第19話 見習い魔女と本当はヤバいジャックと豆の木
まずなにから話そうか。
そうだな。ジャックのその後からについて話そうか。
盗みを働いたあげく巨人を殺したジャックは、金や銀を吐き出す袋に金の卵を産む鶏、そして魔法のハープでぼろ儲け。一目惚れした貴族の娘と結婚するため、金にものをいわせ強引に貴族の婿養子となった。
妻と二人の子供をもうけるも妻にはあっという間に飽きてしまう。子供たちにはデレデレだったらしいが基本、妻と母に任せっきり。美しい侍女や爽やかで凛々しい騎士見習いを次々と囲い入れていった。そうして好き放題のまま約三年ほど暮らしたという。
しかしある時、宝物が忽然と消えてしまった。また、災難は続くもので、空から巨大な木の根が顕れてジャックを城ごと引き上げていった。その際、母と妻が空に放り出され絶命。
巨大な木の根が蔓延る雲の世界はかつてと違い荒廃していた。そこでジャックを待っていたのが巨人の娘。
実はジャックが殺した巨人は異世界の月へ繋がる門の番人であり、妻は月の精霊だったのだ。当時は世界と世界の繋がりが不安定で、そういった場所は珍しくなかったらしい。
ジャックが盗み出した宝物は月の大精霊から門番夫婦に貸し出されていたもの。巨人の妻は贖罪として命を差し出し、同時に娘の命を救う願いに換えた。
当然、娘は復讐に燃え、とある大精霊直属の部下である緑の幼児たちの力を借りてジャックを捕獲。その恨みを晴らす時がきた。
だが家族の死に涙する仇を前にした娘は冷静であった。自分がされたようにジャックの家族を奪い我に返ったのだろうか。両親の墓前で謝罪し宝物を返せば、子供たちと下界へ帰すと言う。だがジャックは既に宝物を失っている。
結局ジャックは許されなかった。
毎日目の前で少しずつ肉を削ぎ落とされる我が子。空腹はその肉で満たされ、喉の渇きはその血で癒された。
子らの解放と自らの死を懇願し続けながら、すっかり二人を食べ終えた頃、今度は転生する度に一切の幸福を得ることなく、必ず家族の転生者を巻き込んで苦しみと後悔溢れる人生を送る呪いをかけられた。解呪するには宝物を返すしかないらしい。
ジャックは絶望のまま死を迎えようとしていた。そこにひょっこり緑色の悪魔が現れる。歌って踊る陽気な悪魔だ。ジャックは解呪が無理なら決して転生しないようにしてくれと、やたらと話しかけてくる悪魔に願い契約するも、それは現世を永遠に彷徨い続ける悪霊となるものであった。
それからジャックは世界を彷徨い歩き、いつしかジャック・オー・ランタンと呼ばれるようなる。
ジャックは時と共にべらぼうに強くなっていった。悪魔の思惑か呪いの影響か、はたまた本人の才能だったのかは定かでないが、物凄い勢いで悪霊から進化していったのだ。時には同じ名前だねと意気投合したジャックフロストやジャックザリッパーの隙をついて捕食吸収したこともあった。
そのまま数百年と進化を重ねていき、ついにネクロマンサーにまで上り詰める。
「さて、ここで問題です。この強くなったジャックが面倒臭い、邪魔だと思ったのは誰でしょう」
「巨人の娘じゃないの?」
良司さんは即答だった。まあこの流れだとそう思ってしまうよな。
「違います。良司さん、登場人物を一人忘れてやいませんか?」
「え? いや、そもそもこの話が初耳だから忘れるもなにも……」
そうですね。でも違うんですよ。もっと早い段階で出てきた人がいるじゃないですか。まあ人というにはちょっと違う気がするけど。
「え~? いたかなぁ」
「ジャックに豆と牛を交換してくれと言ったの老人ですよ」
「ああ! でもその人がなんで……え、まさか宝物がなくなったのって、その老人が盗んだからなの?」
良司さんはどことなく楽しそうだ。
「正解です。実はなにかも老人が仕組んだことなんですよ。ただ誤算も多くて、結局ジャックが強くなったことで放置できなくなったとか」
「へぇ~。でもどうして老人はそんなことしたの?」
良司さんがずいっと近寄ってくる。
「あ~、それは……なんか金の卵を産む鶏は食べると美と力が何十倍にもなるとかで、魔法のハープも異世界の珍しいものだったからつい欲しくなっちゃってって言ってました」
「ふんふん。え!? 白緑君、その老人と知り合いなの!?」
ええ、知っていますとも。おそらく世界で七番目くらいには詳しく。
「良司さんも会ったことありますよ」
「嘘!?」
誰だ誰だと首を捻り始めた良司さん。降参するまで待ってもよかったが、今後のジャックの処遇について考えなくちゃいけない。最悪、消滅してもらう必要がある。
「えと、その老人の正体なんですけど……母なんです」
「えええええ!? 紫さんが!?」
信じられないのも無理はない。良司さんは母の美しい部分しか見ていないのだから。
「母は今でこそ穏やかな感じですが、結婚を期に引退するまでバリバリの悪い魔女だったらしいんですよ。白雪姫をブチ殺すよう唆した魔法の鏡の中の人だったり、ヘンゼルとグレーテルとか、茨姫とか……とにかくグリム童話とかああいうのに出てくる悪い魔女は全部母だと思ってもらってかまいません」
そう、竜胆家は由緒正しき悪の一族なのだ。
因果は巡る糸車、かつて母が陥れた者やその子孫たちは竜胆家が母の血筋だと知ると報復を企てる。
これまでも、母が名乗っていたアリス・キテラ、ラ・ヴォワザン、マンテウッチァ・ディ・フランチェスコの被害者や、なんとなく良いことをしたくなって関わったイザボー・シェイネの関係者が乗り込んできた。
中でも強烈だったのがヘンゼルとグレーテルの子孫。軍の秘密部署に所属していた奴は、あろうことか我が家に対魔女ミサイルなるものを撃ち込みやがった。まだ学生だった姉、
まあ色々な手段を用いて両親が全責任を奴に負わせたお陰で難を逃れたのだが。その後は修行だと姉や兄たちと共にそういう奴らと戦わされたのは辛い思い出だ。どいつもこいつも手段を選ばないのだ。
「それで、母はまだ魔法のハープを愛用してまして……ほら、母の部屋へ行った時、心地よい音楽が流れてたじゃないですか。あれがそうです」
「そういえばそうそうだったような……」
「あれを返す気なんてさらさらない母は、退魔師に扮して強くなったジャックをゴキブリの妖精に封印したらしいんです」
人間による真実の愛のキスで封印が解けるなんてやはり母も昔の感覚が残っていると思ったが、よく考えればゴキブリにそんなことする人間が現れるとは思えないから、やはりえげつない封印だ。
「ねぇ、もしかして白緑君は他にも色々童話の裏話を知ってるんじゃない?」
「まあこういう類いの話は子供の頃、絵本がわりによく聞かされたので」
にしても迂闊だった。ネクロマンサーのゴキブリと知った時点で気付けるはずだったのに。豆の木も囓ってたわけだし……おや、なんだろう。
えらくワクワクしている良司さんに違和感を覚える。ジャックを気の毒がったり、俺の心配をするかと思ったんだが……。
『白緑! ジャックの気配が近付いてくるよ!』
『はっ!? まずい、シラー足止めしてきてくれ!』
『仰せのままに!』
シラーは二日酔いの煙幕を掴み走っていった。
「この話はここまでです。ジャックが来ます。あと分かってると思いますが今のは全部内緒ですよ。少なくともジャックを消滅させるなら俺の魔力が全快するか、姉と兄たちに協力してもらう必要がありますから」
こそっと伝えて良司さんから離れる。
「おお愛しい白緑。シラーが戯れてきたのでもしやと思ったが帰ってきていたのだな。実は我の新しい眷属を紹介したかったのだ」
ジャックは何の障害もなかったかのようにやって来た。
シラーは足止めに失敗したらしい。ジャックに掴まれ、再び二日酔いのゾンビになっている。使えんやつめ。救済を求めるの声なんぞ聞こえぬわボケ。
「左からチューカ、フレンチ、イタリアン、ワショクである。料理係はその日の気分で指名すればいい。選ばれなかった者たちが別の家事を分担する。これなら問題ないであろう?」
少しばかりのドヤ顔を見せて俺が快適に過ごすためならなんでもすると笑うジャックが眩しい。
「それとこの家だがな、実は家自体も我の眷属なのだ。たかが爆発程度でどうこうなったりはせぬ」
疑問も解消してくれた。まあ、悪い奴じゃないんだよな。悪い奴じゃ。
「ねぇジャック。白緑君から聞いたよ。どうして嘘ついたのさ。さっきは愛を探すうちに人間じゃなくなったって言ってたのに、本当はただの自業自得で罰が当たっただけじゃないか。白緑のお母さんに騙されて豆をもらって、最後に封印されたのはまあ運が悪かったのかもしれないけど……」
うぉぉぉぉぉぉぉい!! なにぶちまけてくれてんだ良司さん!!! 内緒だって言ったろがい!!!!
「白緑の母君に……豆? 封印?」
ジャックがこっちを見てくる。感情の読めない表情だ。正直怖い。
『こういう時は――』
『シラーを見捨てて逃げるんだね! オッケー、代わりはきっとすぐ見つかるよ!』
『待っ………置い…………かない………で』
悲痛な声が聞こえたような気もするが、きっと気のせいだ。
ジャックの背後にある箒を取るためベリーが静かに体を伸ばしていく。
『あっ――!』
なんてことだ。ベリーがジャックに捕まってしまった。しかたがない。ここは覚悟を決めよう。
『ちょっ、白緑! なんで一人だけ霧になるのさ!?』
『悪いが時間を稼いでくれ。必ず助けに来るからな』
『嘘だ! 絶対嘘だ!!』
悪いな。自分の安全が最優先、だろ?
なにも成し遂げていないが状況が状況だ。一先ず実家に帰らせてもらおう。
『わ、私も……白…と……いき………たい……』
窓に向かって移動する一瞬で見えたシラーの潤んだ瞳。それはあまりにも悲しい別れを実感させた。
『あばよ、親友たち! 来世で会おうぜ!』
生け贄が二人とあらばさぞ時間稼ぎも捗るだろう。辛いがお前らとの三六年間は忘れないからな。
『ふざけんな! ばか! へんたい! くそドーテー!!』
フハハハハハ! なんとでも言えば――ぶぃっ!? な、なんだこれ。見えない壁が邪魔で出られない!
「おお、愛しい白緑。お前は霧になっても魅力的なのだな。しかし帰って来たばかりだというのに、それほど慌てて何処へ行こうというのだ」
お前から離れるんだよ! 一ミリでも遠くな!
「言ったであろう。この家は我の眷属なのだ。並大抵の力ではどうにもできぬぞ」
うぉぉぉ、ピンチだ。いつぶちギレるか分からないネクロマンサーに迫られているのだ。間違いなく人生最大のピンチ。見ればさっき紹介された料理人の眷属たちはデカイ中華包丁や解体用の刃物を手にしている。
「おお、愛しい愛しい白緑よ。本当に、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、いとしい、いと、しい、いと、しい、いと、し、いとしい、愛しい、イトシイ、イトシイ、イトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイイトシイ――」
ひぃぃぃぃ!!
壊れたオモチャのように震え、青白い光を放ち始めたジャックが一歩、また一歩と近寄ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます