第20話
楓は木の絵を風呂敷に包み、神社へと急いだ。池に着くともう武田は来ていて、タバコを吹かしていた。
「こんにちは」楓の頬は、走ったせいか、紅潮していた。
「それが、見てほしい絵かい?」
「あ、はい、そうです」楓は急かされるように、わたわたと、風呂敷をといた。
「へえ、思ったより、良く描けてるじゃない」
「本当ですか?」
「うん、ただ、少し物足りない」
「やっぱりそうですか、私もそう思います・・・」
「そうだね。少しくわえてもいいかい?」
「はい。どうせ一からやり直そうと思っていたところなんで、遠慮なくどうぞ。絵の具もあるんで」
「いや、この、枝一本あれば十分だよ」
そう言って武田は、木から鉛筆程の枝を一本折った。そして、切り口をいきなり、自分の左の掌へ思いっきり突き刺した。
楓は思わず叫んだ。しかし武田はなおも、刺した枝をグリグリとかき混た。すると鮮血がジュクジュクと吹き出し、それを武田は指でなぞり、絵の木の幹の部分に擦り付けた。
「何やってるんですか」楓は直視出来ずに、半分目を閉じ叫んだ。
「この木はね。人の血を吸って生きているんだよ。そういう木なんだ。それを表現しようと思ったら、同じことをしなくちゃならない」
「何言ってるの?手大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ。海の向こうじゃ、もっと酷い事になってるよ。これくらい蚊に刺されたくらいに、人が殺しあっている」
武田の血を加えた絵は、獲物をつかまえる蛇のように生き生きとした。
楓はくらくらとする眩暈をおぼえた。
「すごい・・・」
武田は、枝を捨てると、ポケットからハンカチを出して、手に巻こうとした。すかさず楓がかわりに武田の手のひらにハンカチを巻いた。
「帰ったら、キチンと消毒してください・・・」
武田の手から、真夏の太陽のような体温を感じる。それに呼応し、楓の鼓動も早くなる。二人は暫くそのままで動かなかった。そんな二人を覆うように、木は枝を一杯に広げていた。
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