第14話
次の日、リビングには暗い顔をした父さんがいた。そして僕に精一杯の笑顔で「おはよう」といった。
「おはよう。あのさ。将来僕がさ、火の玉の研究をしたいって言ったらどう思う?」
「火の玉って幽霊の隣に浮かんでいるやつか?」
「そう、それ」
「なんでまた火の玉なんだよ」父さんは笑った。
「実は昨日見たんだ」
「どこで?」
「神社の裏手の池で、拳くらいの大きさかな。色は黄色と橙が複雑に混じったような感じだった」
「本当か。それで・・・、それを調べたいのか?」父さんは困ったように顔をしかめた。
「冗談だよ」僕はそう言って笑顔を作った。すると父さんは安心して「なんだよ」とはにかんだ。
「それはともかく、プラズマ現象というのがあってね。科学的に火の玉の事を解釈しているんだけど、それを研究するのも面白いかなって思うんだ。
「父さんは応援するよ。遠慮せずに私立の高校に行ったらいい。金銭面の心配はさせないつもりだ。食事の面はすまないが、当分コンビニ弁当ですませてくれ。落ち着いたら、できるだけ父さん作るから」
「父さん料理できるの?」
「カレーなら作れるんだけどな」
「インド人じゃないんだから毎日カレーはきついなあ。心配しないでいいよ。僕も出来るだけ手伝うから」
「ありがとう。本当に迷惑かける」
「仕方ないさ」
「それよりもうすぐ夏休みだな。夏休みに一度、田舎のおじいさんの所に行こうと思うんだ」と言った。
「2年振りだね」
「未来ちゃんにも会いたいだろう。もうお前より背が高くなったって話だぞ」
「俺はこれから伸びるんだよ」
「そっか、悪い悪い」
「俺、塾辞めようと思うんだ。家で勉強して進学校を目指すよ。この夏は少し家事手伝うよ」
「どうして?」父さんは驚き言った。
「なんだろうね。少し疲れたのかも。駄目かな?」
「いや、お前が決めたことならそうしなさい。塾には父さんが言っておくから。でも後悔しないかい?」
「しないよ。今まで、回りが見えていなかったような気がするんだ。だから少し休憩」
「少し、大人になったみたいだな。父さんも越えていきそうだ」
「父さん、寝室で寝なよ。あまりあそこに行きたくないかもしれないけど、ずっとソファーで寝てるだろ?疲れとれないよ」
「わかったよ」
「じゃあ、学校に行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
母さんの姿が思い出される。それはもうこちらを向いてはいなかった。
最後の塾が終わり、自転車で静まった街を駆け抜ける。
僕の街はベッドタウンという名の宿り木だ。夜は早く、7時にもなると人もまばらになり、コンビニでたむろし、溜飲を下げてる奴らがちらほらいるだけになる。駅から10分も自転車で飛ばせば、住宅以外何もない。
月明かりが雲に隠れる瞬間だけ、何かの気配を感じる。電柱が天まで聳えている。夏の風が街路樹の枝葉を使い、何かを警告している。街灯と街灯の間に何か潜んでいる。道の下に目に見えない世界がある。
夏の夜は胸がドキドキする。暫く感じていなかった感覚だ。以前は母さんが車で迎えに来てくれたので、まるでお菓子を取り上げられた子供みたいに、こういう感覚は味わえなかった。
僕はノンカルチャーな自分の街を、がむしゃらに自転車を漕ぎ、走り抜けた。ツクモのシニカルなしかめっ面や、百瀬の照れた顔、上坂の泣き顔や、母親の面影を置き去りにしながら。
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