第35話
インターネットで調べた松本市の百瀬家は900件程あった。百瀬は長野県では比較的多い苗字みたいだ。その中で以前に百瀬に聞いた話と、見せてもらった写真をもとに百瀬の祖母の家の検討をつけた。数軒該当する所がある。僕はリュックに着替えを入れ、父さんから貰った5万円をサイフに入れ、マンションを出た。バスに乗り駅まで行き、電車を乗り継ぎ、名古屋駅から特急に乗って松本駅まで行った。そこから美ヶ原温泉方面のバスに乗った。窓からはアルプスの雄大な景色が見える。
この街は僕のノンカルチャーな街と全然違う。自然が主役の、受け身ではなく能動的な街だ。ツクモのお父さんが人間は植物に支配されていると言っていたのを思い出した。でもこの街の景色を見ると、そういった支配や利用といったものでは無く、互いに地球という星で支えあって生きているように感じた。
バスを降りスマホを片手に歩いた。15分程歩き、僕のスマホは一軒の民家を示した。
インターホンを押すが、何の反応もない。もう一度押すが同じだった。僕は諦め、次の候補へと向かった。この付近にもう一軒百瀬家がある。ここから10分程だ。次の家に着いたが、家はボロボロでどうやら空き家のようだった。
僕は作戦を変え、交番へと向かい、百瀬家の住所を教えてもらう事にした。怪しまれると思い色々と言い訳を考えたけど、初老の駐在さんはすんなりと地図を広げ近くの百瀬家をあと2件教えてくれた。
けれどその2件はハズレで、住民は百瀬レイカの事は知らなかった。
僕は消沈し、もう一度、最初に訪ねた民家へと向かった。
玄関まで来ると、息を落ち着かせ、インターホンを押した。
「はいはい、あら?どちらさまで?」と玄関から顔を出したのは、60歳くらいの、白髪を後ろで束ねた姿勢の良い、細身の女性だった。
「あの、僕志村といいます。つかぬ事をお伺いしますが、百瀬レイカさんという方はご存知でしょうか?」
「あら、礼儀正しい坊やだこと、レイカのお友達?」
「はい。では、レイカさんのおばあさんですか?」
「ええ、そうですよ。レイカのおばあさんですよ」女性はニッコリ笑って「レイカに会いますか?」と言った。
「えっ、はい」
僕は緊張の中、家へと上げてもらい座敷へと通された。
「いつですか?」僕は聞いた。
座敷の仏壇の遺影には、笑顔の百瀬の顔があった。今より少し幼く、小学生くらいの時の写真に見える。
「3年前です。その様子だと知らなかったようね」
「事故ですか?」
「ええ、飲酒運転の車にひかれてね」
お祖母さんの声は途中で涙声になった。
「3年前なのにね。慣れるなんて事はないのよ。優しい子だった。いつも自分より人の事を考えて、おばあちゃん腰が痛いって言ってたからって、マッサージをしてくれたり、おばあちゃんの育てた野菜はいつも美味しいって言って・・・、ごめんなさい」
お祖母さんは声を詰まらせた。
「孫が先に亡くなるなんて、神様は惨い事をなさる。この私をかわりに連れて行ってくれればいいものを、やりたい事も沢山あったろうに」
お祖母さんは、ハンカチで涙を拭き「ごめんなさいね。あなたもレイカと親しかったんでしょ?」と精一杯の笑顔で僕を見た。
「はい。レイカさんは僕の大切な人です。僕に大切な事を教えてくれました。僕はレイカさんから暖かい心を貰いました」
「そうですか。それは良かった。人様の役にたてたんだね。お昼食べてないでしょ?食べていきなさい」
「ありがとうございます」
僕は、山菜や畑で採れた野菜を使った、漬け物や天ぷら、煮物をありがたく頂いた。その後、お祖母さんと縁側に移り、百瀬の事を色々聞いた。
「今年は暑いわね」
「そうですね」
確かに、日射しが強く、汗が出てくる。僕の本来の世界では冷夏だったけど、どうやらこの世界は違って、本来の夏の暑さが続いているようだ。
「レイカとは小学校の時の友達なの?」
「違います。あの、こんな事信じてもらえないと思いますが、僕、最近までレイカさんと一緒にいたんです」
僕はお祖母さんの顔を見た。お祖母さんは一瞬目を丸くさせ「話してみて」と笑顔で言った。
「僕は、こことは違う世界から来たんです。その世界はこの世界とは違って、レイカさんは事故に遇わず生きていて、僕らは中学の同級生だった」
「そう、あの子が中学生に、という事は中学3年生になれたのね」
「はい、レイカさんは明るくクラスの人気者で、背も高く、足なんかモデルのように長くて、男子に凄くモテていました。でも化粧やファッションは派手で、教師には目を付けられていましたけど」
「あらあら」
「でも、ヘアメイクアーティストになってアメリカに行くっていう夢がありました」
「そう、そんな夢が」
「それに比べ僕は地味で、がり勉で、ひねくれてて、クラスに友達はいないですし、そんな中レイカさんだけは、僕の事気にかけてくれて、でも僕はレイカさんも罵って何度も酷い事言って、傷つけてばかりで」
「そうなの?優しそうに見えるけど?」
「そんな事ないです。優しいのは百瀬で、僕の親が離婚したり、唯一の友達が行方不明になったり、そんな僕の問題を百瀬は一緒に背負ってくれて・・・、なんで俺なんかのためにって」
僕は目頭が熱くなった。
「あの子は、昔は人見知りで。大人しい子だったのよ。でも幼馴染みがいてね。いつも一緒に遊んでいた子、エミちゃんっていうんだけど、エミちゃんは、年齢の割りに、頭が良く、いつも冷静で、レイカはいつもエミちゃんに助けられていたのよ。エミちゃんはとても勉強が出来て、今はアメリカの学校に行っているんだけど、エミちゃんがアメリカに行くことが決まった時、エミちゃん、レイカが心配でアメリカに行けないってレイカに言ったのよ。レイカはこのままでは駄目だって思ったのよね。エミちゃんが安心してアメリカに行けるように強くならなくちゃって、それからレイカは変わって、人に何か出来る人にならなくちゃって努力して、エミちゃんがレイカにしてくれたように見習って。あなた少し似てるわ。エミちゃんに、そして昔のレイカに」
「そうですか、そんな事があったんですね。だから百瀬はアメリカに行きたがっていたんですね。でも百瀬は僕の問題に巻き込まれて、姿を消したんです。僕は百瀬を探しにここまで来た。でもこの世界に百瀬はいなかった」
「志村君、ありがとう。あなたの言う事、私は信じますよ。あなたが話すレイカの事、嘘があるなんて思えない。ここではなれなかった中学生のレイカ、そんな世界があるなんて救われる。私自身少し楽になれたわ。もっと聞かせて欲しい、中学生のレイカの事」
「はい、僕も聞きたいです。百瀬の小さい頃の話」
その後話は続き、僕はお祖母さんの家へ一泊させてもらった。
満天の星空の下、僕は百瀬の事を思った。
朝方、僕はお祖母さんの家を出た。
「ありがとうございました」
「レイカの事よろしくお願いします。そしてまた私に会いに来て、レイカと一緒に」
「はい、必ず」
朝の光が射す松本駅、冷えた空気の中、起き立ての車の音がこだまする。僕は自分の街に帰るため、改札をぬけた。
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