第17話 見習い魔女と魔女の贈り物

 チュンチュンと聞こえる朝の音が、冷たくも爽やかな風と共に目覚めを誘う中、私は強烈な吐き気によって叩き起こされた。


「うぉ、うおえぇぇぇぇ」


 口を押さえトイレに駆け込み吐瀉、吐瀉、吐瀉。昨夜の宴に彩りを添えてくれた名脇役たちと必然のお別れに涙する。


「白緑さん大丈夫?」


 ドアの向こうから良司さんの声がする。だけど、頭がぐわんぐわんするし、口を閉じることさえ難しい気持ち悪さ。込み上げるものは気持ち悪い、ただそれだけ。


「み、みどり……は、はやく………うぷっ」

「ダメ、私が先……」

「ふざ、けんな。俺が先……」


 は?


 何故かシラーに混じってティティとヤスエの声も聞こえる。なぜに? いや、それよりここはどこ?


 重たい体を動かしなんとか便器から顔を上げ、トイレの四方をゆっくり確認していく。なんてことだ。ここは爆破したはずの良司さんの家私の家じゃないか。


「魔女が揃いも揃って二日酔いとは、みっともない。ほら、いい加減口を開けぬか」

「イ、イヤ……ボクには五苓散ごれいさんがゴフッ!?」


 ジャックの呆れた声とメグミの声も聞こえる。なにがどうなっているんだ――ぅぷ!


「げぇぇぇぇ」


 私は再び吐瀉しながら記憶を辿ってみた。断片的だが徐々に記憶が蘇ってくる。


 そうだ。結局あのあと使い魔良司さん自慢はできなかった。悔しさを紛らわせるように私たちもどんちゃん騒ぎに加わってしこたま騒いだ後、二次会へ行くことにしたのだ。 確か……カラオケだったと思う。


 深酒に溺れるがまま歌う魔女の歌はもちろん危険であり、カラオケ店は雪童子とプチアミメットの住処と化し、さらには他人の運を吸い取る手足の生えたイチゴと性欲を刺激する不定形の小鳥、気色の悪い黒い小さな影が闊歩する伏魔殿と化した。私はあのカラオケ店には二度と行かないだろう。


 そしてその後、誰かが私の家で飲み直そうと言い出したのだ。確か、色黒で、長い触覚の、イケメン……ジャックだ!


 そう、どういうわけかあの場にジャックがいたんだ。思い出した私はトイレのドアを開け放ち、ジャックに掴みかかる――ことはできなかった。


 あまりの二日酔いで、すぐ床に這いつくばってしまったからだ。


「無理をするな白緑。二日酔いを治す薬を作った。飲むといい」

「イ、イヤ……ていうかなんで?」


 差し出されたコップ。その中は黒い液体がボコボコと不自然に泡立ち、湯気に混じる微かな呻き声が地獄を思わせる。いや、それよりも吹っ飛ばしたはずの家がどうして。


「安心しろ、我が作ったわけではない。新たな眷属としてヒトの霊を眷属にしてみたのだ。そやつらに作らせた。これなら大丈夫であろう?」


 そうは言われても、先ほど強引に飲まされであろうメグミが、鮮血色の泡を吹いて床に転がっているのだ。安心などできるものか。


「味はともかく効果は絶大でしてよ。私がお教えしたレシピで作った暗黒叫喚百草水あんこくきょうかんひゃくそうすいですもの」

「ソウデスネ。ハヤクノンダホウガミナサンノタメデスヨ」


 ジズのレシピと聞いてますます躊躇われる。あの女の作る薬はとんでもなく不味いものばかりだ。わざとそう作られている。


 誰よりも酒を煽っていたはずのジズと銀花が優雅に紅茶を飲んで微笑んでくるのが腹立たしい。


「凄いよね。二日酔いが一瞬で治る魔法の薬だなんて。僕には必要ないけど、欲しがる人は多そうだなぁ」


 目をキラキラさせている良司さん。確かあなたもジズたちに負けず劣らずで飲みまくってましたよね。なんでそんなピンピンしてるんです――ゴボォ!?


「ガハッゴハッゲホッ」


 くそ、ジャックめ。後で覚えてなさい。しかしこの凄まじい苦味とエグ味、甘党のメグミにはさぞ堪えたでしょうね。


「やだぁ。白緑汚いわよ」

「白緑さん大丈夫ですか?」


 四つん這いでむせていたら乱子と杉村の声が――っておいお前ら、人の家でナニしてやがった。朝っぱらから二人して風呂上りのホカホカとはどういうことよ。


「ねぇ白緑。ベッドはもっとスプリングが効いたものに変えた方がいいわよ」


 魔法で二人分の紅茶を引き寄せながら言う乱子だが、あんたらの為のベッドじゃないのよ。大きなお世話だ。


「ヤスエとティティも早くお飲みになって」

「ミドリノタンジョウビイワイガマダオワッテイマセン」

「そうよぉ。今年は皆で捕まえたもの物をあげようって決めたでしょう? メグミも起きなさいよぉ」


 ジズと銀花が立ち上がりトイレ待ちのヤスエとティティを羽交い締めにした。


「魔薬以外で二日酔いを治癒する方法が存在しないなんて悲しいですわね」

「ジンルイシサイショノマホウハ、フツカヨイチユノマホウノシッパイサクデスカラネ。ニンゲントハオロカナイキモノデス」


 実力の拮抗する彼女たちの間で、長引くであろう正面切っての魔法攻防戦という浅はかな行為はそうそう行われない。特にここにいる魔女たちは奇襲、騙し討ち、裏切りに同士討ち等々の手法を得意とするのだ。


 二日酔いで筋肉に頼れないヤスエとティティでは時間の問題だろう。なにせタブレット端末から出てきた銀花は幽霊のくせに物理攻撃力がえげつないからよ。もちろんジズも。

 特にジズは、某大きな魔法の峠に住んでいるぷ●え先輩を崇拝しており、関節技サブミッションの実力がぶっ飛んでいる。


「さ、白緑の使い魔と性霊・・さん。一気に流し込んでくださいな」


 全力で抵抗するヤスエの肩関節を極め鈍い音が響いたその隙に、顎を破壊して口を抉じ開たジズの笑顔の生き生きさよ。さすが、無慈悲なる堕天の巨大幻鳥魔女クルエルサディストと呼ばれるだけのことはある。


「ティティ、アマリアバレルトマルミエガモットマルミエニナリマスヨ」


 ティティのよく動く両足の先には杉村が。視線はティティの生花に釘付けだった。


「乱子さんの方が綺麗だ……」

「え? んもう、やだ杉村ったら」


 他人の家で事に及ぶお熱い新婚はまたイチャつき始めた。


 一方、ティティはピタッと動きを止めた。今はまだ純粋さの残る杉村の呟きに酷く傷つけられたらしい。両手で顔を覆いなんとも言えないうなり声をあげている。私だったらきっと耐えられない。


 良司さんにそっとブランケットをかけられ、お姫様抱っこでジャックに運ばれていったティティ。あとでなにか喜びそうなものをあげよう。


「はぁ、もういいですわ。渡すのは私たちだけでしましょう」

「ソウデスネ。ティティ、キガムイタラノンデクダサイ 」


 ただ、ジズと銀花は面倒臭いわねといった雰囲気で立ち上がり私の前に来た。きっとティティのことは自業自得だ思っているのだろう……確かにそうね。やっぱり放っておこうかしら。


「白緑、お誕生日おめでとう」

「シジュウロクサイ、マダマダワカクテウラヤマシイデス」


 ガサガサっと差し出されたビニール袋。中身は……なんだろう。とりあえず生臭くてヌメヌメしていることしか分からない。


万年腐亀まんねんくされがめの生き血と青人魚あおにんぎょの生き肝ですの。白緑の大好きな魔力がたっぷりでしてよ」

「ワタシタチロクニンデカリニイッテキマシタ。トテモクロウシタンデス。サ、タベテクダダイ」


 馬鹿言わないで。こんなもの火通さず食べてみなさいよ。間違いなく病院送りだわ。私は入院費なんて払えないのよ。


「あ、ありがとう皆。あとでゆっくりいただくわ」

「駄目よ。今、食べてくださいな。どちらも生の状態でなくては効果がありませんのよ? それに、もうギリギリですもの」

「サクヤハタノシスギテ、レイゾウコニイレワスレテイマシタ。タショウニオイマスガ、ダブンダイジョウブデス」


 こ、こいつら……魔女に、特にジズと銀花に冷蔵庫なんて必要ないじゃない。間違いなく私が悪臭に悶えるのを見て爆笑する気だ。


「で、でも……」


 なにか、なにかいい方法はないだろうか。


「パクって儲けてスカトロベリー」


 頭をフル回転させていたら、キテレツな呪文が聞こえた。メグミのイチゴ魔法だ。


「ふっふっふ、ボク復活だよ」


 チッ、ずっと寝てればいいものを。メグミはイチゴステッキからグロいひげ根を伸ばして私を拘束。ニッコリ微笑んでいる。


「俺たちのプレゼント受け取らねぇつもりかよ」

「悲しい。私、とても頑張ったのに」


 いつの間にかヤスエもティティも二日酔いから復活してやがる。さすがジズのレシピ。あっという間に魔法と筋肉によるガチの拘束が完成してしまった。


「いやっ! 助けて良司さん! シラー、ベリーー!!」


 いくら私でも魔女六人に拘束されては手も足もでない。頼りになる使い魔たちに助けを求めるも、良司さんは倒れてうなされているし、シラーはトイレから出てこない。ベリーに至っては無視だ。


「はい、あ~ん」


 ニタニタする六人の魔女。油断していた。今年の生け贄は私だったようだ。口に広がる強烈な生臭さが全身を震わせる。穴という穴から出てはいけないモノ染がみ出ている気がする。


 拘束されながらも狂ったようにのたうち回る私を見て涙を流し大笑いする親友たち。奴らの姿を目に焼き付けつつ、私は意識を手放した。


 必ず仕返ししてやると心に決めて……。

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