3時限目 最初の相手

「先生、私のために負けてください」


赤髪のその少女は、俺へ向けてそう口火を切った。


 ○●○


「よし、今日からは本格的に授業を始めていこうと思う。当面の目標はランキング一〇〇位圏内にしようか」


 まずは初対面も多いだろうこの教室内で戦わせていくのが一番だ。という考えのもと、俺は互いにコミュニケーションを取らせるようにした。

 こうすれば、競争本能も上がり一石二鳥だろう。


 現実社会に投影されているというのは言い得て妙だが、俺はこんな競争社会だけで人生の経験を語れるのが一番適当で順当だと思う。

 と、雑念さておき。


「で、まずやるのは前に言っていた通り────ボードゲームだ」


 ボードゲーム。読んで字のごとく盤上の駒を動かし遊ぶゲームのことだ。有名な種類といえばチェス、オセロ、将棋といった類だろう。先日行ったチェスで大抵の強さは把握済みである。レベルの同等な相手を差し向けて戦わせるには造作もなかった。


「ここでは、アーツ込みの戦術を先に教える」


 まずもって自身のアーツの使い方を知らない人間がいる可能性もある。折角の起死回生の切り札を知らないだけでゴミになるなんて宝の持ち腐れだ。

黒板に大別したアーツの種類を列挙し、それぞれに当てはまるものを意識させる。


「アーツは主に『対象系』、『状況系』、『特殊系』に分けられる。

『対象系』は言わばモノに関与するアーツだ。ボードゲームで言うならば駒や打ち数の増加、減少。これは自他ともに対象とできる。それに対して『状況系』。盤上の全てに起因するアーツであり、【同調】は駒数を同一にしたり、【フェイク】では相手の視認阻害を意図的に発生させ、死角を突いて文字通り盤面をひっくり返す諸刃の剣になる。それぞれの使い方は各個人の解釈の仕方に起因して…………――――――」 


引き続き説明を施しながら、ゲームの開始を促す。


「苦手なヤツもいるだろうが俺が適宜アドバイスをしていく。また、もし俺に勝つ自信があるヤツがいるのなら再戦してもいい。ただしその後のペナルティは覚悟しとけ」

「うわぁ……」「流石独身彼女なし……」「言うことがちげぇぜ……」


 これでいくらか牽制にはなるだろう。無駄に生徒と戦って時間を浪費してリスクを上げるなんてことをしなくて良くなる。それはそれとして誰だ真ん中の発言したヤツ。

 どんよりとした顔を俺に向けつつも、さっさと切り替えて生徒達は早々とゲームを始めていった。


「(あとは五分待つだけか……)」


 俺は観戦モードでいくらでも見物をし放題ではあるが、正直ゲーム自体をサボるようならこのクラスには入ってないだろう。


「鳴上、今のキャスリングは悪手だ。お前のアーツならもっと上手く使いこなせるはずだぞ」

「は、はいっす!」

「風岡と舘石、お前ら対称に動かしてるのわざとか。仲良すぎだろ」

「「違います! コイツが! ────」」

「橘、攻めすぎだ。周りをよく見ないと取られるぞ。それからそこの馬鹿─────」



 そうして俺はどんどんと寸分違わずリアルタイムで一〇個の盤に対し指摘を出していく。

 そしてちょうどゲームが始まり五分経つ直前に、一つのゲーム終了チェックメイトが室内に響き渡った。



「────ギリギリだな」

「御託はいいですから。先生、勝負を申し込みます」

「……いいぜ、受けてたってやるよ。鬼灯ほおずき夏燐かりん


 席から離れツカツカと俺の元へ歩み寄ってくる赤髪の少女は、深紅の瞳と共に冷徹な闘志を燃やしていた。



 ◯●●



「ルールはさっきの説明通り、アーツ有りの平面チェス。持ち時間は指定なしでいいか」

「構いません。早く始めましょう」

「キレんなよ、死に急ぎか?」

「っっ」


 チッ、と舌を打つ鬼灯。眉間に皺を寄せ、紅い眼光を俺へ貫くように向ける彼女は、手早く対戦の申請をした。

 俺は快く承諾し、全生徒へ画面共有。

 エレクトロな青背景を基に、八×八の格子付き正方形が出現した。黒白こくびゃくのマスが塗られていき、駒が出現する。


「今から俺は鬼灯と対局する。ただし指示出し、指摘等は変わらずしていくつもりだから注意しろよ」

「やべぇ飛び越えて馬鹿か……」「いや、でもあの先生ならやりかねん」「控えめに言って化けモノ……」


 生徒達の感嘆を無視し、鬼灯は俺に向かい言葉を吐き捨てた。


「負けたら一位の称号。チェスだけでもさせてもらいますよ」

「喜んで渡してやるとも。むしろ俺にとっては喜ばしい限りさ」

「余裕そうで何よりです」


 二言目は本心ではあるが、当人は気付いてなさそうだ。

 そして俺は白のポーンを前へ動かした。

 それを合図に目前の彼女は脇目も振らずに黒のポーンを出す。

 幕の開けた勝負を眺めつつ、俺はどんどんと他の生徒への指示だしをしていった。



 簡潔に言うと、鬼灯夏燐は攻勢タイプの人間だった。五手と経たずに俺をチェックしクイーンとルークを恐れもなく移動させていく。それもそのはずである。


「アーツ……【トレース】だな。駒と駒の位置替えか」

「慧眼ですね。ですが、知ったところで盤上のゲームでは対処のしようがない」

「ハッ、そうだったら面白いな」


 【トレース】……なんの変哲もない、対象と対象を交換するアーツだ。ポーンが居たところにクイーンが存在し、ビショップの場所がナイトに変わる。

 とても簡単な効果だけれど、十全な対処にはやはり時間を割いてしまうのが一般的だ。だが、防戦一方ながらに逆転の一手を模索する。

 それを繰り返すこと数度。じれったくなったのか鬼灯夏燐は口を開けた。


「さっさと敗けを認めてください」

「ハッ。情で敗けたことなんざ一度もねぇんだよ」


 嘲る。

 その言葉を皮切りに、俺は盤面へ向けていた視線を鬼灯の顔へ移す。相も変わらず余裕のない表情。優勢であるというのに、まるで負けるのが怖いような、まるで何かに怯えているかのような。それがこの盤面に対してのことなのかは分からないが、兎にも角にもこんな雑念に駆られた相手に勝利を譲るなんて俺の中では塵ほども存在しなかった。

 図らずも冷えた視線を送ってしまう。それすらも彼女は気づかないほど。


 俺は一転して涼しげな表情で、キングをチェックから外した。

 鬼灯のターンにおいて、またもキングにチェックがかかる。

 ───────その時だった。


「っ……」

「ぬかったな。クイーン一つで負けを勧告するつもりはないんだが、何分相手が悪かった」

「もう勝った気ですか? 大した余裕で……っ!」


 俺のアーツの効果で、鬼灯のクイーンを奪う。

 ふとした欠落で要が失くなった瞬間、圧倒的な攻勢はすぐに崩れた。【トレース】の悪いところは位置替えである元の駒がなくなってしまっては意味がないということだ。夏燐は、なんとしてでも敗けを認めない頑とした意志が伺えた。

 思わず鼻で笑ってしまうと、酷く睨み付けた仕草で俺を一瞥する。


「(いつもそうやってあなた達は…………)」

「…………?」

「早くしないと、持ち時間がなくなりますよ」

「っと、言われるまでもない」


 ちらほらと他の生徒達も投了していっているようだ。時間としては申し分なく、鬼灯を煽った。


「チェック」

「───────!」


 だが、彼女は諦めない。

 鬼灯は即席で壁を作ると、すぐ後に、自身が仕出かしたことに気付いた。

 それを気付くには三手遅く――――――


「言ったろ。相手が悪かったって」

「ッ…………‼」


 スマートで、遊戯に相応しい完封勝利。

 片や、残酷で、非情で、有無を言わせぬ圧殺的勝利。

 途中から鬼灯の動きを計算する。あたかも夏燐が勝てるように思わせて、表情戦況締めまで全てが術中にあったと。

 

 黄色い歓声。ただ俺の劣勢な状況からの巻き返しに息を呑む生徒達はちらほら存在した。

 彼女鬼灯はただ、膝から崩れ落ちそうな震える脚を止めようと唇を噛んでいた。



 まさかこれが、全ての元凶になるとは今の俺には知る由もなかった。

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