第21話

 楓の絵は結局、血が酸化し、黒く悪目立ちするようになってしまった。あの時、あの場所での異様な雰囲気は永遠に失われてしまった。つまりあの時にだけ、一瞬輝いて消えてしまったのだ。まるで花火のように。


 あれから、楓は武田と頻繁に会うようになった。武田は、楓が知らないような海外の文学を教えてくれた。特にユーゴやドストエフスキーなどのロシア文学に造詣が深かった。


 楓と武田の噂は、街にすぐ広がった。当然吉彦の耳にも入った。


 ある日、楓は吉彦に呼び出された。


「楓」


「どうしたの吉彦さん」


 楓は武田と関わる内に、どこか陽気な、悪く言えば白痴のような能天気さを纏っていた。


「楓、武田と会うのは、もうやめろ。それにあの木に行くのも、もうやめろ」


「何よ。藪から棒に、いいじゃない。吉彦さんに何か関係があって?」


「あの男は、普通じゃない気がするんだ。このままじゃ楓が変わってしまう」


「吉彦さん、変わらない物なんてこの世にあると思うの?あの山だって、あの川だって、永遠に同じじゃないのよ。まして人の心なんて、変わっていくのよ。この国だって、アメリカだって」


「武田に教えられたのか?お前はどうなってしまうんだ。お前が無くなってしまう気がする」


「どうにもならないわ。私は私よ。本来の私をあの人は気づかせてくれた。そしてこの木、私をいつも見守ってくれている。この木は永遠にこの場所にある。枯れてもまた生まれ変わる。私の魂もそう。生まれ変わる。永遠に続く。それがわかったのよ。だから死ぬのなんて恐くない。それが早いか遅いかだけ」


「そうだな。俺は···、もうすぐ死ぬだろう···。今朝赤紙が来た。たぶん、南に行かされる。そうなったら帰ってこれはしない。でも俺は、懸命に生き抜いてやろうと思う。それで、お前を嫁に貰うつもりだ。そして、日本一幸せな家庭を築いてやろうと思う。だからそんな考え捨てて、俺を待っていてくれ」


「そんな・・・」


 「俺の気持ちは伝えたから。来週に街を出るから」


 そう言って吉彦は、背中を向け歩き出した。


 楓は何も言わず、その背中を見送って、吉彦が見えなくなった途端、しゃがみ込み、大声を出して泣いた。


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