第18話

「来てくれる?」


 声が聞こえ僕ははっと目を覚ました。


 枕元に一匹の黒猫がいてジッと僕を見ていた。この猫が言ったのかだろうか、僕はじっと猫を見た。猫はニャーと猫特有の声をだした。僕はメガネを探してかけ、もう一度猫をじっくりと見た。瑠璃色の目をしている。やはりミツルさんの家の猫だった。 


 


 僕は、猫を抱きかかえミツルさんの部屋前まで来てインターホンを鳴らした。出たのはミツルさんのお姉さんだった。


「僕の家に入り込んでいました」


「そう」とぶっきらぼうにお姉さんは言って、黒猫をつまみ上げた。


「あの、名前なんていうんですか?」


「名前?クロでいいんじゃない?」


「今つけたんですか?」


 お姉さんは自分の頭を乱暴に掻き「五月蝿いなあ。謝ってほしいわけ?」と言った。


「えっ」


 お姉さんは左右不対象に歪んだ顔で僕を睨んでいる。


「あいつが、勝手に連れてきた猫だよ。世話は私がしている。私も迷惑している。生きていても何の役にもたたないのに、生きている」


 僕はお姉さんの怒りの理由がよくわからず、黙って聞いていた。


お姉さんは話を続けた。


「あんたもこの街に捕らわれてる。そんな顔している。私も何も変えられない。せいぜい逃げるだけ。私は、来年にはこんなくだらない街からは消える」


 そして扉を閉める際にお姉さんは言った。


「あんた達ミツルには関わらない方がいい」


 扉が閉まり、冷たい風が通り過ぎた。


 


 僕は神社へと向かう間、ずっとミツルさんのお姉さんの言葉が頭を反復していた。


あんた達ミツルには関わらない方がいい···。


達とは間違いなく僕と百瀬の事だろう。どうしてそんな事を言うのだろう。話していた内容もよくわからないものだった。


 街に捕らわれている···。


 僕はミツルさんに積極的に関わりたいとは思っていないけれど、あの人の優しい言葉が頭をよぎる。そしてそれに並行するように百瀬の顔が頭に浮かんだ。唯一の喋り相手の百瀬。親が離婚し、わざわざ家に来た百瀬。一緒にツクモを探そうと言ってくれた百瀬。柔らかな手をした百瀬。


 彼女が傷つく所は絶対に見たくない。


 ミツルさんの大麻草、お姉さんの言葉、そして百瀬、それらを結びつけると、いい結果には絶対にならない。僕は2人を二度と会わせてはいけない。僕はスマホを取りだし百瀬へと電話をかけた。


 留守だった。


 


 神社へと着いた。風が強く出ていて、空に大きく張った重そうな雲を押し流していた。


 


 神社の境内には上坂がいた。必ずいるような気がしていた。


「おはよう」と僕は声をかけた。


 上坂は僕を検分するように見つめ「こっちにきて」とスタスタと池の方へ歩き出した。


「この場所って不自然に綺麗だね」


「私財を使って管理している人がいるの」 


「神社はボロボロなのに?」


「そう、その人が守りたいのはこっちの方。首くくりの木よ」


 上坂は木の前に立ち、凶暴な野獣を手なずけている猛獣使いのように木を撫でた。


「触ってみて・・・」


 僕は言われるままに、恐る恐る木に触れた。月並みに、立派な木の肌触りだなと思った。


「私はまるで、内臓のように感じる」


「木が内蔵?」


「植物も動物も、一つの循環器官だから。周りのエネルギーを取り込み、排出し、子孫を作って、死んで、それを延々と繰り返す。そして地球という生命体を維持している。大きく見ると地球も宇宙を維持する循環器官だし、小さく見ると私達の内部にも細胞という宇宙がある。大も小もない。すべては等しい。すべては繋がっている。ねえ、魂って信じる?」


 僕は、あの火の玉を思い出した。


「わからないな」


「魂がある場所って、自分の体の中ではなくて、もっと違う場所にあると思う。そこには植物の魂もあって、混ざりあっている。こんな立派な木を見るとそんな風に感じる」


 風が上坂の髪を強く揺らす。今目の前にいるのはあのオドオドとした上坂なのか?


「上坂、何かあったの?この前も様子が変だった」


「妹が死んだの」


「えっ」



「この前志村君に会った日の朝に、病院から連絡があったの。でもね、私一滴の涙もでないの。おかしいよね」



「おかしくなんかないよ」



「ううん、だって私凄く安心したんだもん。良かったとさえ思った。だから私は罰を受けなきゃいけないの。この木が罰を下してくれる。この木は、色々な人の魂が混ざり合っているの。妹と本当にわかりあえる様にしてくれる」



「何を言ってるんだ。ただの木だろ?人を狂わすとか、魂とか、そんなものありはしないよ」


「この木が、どうして首くくりの木って言われるようになったか知っている?」


「首吊りがあったから?」


「この木には色々な物語があるの。一つの物語を教えてあげる」


 


 木がザワザワと不吉に囁いていた。


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