似ている。魔法とかさっきの化け物はさすがにいないけど」
「魔法がない? そんじゃあ、どうやって戦うんだ?」
「どうやってって……そりゃあ、銃とか戦車とか飛行機とかを使って。あとはドローンとか?」
「どろーん?」
「あー、リモコンでちっさい飛行機みたいなのを飛ばすんだよ。それに武器やら爆弾やらを搭載して、敵を追い詰めるんだ。監視カメラをつけたりもできるし、それで偵察とかもやってるらしい。最近は無人飛行機なんかも開発されているし、人が直接戦うのがトレンド……ってわけではないみたい」
「……よくわかんね」
「だろうね。俺もよくわからない世界だから」
んん? とゼラは首を傾げた。
「自分の世界のことなのに、わかってないのか?」
「何十年生きていても、無縁な世界ってのがあるんだよ。君たちだってこの……確かリキュウとか、この国のこと全部知っているわけじゃないんだろ?」
「その通りね。ゼラ、あなたの負けよ」
ぐむ、とゼラが口を曲げた。
ごまかすようにして、大げさに咳払いする。
「とにかく、お前がそんなに怪しい奴じゃないってことだけはわかった。だけど、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするって言われても……どこに行きようもないし」
「じゃあ、ここに住み込みで働かせてもらうというのはどうかしら」
アルータの提案に、二人は目をむいた。
「モーさん……この宿舎の管理人を務めている人が、人手が足りないってぼやいていたところなの」
「それはいい考えかもしれないけどよ。こいつに耐えられるのか?」
「それはわからないわ。けれど、どこにも行く場所がないのなら自分で作るしかない。そうでしょう?」
最後の問いかけに、幾の胸がざわりとする。
自分の居場所を自分で作る——言葉は簡単だが、実際はそんな簡単にはいかない。現実世界でも幾はそれができなかったのに、ここでならできるという保証がどこにあるのだろうか。
しかし今は、他に選択肢がない。アルータとゼラの部屋で寝るわけにはいかないし、牢屋入りもごめんだ。
「……わかった。とりあえず明日でいいから、そのモーさんって人に会わせてもらえないか?」
「ええ。優しい人だから安心してね」
「そうと決まれば、さっさと寝るか。お前はそこらへんで横になってろ。言っておくが……」
「わかってるよ、さすがに。斬られたりするのはもうごめんだ」
二人のやり取りに、アルータはにっこりとほほ笑んだ。
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