9時限目 喫茶『ラプレス』
「ど、う、い、う、こ、と、で、す、かっっ!!!!!」
ずいずいと駆け寄り詰める私に圧倒されつつ、校長室から出てきた神藤先生は捕まえられて驚きの表情を見せている。
だが、そこに嫌気という感情はなさそうだ。
彼はやはり何かを企んでいそうな微笑を浮かべ、私の肩をポンと叩いた。
「まだ足りない」
「……?」
「来週戦ってやる。それまでに自分なりの答えを出してみろ」
彼は私へ課題を付け、さっさと脇を通り越して廊下を歩いていった。
私は呆然と立ち尽くしたまま、何も返すことができなかった。
◯●◯
「そんなこと言われたって! 分からないから聞いたのに答えれる訳ないじゃないですか!?」
「まぁまぁ、落ち着いて夏燐ちゃん」
「……っははは……」
その日の夕刻、私は鬱憤晴らしに咲さんと連絡を取り、例の喫茶店へ待ち合わせをしていた。
やはりこの時間帯は人がほぼ少なく、会話するにも居心地が良いので最高だ。
何より、カフェモカが美味である。
咲さんは以前同様仕事終わりか、スーツを若干着崩してゆったりモード。
店長さんは……何故だろう? 目の下にほんの少しだけ、隈が垣間見えた。
咲さんは美麗な所作からアイスティーをコトン、と置くと話を本題へ向けた。
「で、紙束の最後に奇っ怪な文……だっけ? あの弟も説明不足っていうのを知らないのか……全く」
すると、首を傾げた店長さんは思わず口を開けていた。何やらとても後ろめたいことがあるようだ。
私はモカをぐいっと飲むと、サービスで置かれたレモンケーキをフォークでちょこんと切る。
「さと──────その教師は、何か他には?」
「全くです。嘲るような文字だけで」
店長さんは少し考え伏した顔で、熟考後に苦笑いをしていた。
「いや……ないな……」とぶつくさとティーカップに口をつけて遠くを見ている。
……このレモンケーキ、美味しい。
するとすぐ、弾き出した問いを確認するように、店長さんはティーカップに口をつけかかる所で聞いてきた。
「でも、親御さんとの問題は解決したんだよね?」
「っはい。いきなりお父さんと戦うよう言われて凄く驚きましたけど……。結局危ない賭けでも渡りきっちゃうんですね、あのヒトって」
「まぁ……渡りきったのは────キミの努力だろうけどね」
「……?」
店長さんはティーカップの半分を残すと、黄色く半透明な炭酸のようなモノを取り出す。
明らかに見立ては酒類。というか本当に酒だった。
乗り気なのだろうか、客の私と話し込む気が満々に伝わってくる。店長さんは視線を咲さんへ向けたまま、私へ進言した。
「一度誰かと戦ってみたらどうだい? 何か掴めるかもしれないし」
「─────と、私に振るのはどうかと思うよ??」
「? ――――??」
状況が掴めず、対戦用のスマホを取り出すか否か迷ってる最中で、カウンター越しに二人は雑談を少々。咲さんは何やらスマホを見せてぶつぶつ。
その上店長さんは半分となったティーカップに酒を注ぎ、返答。
この人……仕事中なのでは? という思考を置き去りにして、話がついた咲さんは告げる。
「やっぱり、私よりもたっくんに相手してもらう形で決定~」
「はいはい……分かりましたよ」
「えっ? えぇ……?」
話についていけないまま、私は結局店長さんと戦うことになった。
店長さんは遠くで働いていた店員さんに少し話を説明した。少し愚図ついて半眼を向ける奥さんらしき店員さん。頭を撫でられて嬉しそうなのが遠目で見てとれる。かわいい。
戻ってきた店長さんは、気を取り直してティーカップを啜った。
「アーツあり、一般的なチェスで構わないかな?」
「は、はい! 大丈夫です」
緊張しい感覚はなく、店長さんもティーカップ片手に安い気分でゲームをしている。私が白で、店長さんは黒。
ゲームはすぐに始まった。
こちらの二手目が終わると同時に、アーツを仕掛けた。先日同様、フールズ・メイトをトレース。
「いきなり殺意的だね」
「これが一番手早いですから」
「……なるほど、此方自身のアーツだったら普通に即刻負けだったよ」
スマホ内で反転した白のキングを微笑気味に見て、まるで私のアーツを知っていたような表情の店長さんは自らのアーツを発言する。
「じゃあ、此方もアーツで」
「……? ─────っっ!!」
────瞬間、向こうがアーツの言葉を放つと、私が今、トレースした駒はたちまち元の色へ戻った。
咲さんは咲さんで私達の画面を見てけたけたと笑っている。
何が起きたのか分からない私は、ただ単に混乱していた。
「流石のアーツ。人の使うのも上手いねぇ」
「当人の使い方には負けますよ」
「な……何が」
次手を打つ前に真相究明にかかっている私を差し置いて、二人は飲み物を一口して一服。
ようやっと二人は微笑を隠しながら説明をしてくれた。
「あれねぇ、私の端末」
「えっ、な……」
「咲さんの端末、咲さんのアーツで戦ってるんだよ」
淡々と、詐欺まがいの説明は騙されている私に早くも全容を突きつける。
「たっくんのアーツはちょっと特殊でね~。というか弟に次ぐといってもいいくらいの壊れた能力なのさ」
「それを言うなら、咲さんのこそ」
「二人のアーツって……一体何なんですか?」
すぅっと息を吐くと、私はごくりと唾を飲む。軽々しく自分のアーツを曝すことは相手の理を生みかねない。そのため秘匿しても構わないのだが……二人は何の躊躇いもなく、発した。
「私のアーツは【キャンセル】。文字通り、一度だけ対象のモノを消せる。相手のアーツ効果も、ね」
「そして、此方の本当のアーツは、【収集】。ゲーム上の全情報を開示するっていう能力でね。WGS自体をゲームとして、携わる情報全てを閲覧することもできるんだ」
「【キャンセル】に……【収集】……!?」
私は手にしようとしていたカフェモカをつい震えて落としそうになる。
【対象系】において極々稀に存在する対象を消すアーツ。初見で何も知らずに戦えば確実に殺される。加えて【収集】という見たことも聞いたこともない内容もチート紛いのアーツ。
そしてそれを見越して、あらかじめ咲さんの持つアーツで戦いを受けたというのなら。この二人…………もしかしたら私はとんでもない人たちと知り合いになってしまったのかもしれない。
「本当にただの人達ですか……?」
「あの腐れた弟の近くにいるから障気に若干あてられたのかも……?」
「言えますね♪」
と、笑いながら応える二人。なお一人(しかも対戦相手)はアルコールまで入っている。
明らかにおかしい。
鼻唄を口ずさむノリで、私の打った手に続けて打つ。
「確かに……店長さんのアーツじゃ無理なのは分かりましたけど……あまりにも卑怯では?」
「大人気はないけども、殺意の籠りすぎた手を打つ年下に易々と負けるわけには、いかないからね」
「……っ」
殺意。
その言葉が頭に残り、何となく嫌な気持ちになった。
今、私の打っている手は、お父さんと戦ったときのような高揚感がない。
沈んだ表情の機微を汲み取ったのか、二人は怪訝な顔で私を見ていた。
「私の手って……どうですか?」
「……? どうとは?」
「なんというか……何か違う気がするんです。確かにプロの打つ手は嫌いなんですけど……先日のゲームで、打ち方は悪い気がしないなって思えて」
「…………ふむ」
ティーカップに唇をあてがい、数秒の間考え込む店長さん。咲さんを覗いたと思うと、咲さんもきょとんとした表情を作っていた。
どう思う? といった顔を向けられて、咲さんは眼を閉じて首を横に振った。
「此方としての所感は、面白くない。かな」
「面白くない……?」
「折り返して質問してみると分かるかな。
なんでキミは以前のオセロの勝負。アーツがありだったのにも関わらず、一手で片さなかったんだい?」
「っ、それは……」
咲さんとのオセロのゲーム。咲さんはアーツをありでゲームを仕掛けた。咲さんのアーツが分かっていなかったとは言え、私は初手で【リーチ】を使うことはなかった。確かに一手で終わらせてしまえば確実に勝てる。だが、なるほど。つまらないのも大いに頷ける。
何故か。
「なんで……ですか」
「キミの作った理由が、此方の思う正解だと思うよ。その教師の見合う正解かは、分からないけどね」
確かに……言われてみれば不思議な話である。あれだけ狂うほどに勝利を固執していた私がすぐに戦いを負えなかったのだ。
もしかしたら……そこに光明があるのだろうか。
「……ありがとうございます。何となくですけど、神藤先生の言いたいことが分かった気がします」
うんうん、と頷く咲さんは先程からじーっと店長さんの手元に置いてある酒を猫の目で見ている。
「終わるまで時間あるしー? ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「はぁ…………何言われても知りませんよ?」
「やったー!」とはしゃぎ、咲さんはアイスティーの注いであったグラスに酒を注ぐ。
結局、咲さんの端末である分帰れはしないのだ。
そして私の勝ちで終わるまでの間、咲さんは呑んだくれていた。
◯◯●
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