水の巫女

第15話

 


 太陽が眩しい。僕はこの街の人口が一番多かった頃にできた、今は廃墟になっている大型スーパーの屋上にある給水塔の陰で、コンビニで買ったこの空よりさらに青いアイスを食べながら、ツクモの事を考えていた。ここは5年前に閉店になったのだが、再開発の目途が立たず、放置されている状態だった。勿論警備などなく、気休めのチェーンで封鎖されているだけなので、若者の溜まり場になっていた。僕もツクモとここで、天体観測や花火など、色々な事をした。 



 



「反対だよ。危険だ」



「志村は、いつもそう言う。大した事じゃないよ」



「君は、物事を軽く考えている」



「物事を重く考えたら、世界が四角になるからね」



「どういう事?」



「自分自身で世界を狭めているって事だよ。想像次第で宇宙人だって、地底人だって呼び寄せる事ができるんだよ。タイムマシーンだって作れる。つまらない固定概念は捨て去るべきだよ」



「でも、今回の話は残念ながら別だ。廃デパートの4階は、宇宙人でも、地底人でもなく、それよりも厄介な不良のテリトリーだよ。見つかったらどうなる事やら」



「不良が、なんだっていうんだよ」



「ツクモがいくら口が上手くても、非力な女子に変わりはないんだよ。結局人数と力には勝てないんだよ」



「キリストは非力だけど、世界を変えたよ」



「少なくても何百年とかかっているよ」



「やれやれ、でも気にならない?あの4階で何が行われているのか」



「精々ドラッグか、セックスだろ」



「こんな、匿名的なこの街にそんな異世界があるなんて志村だって興味あるだろ?覗いてみたい。私はものすごく覗いてみたいよ。死ぬほどにね」



 ツクモは、人生を楽しんでいるようで、実は物凄く渇いた心を持っていて、それを満たそうとするあまり、ブレーキがきかない時があった。



「わかったよ。わかった。ツクモは僕の安全なんて眼中にないって事はわかった」



「ごめんね。今度タイムマシーンに乗せてあげるから」



「はいはい、楽しみにしておくよ。で、今日やるのか?」



「一日だって待てないよ」



 ツクモは無垢な少年のような笑顔で言った。



 



 結局の所、4階へ侵入し覗いたものは、どこにでもあるような友達同士のただのトランプゲームの場で、それを見たあの時のツクモの顔ときたら、絶望と笑いが入り雑じった絶妙な顔だった。


 僕はそんなツクモの顔を思い出し、今どこで何をしているか、もしかしたらもう二度と会えない場所にいるのではないかと想像し、心が締め付けられた。


 僕は持っている四角いアイスを空に重ねて見た。



 ツクモが消えて、もう1カ月、ツクモの行方不明は新聞にも載った。けれど何の手掛かりもなく、時だけが経っている。もしかしたらこのまま、この青いアイスが空に溶けるように、誰の記憶からも、溶けて消えていくのかもしれない。



  



 廃墟を出て、僕は、あの火の玉が吸い込まれた木を目指し歩き始めた。旧街に入り、神社へと上がり、裏手にある池の前へと着くと、いつものように木は神聖さを携え、風に揺られ孤独に立っていた。 



 辺りは静かで、冷夏の風に揺られる木のざわめきしか聞こえなかった。



 その時ピチャンと水音がした。僕はビクリと身震いし、恐る恐る音がした方を見た。



 木の陰に、黒色の服を着た女の人が木の根を椅子にし、池に足先をつけていた。



 ぎょっとした。幽霊だ。ついに幽霊まで見えるようになってしまった。と凝視すると、幽霊はくるりとこちらを見た。どんなにおぞましい顔だろうと、身構え、いつでも逃げれるように半身になった所で気が付いた。幽霊の正体は上坂だった。



 



「私以外に人が来るとは思ってなかった」と上坂は驚き言った。



 僕はおそるおそる上坂に近づき「びっくりしたよ。俺も同じだ。俺以外に人がいるなんて思っていなかった。ついに幽霊が見えるようになったと思ったよ」と言った。



「・・・どうしてここに?」



「いや、この前久しぶりに来たら、思ったよりも綺麗な場所だったので、もう一度来たくなったんだ。上坂こそどうしてここに?」



「私の親戚が神社の神主なの。私も巫女をやったりするの」



 僕は驚いた。



「もしかして知らないの?この木が首くくりの木って言われているの」



「首くくりの木?呪いの木っていうのは聞いた事があるけど・・・」



「新街の人は知らない人が多いみたい。この木で自殺した人は一人や二人じゃない。みんなこの木は人の精神を狂わせて、最後には木で首を吊ることになるって言ってる。そしてその生き血を吸って木は大きくなる。だから誰もここには来たがらない」



「じゃあ、上坂も危ないじゃないか」



「私は狂わされたい」上坂は虚ろな表情で言った。



「なんでそんな事言うんだよ」



 僕は暗い地下へと続く階段を降りるように、だんだんと不安な気持ちになっていった。



「世界が四角に見えるから」


 一瞬上坂とツクモの輪郭が重なった気がした。


「志村君、また今度ここに来て」


 そう言って、上坂は立ち上がり、木の根本にあったサンダルを拾い上げ去っていった。僕は呆然とそれを見送った。


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