第18話 見習い魔女とジャックの思い出
目が覚めると憎き親友たちはいなくなっていた。そりゃそうか。一週間も寝てたというから付き合ってもいられないだろう。まあ親友たちは大笑いした一時間後には解散したらしいけど。
幸い私の姿を保ったまま意識を失っていたので秘密は守られたままだ。
良司さんとベリーに聞いても目が覚めるまで俺に戻ることはなかったという。ちなみにシラーは未だ便器とランデブー中であり、ジャックには盗聴や盗撮の類いの魔法が仕掛けられていないか確認してもらっている。
奴らはいつだって弱味を握って誰かに危険な仕事をさせようと企んでいるのだ。それも無報酬で。私だって例外じゃない。何度脅されヤバい仕事をさせられたことか……。
まあ今回はなんだかんだとあったが結局楽しかったし、なにより魔力が半分ほど回復しているという数十年ぶりの状態のよさだ。最悪の味という欠点はあるものの、この世界にこれほどまで魔力回復効果のあるものが存在していたとは。
確か千年ウミウシと阿保人魚だったか?
調べてみようとベッドから降りスーツケースに手をかけて気が付いた。荷解きすらしていなかったのかと。いや、そうじゃない。なぜ爆破したはずの家が無傷なのかだ。
「愛しい白緑よ。心配していたような魔法も機械もなかったぞ」
ちょうどジャックが戻ってきて隣に立つ。
「我としては、こう白緑とイチャつく姿を見せ付けるのも良いと――なぜ離れる?」
それとなく肩に手を回しベッドへ押し倒されそうな気配を察して良司さんのうしろに隠れた。
「俺はゴキブリとイチャつく趣味はない。それにどうして爆破したのになんともないんだ。家も、お前も」
「ああ、それは僕も気になってたよ。家がなくなっちゃったから別荘に引っ越さなきゃって思ってたんだ。でもよかったよ。僕、この家が一番落ち着くからね」
べ、べべべべべべべ別荘!? 今、良司さんは別荘って言ったのか!?
「別荘……持ってるんですか?」
何故かゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「うん。ブライトンとブリュッセルとウィーンとサンフランシスコに一軒ずつね」
四軒!? しかも海外……JRR職員とはそんなに儲かる職業なのだろうか。しかし、ブライトンとはどこの国なんだろう。
「ほう、ブライトンか。昔はニシンを獲るだけの漁村だったが、今はリゾート地なのだろう? 出世したものだ」
「ジャックは知ってるのか?」
意外だった。ずっとこの地に封印されてるって言ってたから海外のことなんて知らないもんだと思っていた。
「当たり前だ。我はイングランド出身なのだぞ。この切り株も元はイングランドにあったのだ」
「へぇ、ジャックはイギリス人だったんだね」
いや、良司さん。こいつゴキブリだから。人間じゃないから。イギリスゴキブリだから。
「呪いと契約の合わせ技で人ならざるものとなり、退魔師によりゴキブリに封印されこの姿になってしまったが、そうだな。今の言葉で言えばイギリス人になるのだろうな」
「え、人間だったのか!?」
「そうだぞ。この姿は人であった頃の姿とほぼ同じなのだ。どういうわけか、この触角だけは消せぬがな。懐かしい。色々思い出してきたぞ。そう、あれは父が亡くなって間もなくのことであった……」
あ、あれ? 聞いてもないのに語り始めたぞ。なんだか長くなりそうだ。チラッと良司さんを見れば興味津々といった様子じゃないか。
「あの、シラーのことが心配なんでここは任せますね。あとでかい摘まんで教えてください」
魔力に余裕のある俺ははっきり言って
ベリーもろともそっと霧になり良司さんに囁いてパパっと窓から逃げ出した。
『一応、シラーも回収していくか』
『そうだね。今の白緑ならシラーを救えるだろうし』
救えるとはいったい……そう思ってトイレに来れば便器の中に住み着いたグロッキーなペンギンが目に入った。
そういえばあれから一週間たっているのにシラーは未だ二日酔い。おかしいじゃないかとベリーに聞くと、どうやらこの愚かなペンギン人形は、苦しみから逃れるため迎え酒を繰り返していたという。
『み、みどっ……みどりぃ……た、助けっうおぇぇぇぇぇ』
救いようのないアホだ。でもまあ長年連れ添った大切な仲間。救ってやろうじゃないか。
「苦しいかシラー。苦しいよな?」
ゆっくり頷くシラーを見て確信する。これはいけると。
「今すぐ治してやるぞ。でもその代わりやって欲しいことがあるんだ。できるよな?」
『でっ、できる! なんっでも……だ、から……早く………』
よしよし、言質は取ったぞ。
『うわぁ、その表情。悪いことしてる紫にそっくりだよ。本当、そういうとこだけはいっぱしの魔女だよね白緑って』
うるさいベリーは無視してシラーを宙に浮かべる。そしてそのままどこにあるかいまいち分からない首に牙を――ってあぶな!
こいつ、便器の中に浸ってたんじゃないか。ばっち過ぎる。念入りに消毒と清潔の魔法をかけなくては。ああ、魔力があるって素晴らしい。
「よし、こんなもんか」
もはやゾンビのように唸ることしかしないシラーに、今度こそ牙を立てる。ズブッと刺さった瞬間、とても酒臭いものが口一杯に広がる。それらをすべて吸出して凝縮。最後にこれまた魔力を使ってガラスのような結晶で覆う。
「ぺっ」
吐き出したそれはキラキラした双六角錐、いわゆるゲームなんかにでよく目にするクリスタルの形をしていた。
「ふふふ、できたぞ二日酔いの煙幕。魔力さえあればこうやって簡単に魔法アイテムを作り出せるのさ」
これは割ると煙が出てくるのだが、それを吸った途端にさっきのシラーのような二日酔い状態になってしまう恐ろしい一品だ。
「ああ、また残酷なものを生み出してしまった」
『白緑って魔力が回復するほど中二病っぽさが増していくよね』
「みどりぃ~! ああ一生ついていきます我が主よ、我が永遠の友よ~!」
元気になったシラーが飛び付いて頬擦りしてくる。主から友へ格下げされているような気もするがまあいい。
『ねぇぼくお腹空いちゃったよ。実は気になってる所があるんだ。すごく安いし美味しそうなんだ。ね、だからいいでしょ~?』
今度はベリーが甘えてくる。いいだろう。ちょうどなにか食べたいと思っていたんだ。
結果から言えばベリーのおすすめのお店は最高の食堂だった。近くに凛々しくて美味しい樹液のヤマザクラ君もいるし、これから頻繁に通うことは間違いない。
「ふぃ、お腹一杯だ」
家に戻りソファにごろんと横になる。
「ご飯に行くなら僕も呼んで欲しかったな」
良司さんがやや不機嫌な声でお茶を出してくれた。とりあえず体を起こしてお茶を啜る。良司さんでも不機嫌になることあるんだな。
当たり前のことだが、良司さんはいつもニコニコ穏やかなイメージだ。いや、まあイカれた目を爛々と見開いて無理心中されかけたけれども。
「それで、ジャックの話だったよね。きっと驚くよ」
不機嫌さは一瞬で消え去って、今度はしたり顔で勿体ぶってくる。
「あのね、ジャックってあのジャックなんだって」
あのジャック?
「ジャックと豆の木ってあるだろ? あれの主人公。そしてなんとこの家は豆の木の切り株らしいんだ! それに――」
「なんだって!?」
話を遮って驚く様子を見て良司さんがとても嬉しそうにしている。サプライズが上手くいったときのような……いや、そんなことはどうでもいい。それに、のあとも想像がつく。
まずい。これは非常にまずい。どうか嘘であって欲しいと思うのだが、良司さんにはこんな嘘をつく必要性がない。
『ね、ねぇ白緑。ジャックと豆の木って確か……』
「ああ分かってる」
「ちなみに、良司はあの話の結末を知っているのですか?」
恐る恐るシラーが尋ねてくれた。俺もそこが知りたい。
「え、確か……豆の木を斧で斬り倒して追いかけてくる巨人を転落死させるんだよね。それで盗んだ宝物を売って幸せに暮らしました。めでたしめでたしじゃなかったっけ。別バージョンでは巨人から奪った宝物の鶏は金の卵を産まなくなって、袋も金と銀を出し尽くしちゃう。母親から楽して儲けようなんて考えるなと諭されて、反省したジャックは働き者に戻るって結末もあるらしいけど……」
「良司さん。それは結末じゃないです。まだ最初の方だけです」
「そうなの? どういうこと?」
きっと魔法や妖精なんかと同じように、知らないことが知れると思ってワクワクしているんだろう。残念だが、そんな心踊る話じゃない。
特に竜胆家の者にとっては。
童話ジャックと豆の木。俺はその真実を伝えることにした。
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