火の気のない部屋
第11話
週が変わって月曜日の放課後「ラブホテルへ行こう」と百瀬がいつものように唐突に脈絡もなく言った。
「さよなら。また逢う日まで」と僕は帰り支度をしながら言った。
「何も、あんたとどうこうしようとする訳じゃないからね。何?勘違いしちゃった?思春期だからしょうがないよね」
「どうせ、ミツルさんと行こうと思った時に、何も知らないなんて、恥ずかしいし、少しでもイニチアティヴを取りたい。でも山下とかと行くとそのまま、やられそうだし、一見人畜無害な俺なら大丈夫だろうとそういう事だろ。思考回路がわかりやすくて反吐がでる」
「じゃあ、着替えて2時にあんたの家に集合」
「話聞いてた?」
「あんたの話は回りくどいし、ただの言い訳。あんたも興味くらいあるでしょ。それに私と行くだけでも、一生の思い出になるのよ。じゃあ2時に」百瀬は業務連絡のように言って、小走りに去っていった。
2時丁度に玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、細身のデニムにヒールの高い黒のサンダルを履き、白の七分の綿のシャツに銀のネックレスを着け、いつもより薄く化粧をした百瀬が立っていた。そのいつもより大人びた百瀬の姿に僕は素直に綺麗だと思った。
百瀬は僕をジロジロと見て「あんた何その格好。ジャージに眼鏡。どこからどう見ても、田舎の中学生じゃない」と言った。
「正真正銘無添加100%の田舎の中学生なんだから仕方がない」
「ちょっと入るわよ」
百瀬は、僕の部屋へと入るなりクローゼットを空け、一言ダサすぎと言って、ブルーのポロシャツとジーンズを出した。
「それでも着て行くわよ。それにしても、もう少し背があればいいんだけどな」と百瀬は僕の正面に立ち僕の頭を触った。百瀬から甘い匂いがして僕は少しドキリとした。
ラブホテルは街外れの高速道路のインターの近くに5軒程あった。ここから自転車で30分以上はかかる。
「インターまでちょっと遠くないか?」
「あのね。この街のホテルに行ってどうするのよ。もし知り合いに遭遇して、噂が広まったら私は自殺するからね?電車で、隣の県まで行くのよ」
「ちょっと待ってくれよ。それだと塾に遅れるよ」
「遅れたらいいじゃない」
「はあ?お前の好奇心と塾のどちらが大事だと思っているんだよ」
「好奇心のない勉強って意味あるの?」
僕は一瞬百瀬にツクモの姿を見て、ドキリとした。ツクモもいつもそんな屁理屈を言って、僕のペースに入ってくる。それがとても昔の事のように感じた。
「さ、行くわよ」百瀬はハイキングに行くかのように、晴れやかに言った。
2人で自転車で駅まで行き、電車ではお互い離れて座って、20分後、目的の駅で降りた。おあつらえ向きに駅前にホテル街があり、浮気には持ってこいだなと思った。
2人で性欲を刺激するピンクや赤に彩られたホテル街を歩き、百瀬は一件のホテルへとどうどうと入っていった。僕は呆気にとられながら、気後れしまいとそれに続いた。
「なあ、ミツルさんとは、最近どうなんだ?」
僕はキョロキョロと、部屋の中を見回し、アメニティなどを物色している百瀬に向かって言った。
「何?気になるの?」
「別に・・・」
百瀬は、次にベッドへと寝転がり、スプリングの状態を確認している。
「あんたこそどうなの葵とは。デートに行ったんでしょ?楽しかった?」
「気になるのか?」
「馬鹿。あんたが、暴言吐いて葵の事を傷つけてないか気になるだけよ。私は葵の事を応援しているの」
その言葉と裏腹に今日も二人でラブホテルに来ている。この矛盾に百瀬は気が付いていないのだろうか・・・。
「俺が暴言吐いたりするのは、お前だけだよ」
「なんで?」百瀬は体をくねらせ、ベッドの脇に突っ立っている僕の方を向き、訝しげな表情をした。
「なんでって・・・」
僕は言葉に詰まり上坂の言葉を思い出した。
『上辺の部分を言葉で剥がして、自分に近づけたいんじゃないかな』
僕は「もし、俺の言葉で傷ついているなら、すまないと思っている・・・」と恥ずかしさを押し込め、言葉を絞り出した。
「どうしたの?今日の志村変だよ。いつも悪口ばっかり言ってるのはお互い様じゃない。今日だってさ・・・、私の我儘聞いてもらって来てもらってさ・・・、結局あんたは・・・」
百瀬はいい淀み「なんだよ。調子狂うな。馬鹿」と言って、枕に顔を埋めた。
「百瀬・・・?」
百瀬はガバッと体を起こし「それよりさ、初めてのラブホテルの感想はどう?こんな美人の子と二人でいるのよ。こっちに来たら?まあ男未満のあんたには、何もできないでしょうけど」と半身になり、僕を誘う様に言った。
僕は百瀬に近づいた。すると、いきなり百瀬は起き上がり「ダメダメダメだ。ダメだ」と言った。
「どうした?」
「何を言ってるんだ。私は」そう言った百瀬の顔は熟れたリンゴのように紅潮していた。
「なにが?」
「いいから。もう帰らないと塾でしょ。ほら行くよ」と言って、鞄を持って部屋を出て行った。
いそいそと駅に向かい歩く百瀬は、壊れた蛇口のように早口で喋り続けた。
「まあ、いい勉強になったよ。あんたもそうでしょ?まああんたが言うように山下なんかと行くと、いきなり襲ってきそうだし、あんたが臆病でよかったよ。こんなに美人な私といても、平常心でいられるなんて、あんた中々やるわね。へたれ中のへたれっていうのかな」
喋り続ける百瀬の手を掴み僕は急いで、路地裏に引き寄せた。
「えっ、何・・・?」百瀬は目を丸くし、焦っている。
僕の心臓は音をたてて鼓動している。
「ごめん、帰ろう・・・」
「一体どうしたのよ?教師でもいたの?」
僕は黙り、駅へと歩き出した。百瀬は僕の背中に「何よ。何かあったの?」と言葉をぶつけてくるが、僕の頭には殆ど入ってこなかった。
何故なら、知らない男とホテルに入っていく母さんが見えたからだ。
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