土の中にて
第33話
蝉の声で目が覚めた。日が昇っており、時計は7時12分を指していた。僕は木の根本で泥だらけで横になっていた。
木はいつも通り、雄大に立っており、幹が開いているなんて事はなかった。僕も服をしっかりと着ており、昨日の事はいつもの悪い夢だった事に気付いた。けれど夢と現実の境界が非常に曖昧だ。昨日ミツルさんに会ったのは?百瀬が消えたのは?ツクモの死は?わからない。頭に靄がかかっている。どれが現実で、どれが夢なのだ・・・。
神社を出て、泊っていたホテルに行ったが、フロントに確認すると予約すらしていなかった。
僕はそれから、もぬけの様に自分のマンションへと向かった。マンションへと着き、恐る恐る4階のフロアに着くと、そこは非日常だった。警官で溢れ、立ち入り禁止の黄色いテープがエレベーター前に張られ、この階層に立ち入り制限が引かれていた。
僕は警官に「405の志村ですけど、どうかしたんですか?」と尋ねた。
「404の住民が亡くなったんです」と警官はそう言った。
「えっ?」
「申し訳ないけど、部屋に戻って、今日はあまり外出しないでくれないか。後で事情聴取をするかもしれないんだ」
「わかりました・・・」
部屋に戻ると、父さんが駆けてきた。
「どこにいたんだ?スマホも置きっぱなしで」
「父さんこそ」
父さんは、不思議そうな顔で僕をみた。
「それより、隣の人が・・・、もしかしてミツルさんが亡くなったの?」
「ああ、朝早くに救急車で運ばれたんだ。大麻草が口に詰まってたんだって」
「え?それで窒息死したの?」
「それが・・・。他殺みたいで、殺した後に誰かが詰めたらしい」
僕は唖然とした。
「帰って来たの?」そう言って駆け寄って来たのは母さんだった。
「母さん・・・、来てくれたの?」
母さんは不思議そうな顔で僕を見た。
「あなたね。こんな時にどこにいたのよ。心配したじゃない。塾終わりにどこに行ってたのよ」
「塾?塾はもう辞めたよ」
「えっ、いつよ?」
「母さんと父さんが離婚してからだよ」
「離婚?何言ってるのよ。あなたこの子に何か言ったの?」 と母さんは父さんを睨んだ。
「混乱しているんだよ。少し休みなさい」父さんは言った。
「そうよ。泥だらけで、お風呂にも入りなさい」
「ちょっと待って、ちょっと待って、二人は離婚してないって言うの?」
「またそんな事言って・・・、あなた疲れているのよ。少し休みなさい。いい?」
僕は促されるまま、風呂へと入った。湯舟に入ると、少し頭がスッキリとして、同時に先ほどのやり取りの違和感が鮮明になってきた。そして過去の記憶もくっきりと輪郭を持って表れ、僕は湯舟から思わず立ち上がった。
「百瀬!」
こんな事をしている場合じゃない。百瀬が消えたままだ。クソ、どうなっているんだ。ミツルさんに首を絞められ、上坂に助けられ、あの木に飲み込まれたんだ。夢じゃない。現実だ。上坂に会いに行かなくては、上坂は何かを知っている。
僕は風呂から上がり、急いで服を着て部屋から出た。警官に呼び止められたけど、友達が危篤だと嘘を言い、上坂の家へと自転車を飛ばし行った。家まで着くとチャイムを鳴らした、上坂本人が顔を出した。
「上坂。一体どうなっているんだ?」僕は出てきた上坂に、乱暴に言葉を投げた。
「えっ、あの・・・」
「なあ、なんであの時、俺を助ける事ができたんだ?それにあの木の出来事。どういう事なんだ。説明してくれ」
「あの、3組の志村君だよね・・・?どうして私の家知ってるの?」
「はあ?何言ってるんだよ。俺をミツルさんから助けてくれたじゃないか」
「ごめんなさい。ちょっとよくわからない・・・。私志村君と話したの、今が初めてだよ・・・?」
「馬鹿言うなよ。夏休み前に百瀬に連れられて、教室まで来て、料理教えてもらって、呪いの木の話も聞いて・・・、覚えてないの?」
上坂はコクリと頷いた。
「記憶喪失になった・・・?」
上坂は今度は横に首を振った。
「あの・・・、私ごめんなさい。その、百瀬っていう子も知らない」
「えっ、百瀬だよ。俺と同じクラスの女の子。少し派手で、背が高くて、優しい・・・」
「志村君、少し落ち着いて」
「落ち着いているよ。ちゃんとスマホに電話番号だって入っているんだ」
僕は、焦ってスマホを確認した。
「ない・・・」百瀬の携帯番号が消えていた。
上坂は、もう僕を同情の目でしか見ていなかった。僕はその目を見るやいなや、上坂の家を出て、百瀬の家へと走っていた。
そんなはずはない。上坂との日々が無かった?それに百瀬が存在していない?そんな事信じれる訳がない。一緒にツクモを探そうと言ってくれた百瀬。柔らかな手をした百瀬。公園で抱き合った百瀬。この世で一番大切な人。バイパスを越え、川に向かい、新興住宅地の一角に百瀬の家は・・・、家は、更地になっていた。
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