4時限目 盤上人

「どうしていっつも……」


 唐突だが、私はゲームが得意だと思っていた。


 WGSというものが話題になり、私もそのゲームで遊んだ。


 チェスでの私は全国で今一の成果だったが、それでも上位に君臨するほどの実力を誇ってきた。WGSの中でもそれは変わることはなかった。


「あの人達は……」


 だがしかし、現実とは往々にして思い通りの結果にはならない。


 プロゲーマーというものは私達一般人を淘汰し首位の座をもぎ取ろうと奮戦をする。

 そして当時、それでも相当上位に食い込んでいた私はとあるプロゲーマーに対戦を申し込まれた。


『凪……? なんか面白そうな人』


 その時の私はこんな気持ちになるとは思いもよらなかったのだろう。


 結果は惨敗だった。


 私よりも早く、私よりも正確で、私の全てを否定するような完全に相手が終始優勢のゲームに、私は遊ぶことの面白さを失いかけそうになるほどだった。

 なんとか持ちこたえたが、その時の惜敗ぶりは今でも鮮明に覚えている。


「っっ……あれさえなければ……」



 私は彼に再戦を持ちかけようとした。が、その相手は既にチェスに興味を持たず、適当な別のゲームに没頭。

 私は変えようのない順位の格差をつきつけられたまま、雪辱だけを晴らすためにゲームをし続けた。あの時の気持ちを忘れないために。


 その時、『遊戯』の授業というものが現れた。


「あーぁ……嫌だなぁ……」


 鼻につく喋り方で、プロゲーマーと聞くだけで脳裏に嫌な記憶が雪のように降り積もる。

 さらさらと思い出していく。溶けない割に。

 だからつい、言ってしまった。


『先生、私のために負けてください』


 彼は鼻で笑うと、二つ返事で了承した。


 そして


「なーんか……もう色々面倒だなぁ……」


 先生を倒せば、なんとかなるかと思った。

 先生より上に立てば、もっと心変わりできるのではないかと思った。

 端的にでもあったし、今はっきりと分かったから良かったけど。


 ふと、先生の授業で聞いた言葉を思い出す。


『フールズメイトっていってな。二手で終わるゲームがある。真摯に従った人間が、阿呆を見る悪手だ。割を食うこともあるし騙されることもある。はっきり言ってこの打ち方で勝つ奴も負ける奴も能天気以上に例える言葉が見つからない』


 今思えば、あれは私のことを指していたのだろうか。そんなことを考える頭すら、朦朧としてきている。


「ん~……もう……いいや……」



 車道の真ん中で、立つ。

 ぼーっとしていると、当然車は走ってくる。

 見通しの悪いカーブだ。急ブレーキをかけたとしても致命傷は免れない。


 クラクションの音が聞こえる。

 私はふと、口端を上げてしまった。


 もう、意味のないことなんだから。


 もう全て終われることなんだから。





 ドサッと、鞄がタイヤ痕の真横に落ちる。




「─────っぶな~間一髪ぅ」

「ぇ……?」

「大丈夫? ケガない?」

「へ……あ……はい……」



 気が付くと、私は女性に抱え込まれるように歩道に倒されている。

 どうやら私は生きたようだった。

 思わず女性への返事を忘れてしまう。


「って、よく見たら膝擦りむいてるじゃん! ちゃんと治さないと!」

「え、あの。大丈夫ですから……私」

「駄目! すぐに病気になっちゃうよ!?」


 彼女は花柄のハンカチを取り出して、何の迷いもなく私の怪我をした膝へ優しく触れる。

 見たところ二十歳後半のOLだろう。歩道へ倒れた結果服は汚れている。だけどそんなコトなど気にもかけていない。眼鏡をかけていて、いかにもデキる女性の像に似ていた割に。


「あー言い忘れてた。私の名前、咲。葛城くずしろ咲ね」

「わ、私……鬼灯、夏燐です」

「夏燐ちゃんね。とりあえずおぶるから、近くの治してもらえるところに行こ?」

「っっ」


 乗せられるがままに、私は彼女の背で持ち上げられていた。


 ●◯○


「いらっしゃ─────咲さん!?」

「たっくん! この娘ケガしてるの! 救急箱ある!?」

「ちょっと待っててください!」


 彼女────葛城さんが入ったのはとある喫茶店。夕方なのかお店は人が少なく、葛城さんは店長さんと顔見知りのようだ。


 女性の店員さんが救急箱を持ってくると、私はカウンターの椅子に座らせられ、丁寧に処置を施された。


「この様子じゃしばらくここで回復を待った方が良さそうだね……」

「三十分から一時間したら大丈夫そう?」

「だね」

「あ、あのっ」


 膝の傷のせいか不用意に動けない。

 渋った表情をしていると、葛城さんは不意に隣に座り安堵した表情を灯す。


「ありがとうございます……葛城さん」

「咲でいいよ。ふ~良かったぁ……。いきなり目の前で轢かれそうになってるからびっくりしちゃったよ~」


 一息つくために店長さんへメニューから二つ飲み物を注文した。いかにも優しそうな店員さんは同年代そうにも関わらずあの先生とは大違いだ。


「モカならいける?」

「はい、大丈夫ですけど……。私お金が」

「そんなの大丈夫大丈夫! こんなことあった後だしおごるよ」

「い、いやいやいいです! お気持ちだけで結構です!」

「なら、モカは無料にしておこう」


 店長さんまで気前よく承諾してしまい、為されるがままに事を運ばれていく。

 なんなんだろう、この人達は……。

 すると店長さんは、作業をしながら口を開ける。


「その制服、紅葉くれはのだよね」

「え!? そうなの!?」

「はい……そうですけど……」

「なにがあったのか、聞いてもいいかな?」


 にっこりと、何か透き通ったような眼で微笑む店長さんは夕暮れの窓を眺めつつ傾聴しようとしている。いや、どちらかというと「透き通った」よりも「透き通した」の方が正解には近い。

 隣の咲さんまでも聞く気は満々でにんまりとしている。


「実は……」










「うっわその教師ないわー」

「ですよねぇ! 私の雪辱戦くらいに少しは助力してもらってもよくないですか!?」

「はっはっは……」


 モカと咲さんの頼んだカフェオレが届くと、半分酔っ払ったかのように私はつらつらと述べてしまった。

 咲さんはとても楽しそうに聞いてくれている。

 店長さんは……何だろう。咲さんをたまにチラッと見ては冷や汗? を垂らしているようだった。けど、私の調子に合わせてくれているようで、静かに話を聞いてくれている。


 すると咲さんは少し考えた様子で私に提案をした。


「なら、ちょっと私とってみない? 対戦内容はこっちで決めるね」

「!? さ、咲さんと!?」

「私だって昔は弟にも勝ってたんだよ~」

「弟って…………誰か分かんないんですけど」

「ふふ~ん♪ 知ってるハズだよ~♪」

「……??」「全く……咲さんは……」


 店長さんは頭を痛めたように額に手をやり、周囲に客がいないことを確認して自分の飲み物も淹れだした。

 弟……? 一体──────いや、まさかっ!!

 そんなコトない、あるハズがない!!

 けれど、事実は往々にして収まってしまう。


 気付いた瞬間には逃げ出せない。オセロゲームの申請承諾の音が耳朶を打つ。

 優しく苦笑いをする店長さんは珈琲を手に、私へ告げた。


「知────君の言っていた教師って言うのはね」

「私の弟だよ♪」

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