公爵令嬢は夜に駆る~婚約なんてお断り!私が国を救ってみせます!~

誘真

プロローグ





「おあいにくさま、証拠はいただいたわ。もうすぐ騎士団が来るわよ?観念することね」



4階のバルコニーから後ろ向きで身を投げると、ふわりとした浮遊感の後、ビュウビュウと耳元で風を切る音を感じる。


視線の先の、深い緑の髪が夜の黒に混じり、闇と化す。


地面に激突する直前、背中に魔力を集中させ翼のように左右から風を発生させれば、上昇気流に乗って小柄な身体がふわりと浮き上がり…


少女は、夜の空に消えた。







---





「次!シルフィーナ・ラゾルテ!」



私の名前が呼ばれると、教会の広い空間にヒソヒソ声がこだまする。

普通の属性判定で人が集まる事は少ないけれど、付添人が公爵で騎士団長の父なので、野次馬ってヤツね。


「はい」


私は深い緑の髪を靡かせて、司祭様の前まで歩く。


「こちらに手を置いて…」


言われた通り、目の前の水晶玉に手を置くと、透明だった物が一瞬で緑に変わった。


「属性は風」


それだけ告げると、すぐに次の子供が呼ばれる。

余韻も何もあったものじゃないわね。


まぁ髪色が魔力の属性を表すので、緑髪の私は風だと分かっていたけれど。

でも極稀に、髪色では判断出来ない属性を持っている事があるので、念のため5歳になった子供は教会で検査を受けるのだ。


「お父様、予想通り風でしたわ」

「…だろうな、帰るぞ」

「…はい」


兄が2人いるけれど、兄弟では唯一父と同じ風属性。

もう少し何か言ってくれてもいいのに…。



子供の頃、真実を知らなかった私は、ただ父や母に愛されたいと願っていた。





---





何かがおかしいと感じ始めたのは7歳頃。




物心ついた時から家族の食卓に両親が揃う事はなく、社交があるとはいえ母の不在が多過ぎる。


「お父様、お母様はどこに…?」

「さぁな。あいつが何をしていようが、私には関係ない」


公爵の妻と言えば家の事を仕切り、サロンなど開いたりするので、家に居る時間の方が長いと思うのだけれど…。


でも現実に母はおらず、メイドの噂話を盗み聞きしたところ、外で自由に遊び回っているらしいわ。




おかしいと感じた点は他にもあって。


たまに家に帰ってくる母からは「貴方には素晴らしい婚約者がいる」と散々言われるのに、一度も会わそうとしない。


思わず、母の妄想ではないのか、父に確認してみたわ。


「お父様、私には婚約者がいるのですか…?」

「…お前には、産まれる前から決められた婚約者がいる」


苦々しい口調で言う父に疑問を抱いたけれど、その時の私は幼くて、それを口にすることが出来なかった。





---





私は10歳になった。




上位貴族の令息令嬢は、ゆくゆくは国の中枢を担うとして騎士団学校か教団学校に進むのが普通だ。


けれど、私はどちらにも通えないらしい。


長男は父の跡を継ぐのを目標として騎士学校に、

次男は国の政治に携わりたいと教団学校に入学したのに。



ごねる私に業を煮やした父が、ぶちまけた真実がこれだったの。




公爵で騎士団長の父を繋ぎ止めるため、暴君な国王が父に出した命令が【女児が産まれ次第、皇太子の婚約者に】という内容だった。


ならば結婚や子作りはしない…と父は思っていたのだけれど、国王が父の大切な人を人質に取り「この娘と結婚して子供を作らなければ、人質は殺す」と脅したらしいわ。


そうしてやってきたのが侯爵令嬢だった私の母。

国王の手先…というか、多分愛人ね。

(まぁ国王も自分の息子と結婚させたくて送り込んだから、私が産まれるまでそういう事はしていないらしいけれど)


なので私は確実に父の子。


けれど憎い敵に無理矢理作らされた子で、育てる義務は感じれど、愛情はないらしい。


いえ、むしろこの状態できちんと育てていただいているだけで有難いです。


「ではどうして、私は学校に行けないのでしょうか?」

「騎士団長の娘とは言え、王族は教団派だ。本来は将来を見据え教団学校に行くものだが…」


珍しく父が言葉を濁した。


「…教団学校に行けば、この家と縁が切れると思え。しかし王族と婚約している以上、騎士学校には行けない。お前はどうしたい?」


実質、私が入学出来るのは教団学校だけ。しかも実家と縁を切られる…。

困ってうつむいた私を見かねて、父が口を開いた。


「…意地悪な言い方をして悪かった。私と縁が切れるだけで、あの女やその実家の侯爵家が、喜んでお前の後見になるだろう。あと次男のキースも、お前のフォローに回る」


思っていたより、条件は悪くなさそうね。

なのに父が言い淀んだと言うことは…


「お父様は、私と縁が切れるのはお嫌ですか…?」

「…そうだな。今まで自覚はなかったが、私はどうやらお前を手元に置いておきたいらしい」


いつも威厳のある父親らしくなく、はあっと重い溜め息を吐いて、少し悲しそうな顔をした。







今思い返せば、この時、私は自分の人生を決定したのかもしれない。


所謂「運命の分岐点」ね。


別の方を選んでいればこんな大変な目に合わなかったのでは…と思うけれど、王家が腐っているのを知ってしまった以上、何度でもこちらの道を選ぶでしょう。









この日、私は父の犬として、反乱軍の一人になった。



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