第24話
はっと目を覚ました。日が窓から差し込んでいる。僕は日に照らされ汗だくになっていた。窓を開けると涼しい風が火照った体を冷ましてくれた。
夢だったのか?
感覚全て鮮明な夢だった。ツクモの夢を見るのは初めてだった。
何故ツクモは骨を埋めていたのだろうか。あと2体と言っていた。まるであの木に生け贄をささげているようだった。上坂の話が印象的だったせいか、ただの夢だけどあの火の玉を見た日から、不思議な事が起こっている。
僕は洗面所で顔を洗い、自分の顔を見た。空気の抜けたゴムボールのように顔に力がなかった。
今日10時に百瀬が家に来る事になっていた。7時半、まだ時間がある。
僕は自転車に乗り、神社へと向かった。夢と現実は切り離さなくちゃいけない。だから確かめる必要がある。
神社に着くと、いつものように誰もいなかった。僕は池の方へと向かった。首くくりの木は変わらず、誰かを待っているようにその場で佇んでいた。
僕は持ってきていた園芸用のスコップをリュックから取りだし、木の根元、あの夢と同じ場所を掘り始めた。そして掘り始めてすぐに違和感を感じた。土が柔らかい部分がある。間違いない、一度誰かが掘り起こしている。嫌な予感がする。
50センチ程掘り起こした所で、何かにスコップの先が当たる感覚があり、僕は覚悟した。
しかし掘り出した物は想像していたモノとは違い、茶筒くらいの大きさのスチールの缶だった。僕は取り出し蓋を開けた。中から出てきたのは、小さな金色の鍵だった。
「これは一体・・・」
何分その場にいただろうか。僕は自転車に乗り、家へと帰った。そして、鍵を視線で研磨するように観察した。10センチ程の金メッキの鍵だ。家とかの鍵ではなさそうだ。造りがとても簡素だったからだ。その時家のチャイムが鳴った。僕は鍵を自分の財布の中に大事にしまった。
「どうしたの?顔死んでるよ?」
百瀬は僕の顔を見るなりそう言った。
「別に、大丈夫だよ」
「そう?」百瀬は眉をひそめ僕を心配そうに眺め「今日はツクモさんの家に行ってみない?」と言った。
「そうだね・・・。うん、そうしよう」と僕は言った。
あまりに掠れた声だったので、百瀬はさらに眉をひそめた。
ツクモの家は街外れの山の麓にある。ツクモの家は、廃材と昔取り壊された小学校の部品を寄せ集めて作られており、部屋の区切りがなく、小学校で使われていた黒板やロッカーが壁に埋め込まれていたり、生徒用の水飲み場がそのまま洗面台に使われていたりと継ぎ接ぎだらけの家だった。
ツクモの家に遊びに行く時は決まって父親が出掛けている時だった。ツクモの話によると父親は、病的な程にツクモに依存しているらしかった。ゆえに学校にも行かさず、極力家にいさすようにしたらしい。けれど仕事の関係上月に数回は、顧客の所へ行かなくてはならず、家を空けるのだった。その時にツクモは僕の所へ来たり、家に招いてくれたりした。それほどツクモに依存していた父親が今現在どのような生活を送っているのかは、想像に易かった。
街外れまでバスで向かった。住宅地を抜け、山道に入り、バスはエンジンのギアを上げ、坂を上がっていく。車窓から見える木々は光と影を携え、光は影を、影は光を互いに強調していた。
今日の百瀬はラフな格好をしていた。緑のチェックのパンツに、黒のカットソーにスニーカーを履き、足を組み僕の隣で、静かにバスの揺れに身をまかしていた。流れる木々の陰影が百瀬にかかり、影が落ちた際に、百瀬の存在が消えてしまうような気持ちになり、僕は不安になった。
僕は「なあ・・・、ミツルさんとはあれから会ったりしてるのか?」と百瀬に聞いた。
「なによ。珍しいわね。あんたがそんな質問するなんて、どうしたの?」
「別に・・・」
「ねえ、どうして?」百瀬は微笑み、僕を横からそっと覗き込んだ。
「百瀬が消えて欲しくないから」
百瀬は笑い「どうしたの?きょうの志村変だよ。まあ、ミツルさん以上のいい人がいたら関わらなくていいんだけどなあ」と言った。
「俺じゃあ・・・、何でもない・・・」
百瀬は僕を観察し終え視線を前に戻し「ミツルさんはよくわからない人のままだよ。あんたはよくわからない人から、とてもわかりやすいのかもって思うようになったけど。すごく冷めているのかと思ったけど、親の離婚で傷ついたり、友達がいなくなって傷ついたり、案外素直だったり、ああ、この人は普通なんだなって」
「だから、俺に関わるの?」
「そうなのかな。ほっとけないっていうのかな。よくわからないな」百瀬は笑った。
「ありがとう・・・」と僕は言った。
百瀬はとても不思議そうな顔で僕を見て「きっと、見つかるよ」とポツリと言った。
目的のバス停に着き、僕は運賃箱に小銭を入れバスを降りた。百瀬は電子マネーを使っていた。乗客は誰もいなくなったけど、バスは排ガスを上げ去っていった。
ツクモの家は国道沿いから反れた半分獣道のような道を進み、山の中へ入っていく必要があった。
僕らは、崖崩れ防止ネット沿いをしばらく歩き、気休め程度に丸太や石で舗装されている細い急な坂道へ入って行った。
「ねえ、あんた一人でこんな所まで来てたの?」
急な山道で息を切らし百瀬は言った。
「たまにだよ。ツクモがこっちに来る事の方が多かったよ」
「こんな所じゃスマホも繋がらないんじゃないの?」
「さあ?そもそもツクモの家には電話すらないよ」
「え?じゃあ病気になって動けなくなったらどうするのさ」
「食材を届けてくれる業者と契約してるらしいから、困ったらその人にお願いするんだって」
「じゃあ、急にピザが食べたくなったらどうするのさ」
「ツクモは料理なら何でも作れるよ。キャンプでも、手際良く料理してたよ」
「じゃあ、じゃあ、あんたの声が急に聞きたくなったらどうするのさ」
「ツクモはそうなったら、すぐに会いに来てたな。深夜だろうが、朝だろうがお構い無しだったよ」僕は笑った。
「へえ、随分仲が良かったのね」
「言ったじゃないか。世界で唯一の大事な友達だって」
「好きなの?」
「そりゃ好きだよ。最初は天真爛漫、傍若無人過ぎて迷惑な所もあったけど、いつの間にか無くてはならない存在になっていた」
「じゃなくてさ、異性として好きなの?」
百瀬の歩みが止まり、僕は後ろを振り返った。
「どうなの?」
百瀬はジッと僕を見つめている。
「それは、ないと思う。恋愛なんてよくわからないけど、ツクモは、安心できないから違うと思う」
「どういう事?」
「恋人がいるって、凄く安心すると思うんだ。自分の帰る場所であったり、自分を埋める存在だったりするのが恋人だと思う。そういう意味ではツクモは一秒たりとも安心できないからね。毎日何か刺激を与えてくれるけど、安心する場所とは違うのかなって、それに、俺自身ツクモと恋人より友達として刺激的に関わっていきたい気持ちが強いんだよ」
「ふーん、まあいいよ。それで許してあげる」
百瀬はそう言って歩き出した。僕は百瀬のその態度に淡い期待をした。
息を切らし、ツクモの家の前まで到着すると、僕は膝から崩れ落ちた。ツクモの家は焼失していた。
「嘘だろ。いつから・・・」
ツクモがいなくなってから、最後に来たのは3週間前だろうか、その時は確かにあった。その家が焼け焦げ、瓦礫が散乱していた。
「ここがツクモさんの家?」百瀬も驚き言った。
「ああ、小学校の廃材を寄せ集めて作ったツクモの家があったんだ。最後に来たのは、3週間前くらいだけど、こんな風にはなっていなかった」
「焼け跡、そんなに古くないね」
「火事なのか・・・?それとも」
僕が嫌な予感に体が冷たくなるのを感じた時「失礼していいかな」と後ろから声がした。
僕らは驚き、後ろを向いた。
目が窪んみ、憔悴しきった長髪の男がそこに立っていた。
「あっ」
夜の使者。その人は街で何度か見た浮浪者らしき人だった。男は、僕らの間を雑草を分けいる様に通り抜け、瓦礫の中へ入っていき、倒れた柱をどかし、何かを探し始めた。
「あの!」
百瀬が男の背中に声をかけたはずだったけれど、男は、何も聞こえてない様子で、一心不乱に作業を続けている。
「あの人、もしかしてツクモさんのお父さん?」百瀬が言った。
「多分・・・」
「どうしよう?」百瀬が僕を見つめる。
僕は、確証も何も無いが一か八か賭けにでた。息を吸い込み精一杯声を張り上げ「ツクモのお父さんですか?僕はツクモさんの友達です。僕は金色の鍵を持っています。ツクモさんの持ち物で何か鍵のかかったものがあると思います。それはおそらくとても大事な物のはずです」と叫んだ。
すると、男は手を止め、こちらを向いた。男の心の鍵が開いた様だった。
「鍵をどこで?」男は驚き言った。
「神社にある首くくりの木の下です」
「そうか、あの木か・・・」
男はこちらにやって来た。
「ツクモとはどこで?」
「一年くらい前に街の図書館で」
「ここにも来た事があるのか?」
「はい・・・」
「鍵を見せて」
僕は鍵を渡した。
父親は鍵をジッと見て「この鍵は、ツクモの日記の鍵だ。ツクモがこの鍵を隠したという事は、ツクモの失踪の理由がそこに書かれているかもしれない」と言った。
「その日記は、もしかして火事でなくなったんですか?」
「ああ、そうだ。それに火事ではない。呪いだよ」
「呪い?」
「首くくりの木の呪いだ。あの木は次に私を狙っているのだよ」
「どういう事ですか?」
「私はツクモ以外に、あの木によって一度失った経験がある」
「ツクモさんのお母さんの事ですか?」と僕は聞いた。
「ツクモから何か聞いたのか?」
「いえ、詳しくは、ただもう亡くなったとは聞いています」
「あいつは、あの呪いの木で首吊りをした」
僕は驚き言葉を失った。
「あいつも、あの木が好きだった。けれどあの木は魔性の木だ。人の心を惑わせる。あいつの心も惑わされた。おかしくなって首吊をした。次は私の番だ。火の玉が見えたんだ。火の玉が見えると木に見染められた証拠だ」
僕は背筋が凍った。僕もあの時火の玉を見ている。
「火事が起こった日の前日、私は家の周りで火の玉を見た。あの木は私を追い詰める気だ」
「そんな、木にそんな力あるわけないよ。大きくてもただの植物でしょ?」百瀬は言った。
「植物には知性がある。あの木にもある。しかしあの木の知性は禍々しいものだ」
「植物に知性?」百瀬は言った。
「ああ、ランの一種に優れた擬態能力を持つものがいる。そのランはハチそっくりに擬態し、ハチをおびき寄せる。その擬態は恐ろしく完璧で、姿形は勿論の事、硬さ、表面の様子、さらにはフェロンまで分泌できる。それにおびきよせられたオスバチは花粉をかぶせられ、受粉の道具として使われる。つまり虫などより優れた知性があると考えられる。使役されるのは何も虫に限った事ではない。人間はどうだろう。稲、小麦、人間の好む花、甘い果実、それらを巧みに作り出し、人間を使役しているように私は思う。人間は品種改良などで植物をコントロールしているように思うかもしれないが、見方によれば植物は人間を使う事によりかつてない安全な繁殖を見せている。これだけの知性を植物は持っているのに、その知性、魂はどこにあるのだろう。根?幹?私はそれが人間の目には見えない所にあると信じている。そして家内の魂もそこにいるような気がしてならない」
「ツクモさんの失踪もあの木によるものだと?」
「私はそう考えている。あの木が生きるには、誰かの肉体、いや魂が必要なのだよ。ツクモの日記に、あるいはその事が書かれているかもしれない」
「探そう。日記、どこかにあるよ」
百瀬はそう言って焼け跡に入っていった。
僕も焼け跡に入っていって、瓦礫をどかしながら「おじさん、ツクモは賢い子です。鍵を隠したって事は、絶対にどこかに日記も隠しています。そこにツクモの居場所が書かれているはずです」と言った。
「ツクモが生きていると思うのか?」
僕はおじさんを見た。疲れきった虚ろな目で僕を見ている
「ええ」と僕は、その虚ろな目に吸い込まれないよう、力強く言った。
おじさんは何も言わず、暫く僕を見て、瓦礫をどかし始めた。
僕はツクモの気持ちを考え、何故鍵を隠したのか考えた。誰かに見つけて欲しい、そして誰かに見つけて欲しくないから隠したのだ。
「おじさん、ツクモはおじさんなら日記を見つけれると思ってる。そんな場所ありませんか」
「ひとつ思い当たる場所がある。家内の思い出がしまっている場所だ」
「そこはどこです?」
「奥の家内の部屋のあった場所の床下だ。家内が死んだ際に私が埋めた」
そこは瓦礫が山積みになっている場所だった。
「私もそこを掘るつもりでいた。家内の思い出を持ち、ここから去るつもりでいた」
「手伝います」
3人がかりで半日かけ、瓦礫をどかし、土が見えるまで綺麗にした。僕も百瀬も炭で真っ黒になっていた。そして土を堀り返し見つけたのは、スチールの箱だった。それを開けると、写真や絵、それと円形に金の楓の葉が装飾された日記が見つかった。
「これだよ・・・」百瀬は声を漏らした。
「ここには、希望か絶望が書かれている。すまない。私には見る勇気がない。私はもう、失いたくない。失いたくない。私は今度失うと生きていけないのだよ」
おじさんは、生と死どちらに転んでもおかしくない、そんな崖の端のような場所にいるのだ。
百瀬と二人でツクモの家を後にした時、僕の手には日記が握られていた。その日記は観測するまで未来が確定しないシュレディンガーの猫の箱のようだった。
「・・・見る事ができる?」百瀬は言った。百瀬も憔悴していた。
「正直、あの人と同じで見る勇気がない」
日記、それに首くくりの木、火の玉、僕は頭がパンクしそうだった。
「ねえ首くくりの木ってなんなの?」
「旧街にある神社の裏手にある木だよ。その木で何人も首吊りをしている」
「呪いだなんて、あの人の言う事信じるの?」
「わからない、けれど、あの木には何か異様なものがあると感じる」
火の玉や悪夢の事や上坂の事は言えなかった。
すでに僕もあの木に魅入られてしまっているのだろうか。
「今日は・・・、もうやめとかない?志村も疲れたでしょ」
「そうだね・・・」
「今度のさ、学校の登校日に私と見ない?」
「いや、百瀬、もう関わらない方がいい」
「ここまで来たら、どんな結果になろうと、私は受け止めるよ」
「何言っているんだよ。他人だろ。前にも言ったけど、人の問題を自分の事のように考えるのはやめなよ」
「うるさい。そんな風に、自分は一人だって考えて、自分の殻に閉じ籠って、溜め込んで、傷ついて、ツクモさんと友達になってあなた嬉しかったんでしょ。誰かと何かを共有して嬉しかったんでしょ。楽しかったんでしょ。そしていなくなって辛かったんでしょ。私にも分けてよ。嬉しい事、楽しい事、辛い事。私に甘えてもいいのよ。一人じゃ抱えきれないでしょ?」
百瀬の頬は紅潮し、目は涙で潤んでいた。百瀬は人のために泣ける人間なのだ。
「ありがとう・・・」
僕は百瀬の手を握った。土や炭で汚れていて、所々小さな傷があったけれど、柔らかな優しい手だった。
「帰ろう」百瀬は笑顔で言った。
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