第17話
次の日、百瀬と街中を当てもなく歩き、聞き込みをしたけれど、徳川の埋蔵金を探す探検隊のように何の手がかりも得られなかった。僕らはファミレスに入り作戦を練る事にした。
「ねえ、ツクモさんの家族はお父さんだけなの?」と百瀬が言った。
「うん、母親は亡くなったって聞いている」
「お父さんには会った事ないの?」
「ない。ツクモには親戚もいないし、俺以外の友達もいないと思う」
「うーん」と言って百瀬は、持っている細切りポテトを宙で回転させた。
「何か、ツクモさん、いなくなる前に何か言ってなかった?」
「言ってたよ。私が死んだら志村はどうするって・・・」
「それって、自分に危機が迫っているって、気がついていたって事じゃない」
「うん、おそらく、何か問題を抱えていたんだと思う。けれどそんな事ツクモは言わなかったし、多分俺が思っている以上に、俺はツクモの事何も知らない」
「でもあなたの唯一の友達で、それはツクモさんにとっても同じだと思う。だからこそ、自分に危険が迫っている事が言いたくても言えなかったんじゃないの?」
「言いたくても、言えない・・・」
「何かツクモさんはあんたにサインを出していたと思う。心当たりない?」
呪いの木の下で待ち合わせ・・・。
何かサインがあったとしたら、それだ。
僕の中に今、ツクモの失踪と首くくりの木が結びつこうとしている。けれどそれは百瀬には言いたくても言えない事だった。
「今は特に心当たりはないよ」
僕の一言で、話は膠着状態へ入った。
「ねえ」百瀬はジンジャーエールを混ぜながらそう言った。
「何?」
「これ見て」
百瀬は僕にスマホの画面を向けた。それは山間の田舎の風景の写真だった。
「なにこれ?」
「私のお祖母ちゃんが住んでいるところ。松本の長和町ってところなの。綺麗でしょ」
「そうだね。綺麗だ」
「今度ここにに行かない?ほら、あんたも傷ついているんでしょ。気分転換しないと、松本はこの街より、広いし自然も多いからとても癒されるよ。この街はなにか、たまに狭いっていうのかな?窮屈な気がしない?」
「そうだね。たまに感じる。でも百瀬のお祖母さんの家に俺が行ってもいいの?」
「大丈夫、大丈夫、百瀬家は細かいことは気にしないから」百瀬は歯を見せ微笑んだ。
僕はドキリとした。
「ありがとう。顔に似合わず優しいんだな」
「一言余計だなあ。ところで夏休みの宿題進んでる?」
「ああ、宿題くらいしかやる事ないし。写させて欲しいの?」
「まあね」
「いいけど、そんな勉強嫌いで大丈夫なのか?」
「将来って事?それなら私はずっと前から決まってるから」
「へえ、なに?」
「ヘアメイクアーティスト。高校出たら専門学校に行って、それから下積みして将来アメリカでやりたいの。だから英会話は習ってるんだけどね。これが一番キツい。メイクの方は楽しいんだけど、大体自分の顔で練習するからどうしても派手になっちゃって、先生に注意されるんだけどね」
僕は頭を下げ「ごめん」と言った。
「何よいきなり」百瀬は驚き笑った。
「百瀬がそんな努力しているなんて知らなくて、本当にごめん」
「ああ、風俗嬢にでもなるつもりかーって言った事ね。あれは傷ついたなー」
「ごめん」
「どうしよっかなー」
「宿題写させてあげるからさ」
「そうね。じゃあメイクの練習相手になってよ」
「はあ?」
「あんた結構、中性的な顔してるからいけるよ」
「勘弁してくれよ」
「嫌よ」百瀬はおどけて笑った。
百瀬の感情豊かな表情に僕は楽しさ以外の気持ちを心に感じた。
「ねえ、ねえ、あれって不倫かなぁ?」
百瀬が指差す方には中年の男女が何やら口論をしていた。
僕は心臓が空気を抜かれたように締め付けられた。
「母さんだ・・・」
「えっ」
間違いなく母さんの後ろ姿だ。男の人の顔はここからではよく見えない。男の人は間違いなく浮気相手だ。もう離婚したから元浮気相手になるのか。父さんと違って、背が高く恰幅がいい。50代くらいだろうか。母さんとその男はあまり、いい雰囲気では無いようだ。
先に男の人が立ち、不機嫌そうに、伝票を取り、出口方面のこちらに向かって歩いてきた。僕は横目で、顔を確認した。怪訝な顔をしている。あまり利口そうではないなと思ったけれど、何より、父さんとまったく違うんだなと思った。
今度は母さんの方を見た。テーブルにふさぎ込んでいる。僕は母さんの弱弱しい丸まった背中を見ると衝動的に、母さんの所へ行こうと席を立ち上がった。
「やめなよ」と百瀬が言った。
「やめなよ。良い事無いよ。お互いもう少し時間おいた方がいいよ。また違う形で会った方がいいよ」
百瀬にそう言われ、僕らは静かに店を出る事にした。
「あまり、いい雰囲気じゃなかったね」百瀬は言った。
「渇愛・・・」
「なにそれ」
「帰って辞書で調べなよ」
「なんで今教えてくれないのさ」
僕は無視した。
「無視するなー」
人は、愛を求めて、さ迷う生き物なのだろう。けれど愛ってなんなのだろう。百瀬の顔を見てみる。不機嫌に桃色の唇を尖らせている。
僕は口角が緩むのを感じた。
「何笑ってるの?気持ち悪い」百瀬は言った。
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