5時限目 姉、其れ即ち奇怪
「なっ……!?」
「聞こえなかった? アイツ、私の弟────」
「い、いや! 聞こえましたけど! わかりましたけど! 頭の理解が……!!」
「はい、次夏燐ちゃんの番だよ」
私の理解をやはり置き去りにして、あの教師にしてこのお姉さんは戦いを楽しんでいる。
酷く楽しそうに、興じてそうに。
そっちがその気なら、こっちだって!
「先生の差し金ですか?」
「んにゃ、違うよ」
「じゃあ何で」
「勘ぐるよりかは楽しもうよ、私久々のゲームなんだ~♪」
と、悠長とばかりにただ画面に唸り、したり顔をし、感情表現豊かにゲームをする咲さん。年上とは思えないほどに愛らしく見ていて飽きないような人だ。
「アーツは使わないんですか?」
「あー、ダメダメ。私使いこなせないからさ~」
「そんな人も居るんですね……」
そう思うと、神藤先生もアーツを使っている姿を見ていない。まぁ、世界的に有名な人間なのだから【
チェスとは違いオセロはすぐに決着のつきやすいため、差して経たないだろう時間で結果は見えた。
「ありゃ、負けちゃったか~」
「とーぜんです。私だって、伊達にゲームをやってる訳じゃないんですよ♪」
「ふふ~ん♪ 笑ってる顔もかぁわいい~♪」
「……っ!! み、見ないでください!」
気づけば、自分でも分かるほどに口端が上がり喜びを隠せないでいる。
咲さんは負けたのにも関わらず微笑んでいて、私は勝ったのにも関わらず達成感という鎖は締め付けない。
咲さんを見ると、にっこりとしながら私へ疑問符を向けていた。まるでノルマを達成したような満足顔で。
「ゲーム、楽しい?」
「────はい!」
「それは良かった! 私も楽しかったよ♪」
「すみません。相談にのってもらっただけじゃなくて、ゲームまで」
「それは私がしたかったからいいの。あ、そうだ! アドレス交換しない!?」
私はやはり乗せられるがまま、咲さんとアドレスを交換した。
咲さんは終始満足そうだ。私はふと時計を見ると、あまりの時間の経過に驚いた。
急いで荷物の支度をして席を発つ。わずかに膝の痛みがするも、ポーカーフェイスで周囲の迷惑をかけないように取り繕った。
「っ早く帰らないと!」
「? 何かあるの?」
「いや、特段大したことはないんですいけど……」
「まぁ、付き合わせてごめんね。送ってくよ」
「ありがとうございます! けど大丈夫ですから! では!」
「またのお越しをお待ちしております♪」
私は咲さん達を置き去りにしてすぐさま出た。彼女等はきょとんとした顔をしつつも、私を引き留めず見送った。
モカ、残しちゃったな……。店長さんに悪いことしちゃった。
けど、早く帰らないと……―――――。
「夏燐ちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫ですよ、
「……だね♪」
●◯●
空虚に、奈落に落ちるように。
憮然と。見上げる光は黒く閉じ、私を石のようにかためた。
やはり私は、変われない。
●●◯
「さて、と」
「たっだいま~」
ドアをガチャリと開く音がすると同時に、甲高い愚姉の声が耳へ到達してくる。
俺は既に料理を作り終えていて、あとはこの姉貴が来るのを待っていた状態だった。
ちゃんとした初仕事だったので今夜はいつもよりちょっとだけ副菜の数を多くしている。
「おおぉ! さっすが私の弟」
「それより早く手ぇ洗え。飯がまずくなる」
「はいはーい」
姉が椅子に着き、飯を摘まみ始める。俺はテレビをつけて箸をとった。
すると姉は思い立ったように俺へ箸を向けた。
「そうそう、さっき紅葉の生徒にあったよ」
「? あぁ、だから遅れたのか」
「そんなことより。その娘ねぇ、アンタの授業とってて、アンタに酷くあしらわれたんだって」
「あー? あー……。あー!」
俺はテレビを見つつ、生返事。今日の味付けも問題ないな。
対面でむすっとした表情の姉は「これだから……」と言わんばかりの深い溜め息で夕飯を口に運んだ。
「知。可愛い娘にはちゃんと指導しないと」
「わーってる。アレは珍しく見込みのありそうな奴だ。あのクラスじゃ一番に足掛かりをつけたいしな」
「へぇ~。中々やる気じゃん」
「無理ゲーを攻略するのが面白ぇんだよ」
「うっわキッモ」
「うるせっ」
実際、鬼灯を足掛かりにするというのは無理からぬことだろう。
─────ふと、携帯から着信音。音からして俺のメール。普通なら後でも良さそうではあるが、一応の可能性がある限り開かなければならない。
飯を通す喉をご健在にするためにも、な。
メールの送り主を見て、悪い予感は的中するのだと己の勘を叩きたくなる。
『件名:『早く来ること!』
二週間も遅れてるってどういうこと?
定期検診くらい忘れないで。
あなたは特別なんだからこっちにも責任があるんです。
早く来て頂戴。
矢嶋満弦』
中々に棘と圧のある主治医さん。ある意味で身の危険を感じますとも。えぇ。
そんな俺の渋った顔を見るなり、姉は得心顔で口角を上げ、夕飯のおかずの大半を奪っていった。
「世界は非情だ……」
「世の男性はそのくらい我慢するのが当然よ」
「当然じゃねぇっ!」
そんな問答を繰り返した翌日。
何の凶兆もなく授業は始まるだろうと俺は思っていた。
何気なく。また、眈々と。
だがそれは既に消えていて、
「……? 夏燐はどうした?」
ふと、何気無い違和感を覚え、そして生徒の一人が応える。
「? 休みですよ」
だが、彼女はそれ以降、俺の前に現れることはなかった。
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