13歳14歳・訓練の日々
あの日、父を選んでから、私の生活は一変した。
「姫様!教典を詠む時はもっと感情豊かに!」
「…はい、申し訳ありません…」
教団学校に入れとしつこく言ってくる母と王族と侯爵家を黙らせるため、表面上は淡々と準備し、入学の時期に原因不明の高熱を偽り、手続きをしなかった。
もちろん来年入学しろとか、例外で編入しろとか言ってきたけれど、皇太子の婚約者が1年遅れや特別扱いは外聞が悪いと言い張って逃れ…お互いの落としどころが「王族の家庭教師をつける」だった。
王族の家庭教師ということは、どっぷり教団に染まっているということで…。
「創造主様は、この世界に平和と安寧をもたらすため、私たちに魔力を与えて下さいました。特に貴い血には強い魔力が宿り、私たち下々の者とは異なる次元の存在なのです」
あらあら、王族は特別ってやつね。
「本来は王族の力で魔物など一掃出来るのですが、騎士の仕事を奪う訳にはいかないと、お情けで残しているのですよ」
…また騎士団を貶めてますわ、この人。
ほんと毎回飽きないわね…。
このローベルト王国は北が魔物の国と接しており、時々国境を越えて来る魔物がいるため、騎士団が常に見張り討伐している。
むしろ騎士団がいなければ、国境付近の村はとっくに壊滅しているはずなのに。
そんな事は、この王都に住む子供ですら知っている。
「創造主様は全能であります。創造主様を信じ、崇めている我々も、創造主様に護られているのです。さあ、心を込めて教典を詠みましょう」
…怪しまれないように、全力で演じましょうか。
---
「はぁ~、今日も疲れた…」
「お疲れ様です、お嬢様」
彼女は私の侍女のリリア。
父の部下の男爵が送り込んできた令嬢なのだけれど、彼女も反乱軍の一員だ。
ぱっと見は小柄で儚げな美少女なのに、エルフの血を引いていて、20歳で暗殺部隊所属だそうよ?ちょっと怖いわね。
「明日からは魔術の勉強に戻りますから、今日はしっかり休んで下さいね」
対外的に教団の教師しか呼べないので、彼女は私の秘密の実技教師でもある。少し明るい緑の髪が、私と同じ風属性である事を示しているわ。
「もしかすると今晩、キース様がお帰りになるかも知れません。呼び出しに応えられますよう、夜着は寝る前までお待ち下さい」
「お兄様が戻られるの!?」
次男のキースは教団学校に入り、王族に従順…と見せかけ、反乱軍のスパイとして潜り込んでいる。
王族にはこちらの内情を探ってこいと命令されているみたいで、所謂二重スパイってやつね。
私には絶対無理だから、本当に尊敬する。
「何か動きがあるのかしら…?」
「そうかもしれませんね。教団もここ最近は大人しかったので、平和でしたが…」
王族と教団は、魔物を倒し名声を上げる騎士団を良く思っていないので、結託して様々な事件を自作自演してきた過去があるの。
「王族が魔術で助けてくれた」という実際に目撃させる方法から「教団を信じていたから助かった」という出所のない眉唾な物まで、あの手この手で噂を広めようとするので頭が痛い。
国民も、大半は教団に不信感を抱いているものの、王族が絡むと不敬罪と見なされるから、表だって反発出来ない。
「お兄様も、堂々と帰って来れるようになればいいのに…」
「二重スパイを装っているとは言え、教団の中にはこの家と関わる事を良く思っていない連中がいますからね。帰る事を隠せるならその方がいいのですよ」
「お兄様の安全の為なら、仕方ないわね…」
リリアが下がったので、一応の婚約者である皇太子に手紙を書く事にした。
本当は書く内容なんて全くないけれど「皇太子様の計らいで家庭教師を付けていただいている」ので、定期的に感謝の手紙を書かなければいけない。
でないと、あの家庭教師から回りくどくネチネチとした嫌味を言われ続けるのよ。本当に嫌だわ。
手紙を渡したという事実が重要なのであって、内容なんて関係ない。
とは言え、誰に検閲されているか分からないので、いつもと同じく当たり障りのない内容にしておく。
時世の挨拶に始まり、教団の素晴らしさ、家庭教師の優秀さ、その家庭教師を付けて下さった事への感謝、学校に行けなかったお詫びの言葉を書けば、完璧な手紙の完成ね。
一応最後に「お慕いしております。いつかお会い出来る日を心待ちにしております」と、心無い言葉もつけておく。
「皇太子…ねぇ。こんな腐った王国を譲られて、どうする気なのかしら?」
不思議な事に、皇太子の噂を全く聞かないの。
弟王子の良くない噂は山程聞くのに。
…何を考えてるのか全く分からない。手紙すら返ってきた事がない。
私からはこんなに書いてるのに理不尽だ!と思いながら蜜蝋で封をする。
反乱軍の存在を隠すため、私は従順な振りを続けるのよ。
---
「お兄様!お帰りなさい!」
「ただいま、シルフィー!また綺麗になったんじゃないか?」
「お兄様が中々帰ってきて下さらないからですわ!わたくし、13歳になりましたのよ?」
そう言ってクルリと回る。
今は成長期を迎えた13歳。最近身長もめきめきと伸び、肉付きも大人に向かいつつある。
「2人共、嬉しいのは分かるが座りなさい。時間がないんだ」
「…お兄様、もう行かれますの?」
「ああ、今日は連絡に帰っただけなんだ。教団の宿舎を抜け出して来たから、早く戻らないと…」
嬉しい気持ちが萎んでいく。
「…こんなこと、しなくてもいい国になれば…」
「そのために今、頑張ろう…な?」
キースが私の頭をポンポンと叩き、父の前に座る。
私もそれに続いた。
「父上、第二王子が教団の連中と結託し、何か企んでいます。詳細は調査中ですが、今回は噂をばらまくだけでなく、実際に行動するのは確実です」
リリアの言ってた通りだ…!
父が腕を組み、低く唸る。
「うむ…。最近直接的な動きはなかったからな。何か水面下で用意はしていると思っていたが…」
「人的被害がないものならいいのですが…」
過去に、教団が山道を落石で塞ぎ、それを"たまたま"通りかかった王族が魔術で処理する、という自作自演を行った。
が、その時運悪く旅人が巻き込まれ、帰らぬ人となったのだ。
「とりあえず、今は情報を集めつつ、街の警備も厳重にしておくしかないな。キースは探れる範囲で教団を探れ。くれぐれも無茶はするなよ」
「もちろんです。教団に入り込んでいる仲間達と手分けし、色々な角度から探ってみます」
そう言って立ち上がり…
「あ!忘れるところでした。シルフィーはまだ会議には出ないのでしょうか?」
「会議?何でしょう?」
「反乱軍の方針や王家の対処を考える会議を、不定期で開いているんだ。本当なら成人した15歳以上しか参加出来ないが、シルフィーは中心である父上の娘だからね、参加して欲しいって声が多いんだよ」
そんな会議があったのね。父が出ている事も知らなかったから、家族にも極秘で行われていたのでしょう。
もちろんそんな現場を教団に見付かったら、全員不敬罪で牢獄行きだしね。
「…シルフィーナにはまだ早い。あれは成人し、自己責任で集まる場所だ。…捕まった後の処罰を忘れるな」
威圧感のある重い声が発せられる。
キースも身が引き締まったようだ。
「…出過ぎた真似を、失礼しました」
「分かればいい。また進展があれば文書で伝えろ」
失礼します、とキースは固い表情で出て行った。
次に会えるのはいつになるかしら…。
「と、言うことだ。シルフィーナも2年後には出てもらう事になる。それまでにしっかりリリアから技を習え。実戦に耐え得る力をつけろ」
「はい、お父様」
この国の平和の為に。背筋が伸びる思いだ。
「リリア、全て聞いていたか」
「はい、ここに」
侍女のリリアが天井から降りてきた!
いつ見てもビックリする…のだけれど、これが彼女の本職なのよね。
「シルフィーナ、リリアは今から2日程任務に当たらせる。その間、自己研鑽するように」
「はい、分かりました。リリア、気をつけてね?」
「もちろんです、お嬢様」
リリアは微笑むと父に向き直った。
任務の話をするのでしょう。
私も早くお父様に頼られたい、と、強く思った。
---
「お嬢様!もっと強い風をイメージして!」
現在、リリアが先生になって魔術の特訓中。
侍女の時は優しいリリアだけど、魔術に関してはスパルタなのよね。
「無理よ!そんな強い風、掌の中だけで作れないわ…!」
リリアが私にやらせようとしてるのが「風の暴壁」という魔術。
掌に魔力を流し、暴風をイメージして風を作り、壁状に伸ばすというもので、展開時間は通常で約5分。
これが1枚なら盾の代わりに、4枚作って自分の周りを囲えば完璧な安全地帯になるし、防音効果もバッチリ!という優れもの。
なのだけれど…
「そんな弱い風じゃあ、盾になりませんわよ!」
「だって、そんな密度の濃い風、体験した事ないんだもの…!」
思わず泣き言を言ってしまう。
魔術を使う時は、魔方陣を書いたり呪文を唱えたりせず、自分のイメージで魔力を操る。
だから色々な経験をしていたり、想像力が豊かな方がたくさんの種類の魔術を使えるの。
そして上級者はオリジナルの魔術を沢山持っているのですって…!カッコいい!
「お嬢様は魔力が豊富に有るのですから、もっと魔力を注いで下さい!」
「だめ、暴走しちゃうわ…!」
魔術を使う上で重要なのが、能力と魔力の量。
これはもちろん個人差があって、よく器と湧き水に例えられるの。
大きな器は強い魔術が使える証。一般的に「能力が高い」と言われる人々。
それに入ってる水が魔力となるが、この水、器の大きさに関係なく湧くのが厄介なのよ。
大きな器にちょっとの水の人もいれば、
小さい器に溢れている人もいる。
この「器に入っている水」までのラインが使える魔術で、
大きい器の人は魔力さえ溜まれば強い魔術が使るけど、
小さい器の人はどれだけ魔力を溜めても、その器より強い魔術は使えない。
こればかりは持って生まれた「能力」ということね。
さらに湧き水と称した魔力も、個人によって湧く量が全く違うので、空になっても次の日には満タンに戻る人、自分の湧きだけではそもそも器の満タンまで溜まらない人、様々なの。
またこの魔力は「魔道具」という生活用品を使うときに消費するので、普通の人は1日生活をするだけで湧いた魔力がなくなってしまうのですって。
だから魔術を使えるぐらい魔力が豊富な人の方が珍しいし、そういう人は騎士団か教団に入るのよ。
そして私は、器も大きくて毎日の湧き水も多い、かなり恵まれた体質と言うことなの!
「こうなったら…ヤケクソよ…!」
掌に残っている魔力をガンガン注ぎ込んで…
気付けば、庭師が綺麗にしてくれていた中庭が、見るも無惨な姿になっていました…。
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何とか魔術が様になってきた14歳。
本格的な始動まであと1年となった。
去年第二王子が企てた陰謀も、リリア達隠密組が事前に計画を入手し、事なきを得た。
因みに内容は「王都に魔物を放ち、住民がケガをしたところで王子が助けに入る」というありえない物だったのよ…。
困ったことに、教団と、魔物を捕まえて密売している組織が繋がっていた事が判明したの。
このテの組織は、前から湧いては騎士団に潰され…を繰り返していて、なぜ何度捕らえても潰えないのか?と不思議に思われていた件なので、バックに教団がいるならそれも納得ね。
とにかく、北の国境から遠い王都に魔物が出るとパニックになることは間違いないので、いち早く魔物が捕らえられている現場を押さえた。
結果捕まえたのが、教団に金で雇われたゴロツキだけに終わったけれど、事前に止めることが出来て良かったわ。
「王家?教団?どちらが指揮してるのか知らないけれど、よくもこんな陳腐な事を思いつくわね…」
「ええ、子供が考えた絵空事レベルの話ですわ」
リリアに聞いて構わない範囲の結末を教えて貰いながら、庭のガゼボで2人でお茶中だ。
主人と侍女が一緒の席に着く事はあり得ないが、ここでは魔術の先生と生徒。
お昼の為にいちいち屋敷へ戻るのも面倒なので、料理長にランチを作ってもらい、ここで食べるのが日課となっているの。
今日は野菜たっぷりのサンドイッチ。
デザート用のフルーツサンドの甘さが、疲れた体に染み渡る。
料理長、ナイスチョイス。
「そして、その計画が潰されてお怒りの王子が、また何か企てているようなのですが…。今度は相手もかなり慎重で、中々尻尾を出さないのです」
「うーん、いっそのこと泳がせて、教団幹部や王族が関わっている証拠を掴む…とかは?」
「それも考えてはいるのですが…。でも後手に周り、被害が出るのが一番不幸ですから…」
計画の段階でメモなど物的証拠を残してくれれば、それを入手するだけでいいのに。
奴らは巧妙で、集まって会議などはせず、ありふれた単語で作った暗号の文書でやり取りしており、一見すると少し文脈がおかしいだけの手紙に見え、証拠にならないのだ。
いつも証拠になるのはゴロツキに渡る指示書のみ。
それも差出人が分からないようになっているので、捕らえたゴロツキを拷問にかけ繋がりを聞き出すのだけど、もちろん何も知るはずないわよね。
何故そんな差出人不明の依頼を受けるの?と思うけれど、金払いがいいらしい。初回から指示書と大金がアジト内部に置かれ、不審に思うも実行すると更に大金が置かれる…ということを繰り返し、感覚を麻痺させる。
そして何も考えず指示を実行するようになった頃に、大きな事件を起こさせるのですって。
やり方が汚いわ…!
「…多分、子飼いのゴロツキは山程いるわよね…」
「ええ。毎回「誰かにバラしたら取引終了」と書いており、ゴロツキ達も金欲しさに秘密にしているようで、かなりの数がいると思いますわ…」
うーん、と唸っていたが…ハッと閃いた!
「だったら、反乱軍がゴロツキになって、指示が来るのを待てばいいんじゃないかしら?」
「お嬢様…騎士団などの実戦部隊は顔が割れているので、演じてもバレますわ」
困った顔で、子供を諭すように言う。
「違うの!だから顔の割れていない「私」よ!念のため騎士団以外で、会議に出たことのない人間で構成すれば絶対バレないわ!」
「なるほど…本気で相手を騙すと言うわけですね…。さすがお嬢様、騎士団上がりの実直・誠実をモットーにしている私達とは、目の付け所が違いますわ!」
「え、なにそれ。褒められてないのだけど…」
コホンと咳払いをして、リリアがこちらに向き直る。
「お嬢様が囮になるなんて有り得ませんが、今まで硬直状態だった現状を動かせそうな案ですわ。私から公爵に伝えておきますので、お嬢様は早く一人前になって下さいね?」
「…私が考えたのに…」
「では午後も、離れた物をピンポイントで浮かす練習を続けますわ。これが出来ないと次に進めませんもの」
「…分かってるわよ!」
ランチを片付け、スパルタな訓練を再開しました…。
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