第5話「トキトーリ(前編)」

 いくつが我に返ったのは、剣の柄が鳴ったからだった。


 見れば二人の少女の内の一人——鎧をまとい、剣を携えた少女が切っ先をこちらに向けてきていた。なぜかはわからないが、軽装な右腕に比べて左腕は厳重に籠手こて肘当ひじあて肩当かたあてで固めている。剣を突きつけながらもう一方の手で、白のケープの少女——アルータといったか——を庇うようにしていた。


「お前は何者だ? ……どっかで見たことのあるツラをしてんな」


 開口一番、そう聞いてくる。口調が荒っぽい女性と話す機会など記憶にないぐらいなので、幾はつい気圧されてしまった。


「何者だって聞いてんだ。ぶった斬られたいのか、ああ?」

「そ、そういうわけじゃないけど」

「だったらさっさと名乗れ。時間が惜しいんだ」


 時間が惜しい。それは、もうすぐ陽が落ちてしまうことと関係があるのだろうか。


「俺の名前は幾。ええと、こことは違う世界から来たんだけど……」

「はぁ? ふざけてんのか?」


 より前に切っ先が突き出されたが——その剣を白杖が軽く押さえた。


「ゼラ。この人は嘘をついていないわ」

「なんだって……?」

「ここで立ち話もなんだから、ひとまず彼をトキトーリに連れていきましょう」


 ゼラという少女はなおも言いたげだったが、しぶしぶと剣を鞘に収めた。警戒は解かず、「おい」と後方を親指で示す。


「お前が先に行け」

「え?」

「どこに行けばいいかは教えてやる。わかってると思うが、変な真似をしたら後ろから刺すからな」

「……物騒だな」

「いいから、さっさと行け! 時間が惜しいって言ってんだろ!」


 幾はゼラの言葉に従い、二人の前を歩くようにした。


 ちらと後方を振り返ってみる。ランプを持っているゼラの隣、アルータはでこぼことした地面を白杖を用いながら、器用に歩いている。うつむき加減のその顔は見れば見るほど、現実世界の妹——有瑠あるにそっくりだった。


 これは偶然なのだろうか?


「おい、ぼやっとしてないでさっさと行け。……そこを左だ」

「わ、わかってるって……」


 ゼラの指示があったためか、完全に陽が落ちる前に森から出ることに成功した。広々とした草原には曲がりくねった街道があり、馬車が通ったと思われるわだちの跡がある。そして——街道の向こうに建造物らしきものの集まりがあった。おそらく、あそこがアルータとゼラの暮らしている街なのだろう。


 ゴーン、ゴーン、と鐘の鳴る音が聞こえ、「ふぃー」とゼラが安堵の吐息をついた。


「危なかったな。なんとか陽が落ちる前に森から出られた」

「つき合わせてしまってごめんなさい、ゼラ」

「いいってことよ。お前の感知は正確だからな。まぁ、そのおかげで変な拾い物をしたけど」

「変な拾い物って、俺のことか……」

「他に誰がいるってんだ?」


 じろり、と睨まれる。


「まぁいい。後は帰って、こいつを牢屋にブチ込むだけだな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話も聞かずにいきなり牢屋だなんてそれはないだろ!」

「飯は出るぞ」

「そういうことじゃなくて!」

「じゃあ、どうしろってんだよ」


 そこに、助け舟を出したのはアルータだった。


「ゼラ、この人はさっき別の世界から来たって言っていたわ」

「あー、まぁ、そう言っていたけどさ。……信じるのか?」

「信じるかどうかはさておき。ここのこと、わたしたちのことを説明してからでも遅くはないと思う。それに、彼のいた世界のことも聞いておきたいの」

「ふーん……?」

「俺のいた世界なんて、面白くもなんともないけどな……」

「それは聞いてから決めること。そうではない?」


 アルータの反論に、幾はぐうの音も出なかった。


 ふと、幾の頭に疑問がわいた。ゼラの反応を確かめつつ、「あのう」と遠慮気味の声を出す。


「どうかした?」

「いや、さっき感知がどうのって言ってたよね」

「ええ。先ほど魔力を感じて辿って行ってみたら、あそこにあなたがいたの」


 また疑問が浮かんできた。幾自身は魔法なんて使えるはずがないし、あの獣人……〈ガルン〉とかいうのも、魔法を使った形跡はない。となれば、考えられるのはあの少年しかいない。


 しかし、このアルータという少女は言った。自分の声が兄にそっくりだと。そしてアルータ自身も、幾の妹にそっくりなのである。まさかとは思うが——今、それを口に出すと余計に混乱しかねない。


 本当に——ただの偶然なのだろうか?


「お喋りはいいから、さっさと行くぞ」


 ゼラに剣の柄で小突かれ、幾はしぶしぶ歩を進めた。

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