第34話

 僕は放心状態で家に戻った。リビングには、母さんがいた。

「あなた、いい加減にしなさい。今度はどこに行ってたの?」母さんは眉間に皺を寄せ、声を荒げた。

「母さん・・・」

 僕は顔を覆った。

「具合が悪いのね。病院に行く?」

「いや、そうじゃなくて、いや・・・、そうみたいだ。少し部屋で休むよ」

「そうしなさい。でも、よかったわ。犯人捕まったみたいよ」

「えっ?犯人?ミツルさんを殺した犯人?」

「ええ、お姉さんよ。でもね近所の奥様の話だと、実は姉弟じゃなくて恋人同士だったそうよ」

 街に捕らわれていると言っていた、あの人がミツルさんを殺した?

「理由は?なんで姉弟って嘘ついてたの?」

「さあ、そこまでは、恋人同士なら、痴情の縺れじゃないかしら?」

「ミツルさんって指名手配になってないよね」

「亡くなった人?どうして指名手配に?」

「ううん、なんでもない。休むよ」

 僕はどうすればいいか、わからなかった。この世界は僕の世界とは違う世界だ。どこからか違う。百瀬はいったどこに行ったというのだろう。百瀬がいない。

 僕は、汗だくになっている服を着替えた。そしてそのまま、ベッドへと寝ころんだ。眠るのがどうしようもなく恐い。百瀬、ツクモ、ミツルさん、上坂、そして首括りの木・・・。それらが僕の頭をかき混ぜている。でも考えなくてはいけなかった、この世界について。

 この世界は百瀬がいない世界だ。百瀬に連れられて来なかったから、上坂と知り合いになっていないし、百瀬とラブホテルに行っていないから両親も離婚していない。ミツルさんと知り合いになっていないから、ミツルさんも指名手配になっていないのだ。

 そしてこの世界はミツルさんが死ぬ世界だ。それは僕が望んだ事だった。あの時、あの木の前で上坂に願ったからだ。それをあの木が叶えたのだ。

 僕は手で顔を覆った。

「ツクモ・・・」 

 もう一度あそこに行かなくちゃいけない。その前にやらくちゃいけない事がある。僕は部屋から出てリビングへ向かった。

「体調悪いんじゃなかったの?」と母さんが心配そうに僕を覗き込んだ。

「やっておかなきゃいけない事があったんだ」

「何よ?塾なら今日は休んだら?」

「塾よりも、はるかに大切な事だよ。ねえ、父さんは?」

「部屋じゃない?」

「父さんを呼んで、大事な話があるんだ。三人で」

「何よ。あらたまって」

「これからの家族の事だよ」

「変な子。わかったわ。呼んでくるわ」

 僕らはリビングのテーブルに座った。あの日の、曇天の日の雰囲気が思い出される。

「話っていうのは、家族の事だよ」

「うん」

 父さんは僕の話を聞こうとする態度を示してくれた。

「2人の仲が険悪なのは、知っているよ。いつもケンカしているし。離婚するかもしれないのも知っている。2人が別れる事が正しい選択なのかもしれないのもわかるんだ。でも、僕は嫌なんだよ」

 僕はあの冷蔵庫みたいな冷えきった部屋を思い出した。もし、百瀬がいなかったら、どんどん心も冷えていったに違いない。

「僕は嫌だよ。嫌なんだ」

 それ以上の言葉は見つからなかった。まるでただの駄々っ子だ。

「お前の気持ちは良くわかったよ。思えば三人の事なのに、こうやって3人で話す事なんてなかったな。母さん、俺も嫌だよ」

「私だってそうだけど・・・、それでも元に戻る事なんてないと思うわ。一度失ったものは元に戻りはしないのよ」

「この子はそういう事を言っているじゃないんだよ」

「何よ。俺はわかっているみたいな事言わないでよ」

「そうじゃない」父さんは顔をしかめた。

「僕は嫌なんだ。それだけいい忘れてただけなんだ。元に戻って欲しいなんて、言わないよ。ただ僕の気持ちを言わないといけない気がしたんだ。そうじゃないとずっと後悔しそうだったからさ。ごめんね。わがまま言ってさ。ただ二人が離婚しないよう僕も何かできる事を探すから、それを頑張らせて欲しいんだ」

「あのね・・・、子供にはわからない事が大人にはあるのよ」

「そうだね。でも親子だから。ずっと親子なんだから、親子でしか、3人でしかわからない事もあると思うんだ」僕は言った。

「私達で・・・、そうね。三人で、私も・・・、努力はするわ」

「ありがとう。嬉しいよ」


 話の後父さんは僕の部屋へとやってきた。

「ありがとう」父さんは言った。

「うん、やっぱり行動しないと駄目だって気がしてさ。何もしなかったら後悔しかする事ないからさ」

「まるで未来からやってきたみたいな口ぶりだな」

「タイムマシーンで来たんだ」

「ははは、さすが未来の科学者だな」

「うん、俺頑張って科学者になるよ。あともう一つお願いがあるんだ。突然なんだけど明日、松本に行ってもいいかな。母さんをまた怒らすかもしれないけどさ」

「松本?長野のか?また遠いな」

「うん、行かなくちゃいけないんだ。とても大事な用事があるんだ」

「そうか、勉強より大事な何かがあるんだな。行きなさい。終わったら教えてくれよな」

「うん、ありがとう」


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