第26話

 


 ツクモの日記を読む日、登校日が来た。僕はそれまでの間、首くくりの木には近づかず、極力ツクモの事は考えないようにし、勉強と家事に努力を注いだ。それでも悪夢は度々やってくるし、ふと思考が途切れた時に思うのはツクモの事だった。


 クラスに入ると百瀬が生徒数人に囲まれて騒然としていた。


「ねえ、来たよ」


 一斉に僕に視線が集まる。百瀬は気まずく薄ら笑いを浮かべている。


「はっきり言ってあげなよ」百瀬が女子生徒にそう言われている。


 クラスの女子数人が僕の方へ来て「志村君、こんな事言うと失礼かもしれないけど、百瀬に関わらないであげて欲しいんだ」と言った。


 僕は、ある程度の事を理解した。


 僕は自分の席に鞄を置き「なんで?」と聞いた。


「なんでって、あなた最近、百瀬の事つけ回しているでしょ。見た人がいるの。百瀬迷惑がっているよ。それに山下の気持ちを考えてあげて欲しいの」


「どうして俺が山下の気持ちを考える必要がある?」


「最悪」と誰かが言った。


「志村、ごめん。私が後で言っておくから」百瀬が弱々しい声で僕に言った。


「百瀬あんた優しすぎるよ。庇う必要ないよ。迷惑なら迷惑って言わないと。志村君、誰を好きになるかは自由だけど、相手の事も考えないと、百瀬は迷惑なんだよ?」と誰かが言った。


「そっか、十分に理解したよ。百瀬」


 僕は百瀬を見た。百瀬は目を丸くし、僕を見ている。


「俺は君が好きだよ。迷惑ならごめん。もう関わらない」


 クラスから悲鳴に似た歓声が上がる。


「うわー、志村やっぱりそうなんだ。ドンマイ」と誰かが言った。


「待って!」百瀬は赤面し、目に涙を浮かべている。そして大きく息を吸い「私も志村が好き。文句あるの?」とまわりに言った。


 再びクラスから悲鳴が上がる。


「何、ドッキリなの?」「百瀬、志村に気を遣う必要ないよ!」


 そんな声を無視し僕は百瀬の手を引き、教室を出た。  


 


 校門を出て、百瀬の手を引き歩いた。百瀬の手の温もり、息づかいを感じる。今どんな顔をしているのだろう。


 僕は振り向く事ができず、公園まで来た。そこで手を離し百瀬を見た。目にうっすら涙を浮かべ、笑みを浮かべている。僕も笑った。そして僕らは元の形がそれであるように抱き合った。


 百瀬の暖かい温もりを感じ、そこから百瀬の全てを感じる。涙が出る程の喜びを感じた。


 ああ、僕はこの人が好きなんだ。


 何分抱き合っただろうか、離れるのが惜しかったけれど、体を離し百瀬の顔を見つめる。百瀬は僕より背が高い。僕の目線は丁度、百瀬の唇にぶつかる。その唇が開き、こう呟いた。


「ずっと好きだったんだよ・・・」


 僕らは再び抱き合った。月並みな表現だなと思う。時間がこのまま止まればいいのに・・・。それでもいつからか時間は止まることを忘れてしまった。一刻一刻と時は進み、僕らは流れる枝葉のように、離れては交わる事を繰り返す。ただそれでも今この瞬間だけは、百瀬と僕はひとつに繋がっていた。


 


「あー、夏休み明け、気まずいなあ。友達何人か、失うだろうな」


 僕らは公園のベンチに座っていた。


「ごめん」


「謝らないでよ。私はあんたがいてくれれば・・・、もう、調子狂うわ」


 百瀬は僕の肩を叩いた。


「ミツルさんは、もういいのか?」


「うん、本当は・・・」百瀬はそう言って首を振り「それより葵には悪い事したと思う。当初の目的だと葵と志村をくっつけようとしてたのに・・、まさか私がこんな事になるなんて、えっ、私最低じゃない?」と言った。


「そうだね」僕は笑った。


「そうだねって、うーん、どうしよう」


「でも何で、俺と上坂をくっつけようとしたの?」


「前に志村言ってたでしょ。お互いを埋めあうのが恋人だって、葵と志村って、そういう雰囲気があってさ。お互いの事深くまでわかりあえるっていうのかな、そんな気がしたの。だって志村、私みたいな子、絶対嫌いだと思ってたし、私、葵や志村みたいに頭良くないし、2人がくっつくのが一番良い形だって思ってさ。けれど、モヤモヤしてさ。あんたと葵がデートに行った時だって、あんたがツクモさんの事話す時だって、ずっとモヤモヤして、自分でも何やってるんだろうって事してさ・・・」


「信じてもらえないと思うけど、君の事、ずっと前から好きだったと思う」


「嘘だ。好きな人にとる態度じゃなかったでしょ」


「お互い様だろ?」


「そうだけど・・・」


「出会う前から好きだったよ」


「馬鹿じゃないの・・・」


 百瀬は赤面している。


「ねえ、夏休み、塾ないんでしょ?」


「うん」


「これから、楽しみだね」


「うん。俺生まれてから今が一番幸せかも・・・」


「馬鹿」百瀬は手で顔を覆い「私も・・・」と呟いた。


 


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