第27話
次の日、僕はいつにもなく、心のはずみを感じ、朝早くに目覚め、いてもたってもいられなくなり外へと出た。
10時についにツクモの日記を百瀬と読むことになっていた。7時だ。まだまだ時間はある。僕は、あてもなく街を歩き、いつものノンカルチャーな僕の街が、こんなにも彩を持って感じる事に驚いた。優しい朝の光、風に揺れる街路樹の葉、遠くの山にかかる薄い雲、全てが僕を受け入れてくれているようだった。
10時前に家へと戻り、百瀬が来るのを待った。しかしいくら待てど百瀬は来なかった。10時半になり僕は百瀬へと電話をかけた。繋がらなかった。僕は首をかしげ、それから何度か、電話をかけたけれど、繋がらず、僕は不安になった。何か、百瀬にあったのだろうか、それとも家族に不幸でもあったのだろうか、僕はソワソワとし、唯一百瀬との共通点のある上坂に電話をかけようと思った。上坂に最後に会ったのは、あの木の下の事だった。僕は少し緊張しながら電話をかけた。
「もしもし」消えいりそうな上坂の声が聞こえた。
「あの、志村だけど」
「志村君どうしたの?」
「その、とても失礼な事だと思うし、意味がわからない話かもしれないんだけど、実は、今日百瀬と会う約束があったんだけど、百瀬と連絡が取れなくて、その・・・、上坂が前に教えてくれた首くくりの木の話が繋がって、俺、なんかとてつもなく嫌な予感がして・・・」
「志村君、百瀬さんと付き合ってるの?」
「うん・・・」
「そう・・・、昨日そんな噂がクラスにあったから・・・」
「昨日から付き合う事になったんだ・・・」
「そう・・・、私、2人はそうなるんじゃないかなと思っていた。だから、おめでとう」
「ありがとう・・・」
「百瀬さんの住所を教えてあげる」
僕は百瀬の住所を紙にメモした。
「ねえ、きちんと話してくれない?志村君が言う、嫌な予感っていうの」と上坂は言った。
「ああ、実は・・・、俺には行方不明になっている友達がいるんだ。ある日突然、行方不明になったんだ。そいつは学校に通ってないし、社会から隔離されたような子だったから、行方不明になっても、なんの手がかりもなくて、でもその子も、あの首くくりの木に思い入れがあって、上坂や、色々な人にあの木にまつわる話を聞く内に、俺もあの木には何か不思議な力があるんじゃないかと思うようになったんだ。けれどどういう風に関係しているのかはわからない。でも偶然、その子の日記が見つかったんだ。もしかしたら日記には行方不明になった理由が書かれているかもしれない。それを今日、百瀬と見る事になっていたんだ」
「あの木は人を選ぶの。あの木に見初められると、その人のまわりには不幸が訪れる」
「あの木は、俺を追い詰めようとしているのか?でもどうやって木に百瀬を消す事ができるっていうんだよ」
「あの木は幾重にも重なる運命を選ぶ事ができるの」
「運命?」
「人の人生には様々な出来事がある。その分岐点を木は操作するの。例えば大事な人が事故にあう運命を選び、そうして人を追い詰めていく」
僕は段々と恐怖に体が冷えていくのを感じた。
「そうやって、人を追い詰め、自分の木の養分にする。そしてあの木はどんな時でも、場所でも存在する事ができる」
上坂の声はどんどんと低く翳を帯びていく。
「なあ、本当にお前、上坂なのか・・・?」
「ふふふふふ」
スマホから聞こえる壊れたおもちゃのような笑いに、背筋が凍った。
「あと2体いる」
プツリと電話は切れた。
僕は手に汗をかき、高鳴っている自分の鼓動を感じた。『あと2体いる』あの声は上坂だったのか?
以前に夢に見た、ツクモが言った言葉と一緒だった。これも夢なのか?いや違う現実だ。現実に百瀬を探さなくちゃいけないのだ。夢なんて今はどうでもいい。
上坂に教えてもらった百瀬の家は、街の西側の川沿いの振興住宅地にあった。ここから自転車で15分くらいだ。僕は自転車にまたがり、家を出た。
百瀬の家のある住宅地は、どれもこれも似たような家ばかりで、探すのに苦労した。西欧風のアイボリー色の家がそうだった。庭は綺麗にガーデニングが施されていた。
僕はチャイムを押した。
「すると慌てて、女性が飛び出してきた」そして僕の顔を見て肩を落とした。
背が高く百瀬に似ている。百瀬の母親だろうか。
「レイカのお友達?」
「はい、志村といいます」
「レイカ・・・、昨日から帰ってないの。何か知らない?」
僕は嫌な予感に身が震えた。
「あの、僕もレイカさんと連絡が取れなくて、ここに来たんです」
「そうなの・・・」百瀬の母親はさらに落胆した。
「あの、僕も探してみます。何かあったら連絡しますから」
僕は百瀬の母親と連絡先を交換した。
「レイカとは親しいの?」
「実はお付き合いをさせてもらっています」
「そうなの?あなたレイカより年上なの?」
「いえ、同じクラスですけど」
「レイカが、かっこいい先輩がいるって、前に言ってたものだから」
「僕も知ってます。実はこれからその人に会いに行こうと思っています。多分力になってくれるはずです」
「そうなの?私も行きます。ちょっと待っててくれる?」
僕は、百瀬の母親のクルマに乗り、案内をした。マンションに戻ると、ミツルさんの家まで行き、インターホンを押した。
ミツルさんが顔を出した。
「うん?君か。それに」
「私、百瀬レイカの母です」
「ああ、百瀬さんの。僕は三鷹といいます。彼と、百瀬さんの友達です」
「あの、レイカが昨日から、帰っていなくて、何かご存じないですか?」
「えっ、それは大変ですね。昨日の夜、雨が強かった。もしかしたら、そういった事に巻き込まれている可能性もある。僕は知り合いが多い方です。連絡してできる限り探してみます」
「ありがとうございます」
僕は、ミツルさんと百瀬の母親と別れ、家へと戻り、机の引き出しを探しツクモの日記と鍵を取り出した。ツクモの行方不明、そして百瀬・・・。僕はそれらを強く結びつけてしまっている。これをみなくちゃいけない時が来た。ツクモを見つけるために。そして百瀬を失わないために。
僕は震える手を落ち着かす為に、一度深呼吸をした。そして鍵で日記の錠を外した。
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